第13話


         ※


「ぐうっ!」


 ついに尻尾を叩きつけられた白亜は、僕と樹凛の下へと吹っ飛ばされてきた。

 僕はすぐさま立ち上がり、白亜を抱き留めて衝撃を相殺。これで重傷を防げたはずだ。


(あ、碧さん……?)


 ぼんやりしたままの白亜に向かい、僕はゆっくりと頷いてみせた。


「樹凛、いざとなったら白亜を連れて逃げろ。僕のことは見捨てていい」

「は、はあっ!? ちょっと何を……!」

「僕はこの尻尾の怪物を駆逐する。黒木も救出するから」


 白亜によると、黒木から応答がないのは、黒木自身が気を失っている可能性が高いとのこと。引っ叩いて正気に戻ってもらうのが一番手っ取り早いだろうな。

 それも、敵が黒木のことを人質扱いし出す前に。


「スピード勝負ってわけか」


 そう呟いて、僕は退室しながらメインエントランスへ出た。

 尻尾は僕の睨んだ通り、地面から生えている。しかしまとまっている部分、核が僅かに地上に露出している。この核をぶち壊せば、大通りからの攻撃はなくなる。


 問題は、どうやってこの球根状の核を破壊するか、ということだが――。

 

「ふん」


 面倒事は早く片づけなくちゃな。僕はこちらに伸ばされてきた尻尾のうちの一本を引っ掴み、肩に背負うようにして、思いっきり力を込めた。


 あまりの呆気なさに、僕は虚を突かれた。尻尾の核は、ほんの一瞬で引っこ抜けてしまったのだ。僅かに土埃が舞っている。

 しぶとく粘っている尻尾もあったが、僕の二回目の『ふん』によって全て引きずり出された。


「おっと」


 少し引き下がり、尻尾の全体像を素早く観察。

 というか、これはそもそも動物の尻尾ではない。やはり、植物性の球根のような物体だ。


 僕たちが知っている球根とはだいぶ違うが、数本、あるいは十数本に及ぶ蔦のような細い葉を蠢かせて、得物を捉えているのだろう。


 どうやってこいつの息の根を止めるか。そんな僕の心配は杞憂だった。


(ぶは! ったく何なんだよ、こりゃあ! 全身玉ねぎ臭くて叶わねえ!)

「く、黒木! 大丈夫か?」

(ご覧の通りだ。っていやいやそれより碧!? お前、さっきと同じ碧だよな!?)


 どういう意味だ? 『さっきと同じ』などと言われると、僕以外の僕、葉桜碧のコピーが存在しているみたいじゃないか。

 それを尋ねると、黒木はこう言った。


(詳しいことは白亜から話があると思うけどよ、今のお前は左目が赤いんだ。ってかコンタクトが外れて、本性が露わになった、みたいな)


 本性、という言葉に、僕は胸を撃ち抜かれるような思いがした。

 平気で動植物を殺したり、傷つけたりするのが僕の本性だ、と言われたのか?

 本性って、そういう意味なのか?


 すぐに黒木をひっ捕らえて詳細を聞き出したい。僕の、葉桜碧としての、一世一代の重大な問題だと思ったから。

 だが今は戦闘中だ。考えるための時間を得るには、あまりにも不適切である。


「黒木、思念で白亜の援護はできるか? 地中の核を引っ張り出して破壊すればいい、って内容なんだけど」

(もう送ったさ。一言一句同じ、ってわけじゃねえけどな)


 しかし、今回の戦闘はいくらなんでも人目につきすぎた。人通りの少ない時間帯ではあるが、派手にドンパチやっていることに変わりはない。

 こういう時は……えーっと、どうしたらいいんだ? 

 

 すると、僕の脳内に白亜の思念が入ってきた。


(現在、自分に治癒魔法をかけています! 最低限戦うにはあと二分――)

「ああいや、いいんだ! 白亜、君には別にやってもらいたいことがある!」


 白亜はすぐさま勘づいたようだ。


(関係者以外の人々への対処、ですね?)

「そうだ! こういう時って、目撃者の記憶を改竄したり、記憶そのものを消したりするんだろう? 君たちにはできないのか?」

(馬鹿言っちゃいけねえ。そんな高度な魔法、俺たちに使えるわけねえだろうが)

「白亜と協力してどうにかならない?」

(いやいや、あいつは天使とはいえ新米だ。あたいとセットにしても、人間の記憶の改竄なんて――)


 黒木の言い草は気に食わない。だが、彼女が正しいことも事実なのだろう。

 ようやく巨大玉球根から解放された黒木と、多少のダメージを被った身体で戦っている白亜。


「……確かに、難しいのかもしれないな」

(ご理解早くて助かるぜ。取り敢えずは、マンションの裏手から攻撃してくる二つ目の玉ねぎを潰さなきゃな)


 腕を組んで状況を見計らっている黒木。僕も同意見だったので、ひとまず窮地に陥っているであろう樹凛と白亜を救うべく駆け出した。


         ※


「樹凛! 白亜!」


 ドアを蹴破って、僕と黒木は元の部屋に突入した。状況はだいぶ劣勢の模様。

 白亜は右腕を上げて翳し、尻尾たちの接近を防いでいる。金縛りとか、サイコキネシスとかいった能力の一種のようだ。


 しかし、尻尾一本の動きを封じれば他の尻尾が魔法を解き、側面から襲ってくる。

 一人でこいつの相手をするのは不可能だ。そう、『一人』であれば。


「皆、下がれ! こいつを地上に引っ張り出す!」

「引っ張り出す、ってどうやって?」

「樹凛、君は安全なところで見てろ!」


 僕の大声が珍しいのか、樹凛は僕に近寄るのを躊躇っている。


「伏せているんだ、樹凛! でないと巻き添えになるぞ!」


 そう言い切った直後、再び尻尾が伸びてきた。


「野郎!」


 僕はさっとわきに避けて、尻尾による刺突を回避。危ないな、攻撃方法を変えてきたのか。しかし、僕たちがやることは変わらない。


「白亜、僕が前線に出るから援護して!」

(りょ、了解!)


 白亜は後退しながら両腕を上げ、水色の球体を手中に生成し始めた。あれだけ魔法を使うバイタルが残っているなら、問題ないだろう。

 一方の僕は、槍状になった尻尾の、できる限り根本を掴んだ。そのまま硬質になった尻尾に膝蹴りを見舞い、槍をもぎ取る。ぷしゅっ、と赤黒い鮮血が噴出したが、気にも留めなかった。


「うおらあっ!」


 背負い投げの要領で、球根を引き摺り出そうと試みる。が、尻尾は途中で千切れてしまった。

 大きな舌打ちをして、再度尻尾に掴みかかろうとする。だが、敵も馬鹿ではなかった。いっぺんに二本、尻尾を伸ばしてきたのだ。


「ッ!」


 回避可能な速度ではない。こうなったら、刺し違えてでも……!

 僕は右側に跳んで尻尾を掴む。もちろんこれでは、左側の尻尾によって僕は大怪我をすることになる。

 自分の身体が脱力する前に、球根を地上に引っ張り上げなければ。

 そう覚悟して三度、背負い投げを試みる。


 勢いよく振り返りながら、回転する勢いも込みで球根を引き上げようとした。

 僕の目の端には、もう一本の尻尾の先端が映り込んでいる。

 そうか、僕はあれに脇腹を貫かれて命を落とすのか――。


 が、結局そうはならなかった。

 巨大な腕が、尻尾を掴んで引きちぎっていたのだ。


 半透明の水色で、腕は肘まで伸びている。そしてその先端は、白亜の右肘に繋がっていた。

 巨大な腕を創造して援護してくれたのだ。


(おい、何やってんだ白亜! 消滅しちまうぞ!)


 悲鳴を上げるとは、黒木にしては珍しい。

 だがその悲鳴が収まる前に、僕は球根を思いっきり振り上げていた。


 蛍光灯が砕け散り、天井から壁にかけて室内は損壊。そのまま球根は引っ張られ、やがて台所との境目の壁をぶち抜いた。


「きゃあああっ!」

「樹凛、大丈夫か!」


 駆け寄ってきた幼馴染を、僕はしっかりと抱き留めた。


「怪我は? どこか痛いところは?」

「だ、大丈夫……だと、思う……」


 僕は樹凛と目を合わせ、もう一度抱きしめようとした。しかし、それは失敗。今度は黒木が僕たち二人をいっぺんに抱きしめ、あろうことか廊下の方へと投げ飛ばしたのだ。


(二人共伏せろ!)


 鬼気迫る怒号に、僕はさっと樹凛の頭部に腕を回し、床に押しつけた。

 その直後、猛烈な爆光が一時的に僕の視界を奪った。どんな音がしたのかはよく分からないが、これもまた一時的に僕の聴覚を麻痺させた。


 しかし、それからは何も起こらずに、視覚も聴覚も治っていく。

 至近距離で黒木の声がした――ような気がする。それから僕は彼女に抱えられ、現場のマンションを下方に見遣りながら、どこかへと運ばれていった。


 せめて樹凛と白亜の安否が気になる。だが、下手に動けば地面に真っ逆さまだ。

 混沌に塗れた僕の脳内で認識できるのは、せいぜいこの程度だった。

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