第2話

「ピューホロロロロロ ピューホロロロロロ」

どこからか音が聞こえてくる。

その音に連れられて笑い声が聞こえてくる。

「こっちだよ」

「いいや、こっちだよ」

「違うよ、こっちが正解さ」

「こらこら、皆こっちに着いて来て。そうじゃないと迷ってしまうよ。」

「はーい」

「そうだね~」

「分かった~」

と言う子供の声とクスクス笑い声が聞こえる。

「ピューホロロロロロ ピューホロロロロロ」


「皆こちらへいらっしゃい 迷わずこちらにいらっしゃい

あの子が呼んでる あの子も呼んでる

一列になっていらっしゃい

あの子が待ってる あの子も待ってる

僕が来たから大丈夫

もう痛いのは終わりだよ

お母さんとお父さんにさよならを

また会う日までさよならを

涙ではなく笑顔でさよならを

ほら涙を拭って お母さんとお父さんに笑顔を

一番の笑顔を見せておやり」

どこから聞こえてくるのか歌声が耳の中に入り頭の中で響いている。

クスクスと笑い声を上げていた子供達の声が遠のいていく。


「それでね、その白髪のお兄さん?お姉さんかな、その人が笛を吹きながら美智瑠(みちる)ちゃんを連れて行ったの。」

私は看護師さんに一生懸命昨晩起きた事を説明した。

「笛を吹いた人はどこから来たの?」

「分からない、でもね病室の窓から入って来たんじゃ無いかな?だって気が付いたら美智瑠ちゃんの傍に立って居てね、美智瑠ちゃんは笛の音と一緒にフワッて浮き上がって寝てたはずなのに目をぱっちり開けてベッドから起き上がったと思ったら窓の方に向かって歩き始めてお空に行っちゃったの。」

「そうか、沙也加ちゃんは怖いって思わなかったの?」

「だってこの病院には、子供を連れ去る人が居るっていうのは有名な話だよ。」

「連れ去る?」

「うん、連れ去られた人は皆死んじゃうの。」

私の言葉に看護師さんは顔を強張らせる。

「どうしたの?」

と聞いても看護師さんは

「何でも無いよ。」

と言うだけで私の話を聞いてどう思ったのか教えてくれなかった。

私がこの病院に入院したのは小学校二年生になってからだ。

入院して一年が経ったが、未だに回復の傾向が見えず入院生活が続いている。

安定してきているから私自身では、もう家に帰っても良さそうなのに先生が許可してくれない。

生まれつき心臓が弱く何回も手術をしては入退院を繰り返しているが、きっと心臓移植でもしない限りこの生活は続くだろうと私は思っている。

毎回手術が終わった後に母親が涙を流しているのを見るのが、私はとても嫌だった。

看護師さんが言うには最近私はプチ反抗期というやつらしい。

今日も母親は病院に来てくれるだろう。

でも私の顔を見る度にハンカチを鞄から出して泣いている姿を見ると鬱陶しく感じる。

涙を流されたからと言って私の心臓が良くなる訳じゃ無いのに。

むしろこっちが悪いことをしているみたいで嫌な気持ちになる。

何度かお母さんに泣くのをやめてと言ったが、

「ごめんね、お母さんが丈夫に生まれさせてたらこんな病気で苦しまなくて良かったのにね。ごめんね」

と謝って来た。

私はその言葉を聞いて憤りを感じお母さんに枕を投げつけた。

私はそんな事を言って欲しいなんて思っていない。

むしろそんな言葉なんて要らない。

その気持ちに気付いてくれないお母さんが私は大嫌い。



「沙也加ちゃん朝ご飯だよ~今日はミカンもあるよ!」

と師長さんが来てくれた。

この病院の良いところはご飯が美味しい所。

お粥のようなご飯に温かいお味噌汁。

黄色くて小さくて可愛い卵焼き、サラダはお皿から零れるほど盛られていて私が一番好きなミニトマトが添えられていた。

「頂きます!!」

と言って両手を合わせて私が食べて居ると師長さんが

「昨晩見た怖い話聞かせてくれる?」

と聞いて来た。

「怖い話?」

「そう、子供を連れ去る男の人の話。」

「う~ん、男の人なのか女の人なのか私は分からないけれど、ベッドの横で笛を吹きながら立っていたのは見たよ。」

「詳しく教えて。」

「うん」

「消灯の時間からかなり過ぎてたから深夜遅くの時だったと思う。

私は寝ていてフと目を覚ますと笛のピューホロロロロロと音が聞こえてきて、誰がこんな遅い時間に笛なんか吹いているんだろうって思ったの。

それで閉められていたカーテンを開けて笛の鳴る方を見ると美智瑠ちゃんのベッドのカーテンが揺れていて、誰か窓を開けたのかなと思っていたらファサッて美智瑠ちゃんの閉められていたカーテンが窓から風に煽られて勢いよく開いたの。

それで笛を吹く白髪の腰まである長い髪をした人が竹笛って言うのかな?

絵本で読んだ事あったけれど、その楽器名は忘れちゃった。

でもね、その笛を吹いていくと段々と美智瑠ちゃんの目が開いていって完全に目を覚ましたと思ったらベッドから起き上がってスタスタと窓の方に向かって行って白髪の人と一緒に空に飛んでいったの。

でね、これは夢でも見ているんじゃないかなって私思って、二度寝すればきっと変な夢を見たんだって思うようにしてまたカーテンを閉めたの。

それで今日の朝早くに看護師さんが慌てながら病室を出たり入ったりしてたから不思議に思ってカーテンをそっと開くと美智瑠ちゃんがいつの間にかベッドの所に寝ていて心臓マッサージを受けてたの。

それでさっき美智瑠ちゃんが死んだ事を看護師さんに聞いたら教えてくれたから、きっとあの白髪の人は子供をさらう悪い人だったんだって思ったの。

それにね、師長さん前に話してくれたでしょ?

白髪の青年の話。

あの話にそっくりだなと思って。きっと美智瑠ちゃんを迎えに来たんだって思ったの。

でも怖くなかったよ、だってその白髪の人凄く優しそうな顔をしていたんだもの。」



「沙也加来たわよ。」

とお母さんが来た。

今日もハンカチを手に持ちながら目は真っ赤に腫れている。

きっとここに来る前に同じ病気の美智瑠ちゃんが亡くなった事を知ったのだろう。

それできっと私もいつか・・・・と思ったのに違い無い。

私も時々こうしてベッドに横たわっていると深い深い眠りに落ちて、そのまま死んでしまうのではないかと思ったりする。

死ぬのが怖いかと聞かれたら怖いに決まっている。

死んだ後の事なんて誰も分からないし誰も教えてくれない。

でも私が生きている事で誰かを苦しめるのは一番嫌な事だ。

「沙也加、今日の朝ご飯何食べたの?」

と一生懸命普通を装っている母が聞いてくる。私は少し面倒臭いという態度で

「いつもと同じ、でも今日はミカンがついてきた。」

「おミカンね!!いいな~お母さんも食べたくなっちゃう。」

「帰りに買って食べれば良いじゃん。」

「そうね~でも最近果物値段高いからね~」

「そう。」

私はこの病院内の出来事以外は知らない。

病院から出て普通の生活をしていれば果物の値段が上がったことや色んな物資が値上がりしているのを知ることが出来るが、こう閉鎖された場所だとなかなかそういう話を耳にすることはない。

興味が無いと言えば嘘になるがお母さんと会話をするのが怠くて適当な返事になる。

でも、お母さんは諦めずに話掛けてくる。

「そういやね、この間拓也君のお母さんに会ったんだけれどね、学校で劇をやるんだって。沙也加、拓也君と仲良かったでしょ?配役、沙也加の分もあるのか聞いて見たら村人の役だって。」

「そう。」

「それでね、村人の役でも重要な場面の役だから劇の日だけでも一時帰宅が出来ないかってさっき先生に相談したんだけれども、今の段階では難しいって言われちゃってね。でもきっと今は安定しているし劇に出たかったらお母さん先生に頼み込むから遠慮しないで言ってね。」

「うん。」

「そういえばクラスの子達から寄せ書き貰ってきたわよ、今度大きな手術が控えているって言ったら担任の先生始めクラスの子達が応援メッセージを書こうってなってね。」

「うん。」

「皆一生懸命書いてくれたからこの棚の所に飾って置くね。知らない名前の子も居ると思うけれどもこうやって応援して貰えると嬉しいし元気になるわよね。」

「うん。」

「あ、そうだ!この前頼まれてた漫画買ってきたから」

と言ってちゃおをベッドの端に置いた。

「有り難う」

「沙也加、何か欲しい物ある?」

「何で?」

「だって貴方ワガママ言わないんだもん。口を聞いてくれないのは分かるわ。人は成長していく時親と意見や態度がぶつかる事もあるし」

「お母さんは何も私の事分かってないよ。」

「え」

「だって、私に劇の話をしたって出られる訳ないじゃん。美智瑠が死んで、同じ病気の子が死んだのに希望を持てって言われても難しいでしょ?」

「それは・・・」

母の目に段々涙が溜まってくる。

「そうやって泣くの止めてくれないかな?泣いたって私の病気が良くなる訳じゃないし、病気と闘って辛いのはお母さんじゃなくて私なの。」

「そうよね、ごめん」

「そうやってすぐに謝るのも止めてよ、こっちが悪者になるじゃん。」

「そんな事は・・・・」

「いつこの心臓が止まるのか私には分からない。寝る時間になっていざ寝ようとすると、このまま目覚めずに死んじゃうのかなと思ったら怖くて眠れない時もあるの。そんな苦しみお母さんには分からないでしょ?」

「ごめん」

「謝るなって言ってるのに。」

と言って私はちゃおに付いてきた付録をガサゴソと袋から出そうとしていると、看護師さんが

「沙也加ちゃん、今大丈夫かな?お昼ご飯持って来たからカーテン開けても良いかな?」

と聞いて来た。

気が付けばお昼になっていたらしくそういえばお腹もなんとなく空いている気がした。

「良いですよ。」

とカーテンの向こう側にいる看護師さんに言うと看護師さんは、はーいと言ってカーテンを開けた。

「この病室時計が無いから、今何時なのか全然分からないんだよね。」

と言うと

「そうね~前は壁に掛かっていたんだけれど、カチコチって時計の針の音が嫌だって言う患者さんが多くてね取っちゃったのよね~」

「へ~」

「そういえば今日見た夢?体験した話お母さんにしたの?」

「してないよ。」

「そうなの?」

と看護師さんはお母さんの顔を見る。

お母さんは何の事かという顔で私と看護師さん両方の顔を交互に見た。

「なになに?」

「いや、美智瑠ちゃんが死ぬちょっと前に不思議な体験をしたって話。」

「もしかしてホラー?」

「お母さんホラー苦手だっけ?」

「苦手~」

「じゃあ、話さない方が良いか!!」

「いや、そこまで話たのなら最後まで聞かせてよ。」

「この病院ね、お化けが出るんだよ。」

「お化け?」

「笛を吹いて子供を連れ去るの。」

「何それ、どういう事?」

「昨日美智瑠ちゃんが亡くなる前に美智瑠ちゃんの傍で白髪で髪が腰まである男性かな女性かな、性別は分からないんだけれど笛を吹いてたの。」

「笛?」

「竹笛だと思う。」

「リコーダーみたいな感じ?」

「そう、それでね笛を吹き続けてたら美智瑠ちゃんが急に起き始めてね、窓に向かって歩いたと思ったら空を飛んでいったの。まるでピーター・パンみたいにね。」

「ティンカー・ベルが魔法の粉を掛けたように飛んでいったの?」

「そう、それで朝その事を看護師さんに話をしたら美智瑠ちゃんが亡くなった事を知らされたの。でもね、美智瑠ちゃん苦しそうじゃなかったよ。昨日の夜中もウットリした目で歩いてたし。」

「ピーター・パンね。」

「お母さんはこの話、本当の出来事だと思う?」

「どうだろう、でも沙也加はその時間起きてたんでしょ?」

「それが曖昧なんだよね、ボーとしていたのもあって。」

「なるほどね、ただお母さんは沙也加がその人に連れ去られるんじゃないかと思ったら怖いかな。」

「私はまだまだ大丈夫でしょ。だってここ最近発作起きてないし。」

「そうね、でもまだ油断しちゃ駄目よ。」

「分かっているって~」

私はそう言いながらお昼ご飯を食べ、お母さんは家から作ってきたお弁当を食べた。



「ピューホロロロロロ ピューホロロロロロ」

「皆こちらへいらっしゃい 迷わずこちらにいらっしゃい

あの子が呼んでる あの子も呼んでる

一列になっていらっしゃい

あの子が待ってる あの子も待ってる

僕が来たから大丈夫

もう痛いのは終わりだよ

お母さんとお父さんにさよならを

また会う日までさよならを

涙ではなく笑顔でさよならを

ほら涙を拭って お母さんとお父さんに笑顔を

一番の笑顔を見せておやり」

またあの歌声がする。

耳を澄ますと隣の病室からだった。私は急いでサンダルを履きその歌声を頼りにそーと病室を覗く。

運が良いことに見回りの看護師さんはいなさそうだ。

「ほらこっちへおいで

焦らずこっちにおいで

痛いのはもう終わり

よく頑張ったね

あの子も待ってる この子も待ってる

一緒に行けば怖くない

お月様を目指せばもう怖くない

キラキラ光る宝石のような星空に

大きくまん丸なお月様の方に

大きく手を伸ばして飛んでいけば怖くない

皆がいるよ 独りじゃない

ほらあの子も待ってる あの子が待ってる」

歌詞が少し違う、月に向かってとは?私は混乱する頭を冷静にしなくてはと思って頭を左右に振った。

「ピューホロロロロロ ピューホロロロロロ」

笛の音が聞こえる。

昨日の美智瑠ちゃんの時と一緒だ。

私は咄嗟に病室のドアを開けて震える足に力を込めながら笛吹きの白髪の人に話かけた。

「貴方は誰?」

「・・・・・・」

「貴方はその子を何処に連れて行くの?」

「月の果てまで」

「その子も美智瑠ちゃんと同じように死んじゃうの?」

「ええ」

「もし私がここでそれを阻止したらどうなるの?」

「この子の魂は永遠にここに縛られたままになるよ。」

「え」

「僕が連れて行かなければそのまま地縛霊になるだけさ」

「そんな」

「君も一緒に来るかい?」

「嫌よ!私まだ死にたくないもん」

「そっか、皆と一緒なら楽しいと思ったのに」

と言って笛吹き男は白髪の長い髪を翻して笛を吹きながら窓の外に飛んで出て行ってしまった。もちろんベッドに寝ていた子を連れて。



今日は朝から心臓が痛い。

締め付けられるような痛さに私は目を覚ました。

看護師さんが何か言っているが何も分からない。

ただ心臓が痛くて仕方無かった。

痛み止めの入った点滴をしてくれた事で発作は治まったが、この痛みはいつになっても慣れない。

お母さんはずっと私の手を握ってくれていた。

私はもうこんな歳なのに手を握られているのに恥ずかしく思い、そっと手を離すと母が私が意識を取り戻したのを気付き名前を連呼してくる。

「沙也加大丈夫?」

と涙目の母親の顔がぼや~としていたのがくっきり見えてきた。

「だい・・・・じょう・・・・ぶ」

熱があるからなのか頭がボーとしている。

声もカスカスだ。

「おかあさん、なんで・・・ここに?」

「そりゃ沙也加が意識失ったって聞いたからに決まってるじゃない!」

「そう」

「今は?痛み無い?」

「ない」

「熱があるから身体しんどいと思うけれど、一難は去ったからもう少ししたら薬が効いてきて身体が楽になるわよ。それまでの辛抱だからね」

「お母さん・・・・ごめんなさい。」

私は両目から涙が勝手に流れているのが分かる。

でもその言葉を今言わないといけないと分かっていた。

「私・・・・お母さんの・・・・子供で生まれてきて・・・よかった」

そう言うと私は再び意識を失った。


「ピューホロロロロロ ピューホロロロロロ」

「皆こちらへいらっしゃい 迷わずこちらにいらっしゃい

あの子が呼んでる あの子も呼んでる

一列になっていらっしゃい

あの子が待ってる あの子も待ってる

僕が来たから大丈夫

もう痛いのは終わりだよ

お母さんとお父さんにさよならを

また会う日までさよならを

涙ではなく笑顔でさよならを

ほら涙を拭って お母さんとお父さんに笑顔を

一番の笑顔を見せておやり」

あの男の人と子供達の声がする。

声が段々近くに来る。

私は静かに悟った。

(あ~、次は私の番だ。)

「お迎えですか?」

と聞くと笛吹き男は

「ええ」

「私死ぬの?」

「ええ」

「お母さんに会いたい」

「そう」

「会えないの?」

「今は会えないよ。でもきっと次またお母さんに会えるよ」

「次?」

「生まれ変わるのさ」

「生まれ変わる?」

「ええ」

「今会いたいな」

「手紙を残して置けばいいさ」

「手紙」

「そうさ、手紙でお母さんにメッセージを残してあげれば良いよ。」

と言って便せんとペンをいつの間にか目の前に出されて私は息も絶え絶えに手紙を書いた。

「お母さん

お母さんいっぱい泣かせてしまってごめんね。

お母さんは丈夫な身体に生まれさせたかったって言ってたけれど、私はお母さんの子供に産まれてきて本当に良かったよ。

私はお母さんの泣き顔より笑った顔の方が大好きだよ。

私が死んでしまって辛い寂しいと思うかもしれないけれども、辛い思い出よりも楽しかった思い出を思い出して笑顔でいて下さい。

本当はこんな思いをさせたく無かったけれども私の身体ももう・・・・・

お母さん沢山嫌な態度を取ってごめんね。

本当はお母さんにもっと甘えたかった。

もっと色んな所に出かけたかった。沢山思い出を作りたかった。

最後の最後まで辛い思いさせてごめんね。

大好きだよ。」

私は書き終わると笛吹き男はピューホロロロロロと吹き私の身体がふわりと軽くなる。

さっきまでの心臓の痛みも無くなった。

走り回れるぞ!という気持ちになってくる。

「さあ、一緒に行こう」

そう言われて私は窓から夜空に向かって飛んだ。

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夜空に向かって 凛道桜嵐 @rindouourann

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