夜空に向かって
凛道桜嵐
第1話
「ピューホロロロロロ ピューホロロロロロ」
どこからか音が聞こえてくる。
その音に連れられて笑い声が聞こえてくる。
「こっちだよ」
「いいや、こっちだよ」
「違うよ、こっちが正解さ」
「こらこら、皆こっちに着いて来て。そうじゃないと迷ってしまうよ。」
「はーい」
「そうだね~」
「分かった~」
と言う子供の声とクスクス笑い声が聞こえる。
「ピューホロロロロロ ピューホロロロロロ」
「皆こちらへいらっしゃい 迷わずこちらにいらっしゃい
あの子が呼んでる あの子も呼んでる
一列になっていらっしゃい
あの子が待ってる あの子も待ってる
僕が来たから大丈夫
もう痛いのは終わりだよ
お母さんとお父さんにさよならを
また会う日までさよならを
涙ではなく笑顔でさよならを
ほら涙を拭って お母さんとお父さんに笑顔を
一番の笑顔を見せておやり」
どこから聞こえてくるのか歌声が耳の中に入り頭の中で響いている。
クスクスと笑い声を上げていた子供達の声が遠のいていく
私この歌知っている。
この笛の音も知っている。
待って
待って
待って
そう声を出したかったけれども声は出なかった。
「はぁっ!!」
何か衝撃的な夢でも見ていたのか突然目が覚めて体を勢いよく起こした。
何の夢を見ていたのか覚えていないが何か懐かしい記憶に触れたようだった。
額に手をやると汗をじんわりかいていてパジャマも少し湿っている。
まだ六月なのに三十度近くの日々が続き朝から湿気で肌がベタベタする。
喉がカラカラなのに気が付いて私はベッドからよいしょと起き上がるとキッチンに向かって歩き始めた。
冷蔵庫を開けると食材が殆ど無くガラガラ状態に缶ビールが三本、天然水が五本入っていて私は冷蔵庫で冷やされた天然水のペットボトルを手に取り蓋を雑に開けると一気に水を飲み始めた。
なんだったんだろうか。
何の夢を見ていたのだろうか。
懐かしいようなそれでいて悲しいような。
「あーパジャマ洗いたいのに今日に限って雨が降ってる~最悪」
飲んでいたペットボトルを冷蔵庫に戻して部屋に響く雨音に耳をやる。
今日の天気予報って雨だったっけと思いながらテレビを付けて天気予報を見ると
「にわか雨が降ってきました。すぐに雨も止みますが念の為傘を持ってお出かけ下さい」
と天気予報のお姉さんが言っている。私は
「まじか~今日1限なのに雨の中、学校に行くとか面倒。最悪だわ。」
と何の罪もないフワフワにした髪型で細身のスタイルの天気予報のお姉さんに八つ当たりをするように独り言を呟く。
一人暮らしをしてから丸二年が経った。
私の家は決して裕福ではなかったが父母にとって私は大事な一人娘だ。
一人暮らしをすると決めた時父は頑なに反対したが私が東京の大学に受かった事がきっかけで上京することを許してくれた。
私が何故一人暮らしをしたかったかというと田舎が嫌だったからだ。
何かあると隣人だけでは無くその場に住む地域の人全員が知っている。
そんな環境が嫌で必死に東京の大学を受験した。
また私の父と母は他の友達のご両親と比較すると年齢が高くどうして私の両親だけ歳を取っているのかと疑問に思ったことも一つの理由である。
私は聞いてはいけない感じがしてその疑問を胸の奥底にしまい今では結婚するのも三十過ぎてから結婚する人も多いと知って両親もそうだったのだろうと勝手に決めつけて自己解決をしていたが心の底では少し他の友人達に両親を紹介するのが恥ずかしい感じがしていて、でもそう思う自分に対しても両親に悪い気がして罪悪感を感じていた。
「ピロン」
LINEの音がする。
机の上に置きっぱなしだったスマホの画面を覗くと
「今日昼一緒に食べない?」
と亮からメッセージが来ていた。
亮とはこの一ヶ月前から付き合って居る彼氏で出会いはマッチングアプリだった。
大学でサークルに入ろうかと思っていたが飲みサー(お酒を飲むのが主のサークル)
が多くて真面目に運動したい私的には合わないと感じサークルには入らなかった。
部活に入っても良かったが私が通っている社会福祉という学部はレポート提出などの宿題が多くバイトと部活の両方に通えるほど時間の余裕が無かった。
そんな一人ぼっちの私を変えてくれたのが楓(かえで)という女友達、いや知人に近い子。
たまたま重なった授業でいつも隣に座る子が世間話の一つとしてマッチングアプリをしている事を話して来てマッチングアプリって何?と聞いた所から色々登録の仕方も含めて
「大学で良い人見つけとかないと大人になったら出会い無くなるよ!」
と一言添えて私に教えてくれた。
私は出会い系とかってと思って最初はろくに開きもせずにそのまま放置をしていたが、何となく講義の合間に携帯を触っている延長でアプリを起動し暇つぶし程度にやっていた。
そんな中で出会ったのが亮である。
亮から「良いね」が来ていて私は何となくこの人イケメンで良いかもと思ってマッチングしたが同じ大学と知ってからは急に親密になり亮の方から告白してきてOKの返事を返した。
亮は凄く緊張していたみたいで良いよと答えると
「やったー!!!」
と大きな声を上げながらガッツポーズをとった。
私はそんな亮の姿を見て
「そんな大袈裟な」
と笑ったが亮は
「だって、俺の事男友達としか見てないと思ったもん。」
「どうして?あれだけ良い雰囲気だったじゃない」
「いや、メッセージのやり取りの感じじゃもしかして両想いかな?と思ったけれども本音は分からないじゃん。」
「そうかな~」
「そうだよ!!」
と真剣な亮の顔を見て私は吹き出し笑った。
最初はチャラかった亮だが段々と私の恋愛の道を歩むスピードに合わせてくれる姿を見て私は本気で好きになったし告白してくれて本当に嬉しかった。
だが亮には両親の歳がもう還暦を迎えている事を言えずにいた。
言ってもきっと亮なら受け止めてくれると思うがきっとすぐに両親の介護をしなくてはいけなくなると思うとそれでも傍に一緒に居てくれるのかと思うと怖くて言えなかった。
「良いよ。」
とLINEの返事を返して私は誰も私の顔なんて興味無いだろうと思いながらもテレビを観ながら化粧をする為に顔を洗いに洗面所に向かった。
「それでさ~・・・なあ美星(みほし)聞いてる?」
と騒ぐ学生が多い学食でラーメンを食べながら亮が私に話し掛けて来た。
「ごめん、聞いてなかった。」
「だから、今度のデート何処に行く?」
もーと言いながらラーメンの麺を啜りモグモグとリスのように頬を膨らませながら食べる亮に私は少し悩みながら
「この間雑誌に載ってた猫カフェとかはどう?三軒茶屋にある猫カフェでお祖父さんとお孫さんがやっているカフェ。ハート模様の柄の猫ちゃん見てみたいし。」
「猫カフェね。ちょっと待って調べるから」
箸を口に咥えたまま亮がスマホを弄って猫カフェの場所を調べる。
「うん、ここなら俺知っている道だしそれに俺らの講義が無い平日の水曜日もやっているみたいだし行ってみるか!!!」
と言ってウンウンと笑顔で亮が頷くので私もつられてウンウンと笑顔で返した。
「ラーメン伸びちゃうから早く食べた方が良いんじゃ無い?」
と言うと
「やべっ」
と言って勢いよくラーメンを亮は食べ始めた。
いつかこの人に両親の事を言って何気ないこの毎日が無くなってしまったらと思うと胸元にサーと冷たい風のような物が私の身体を通り過ぎていく感じがする。
「じゃあ、俺まだ講義あるから!バイト頑張って!じゃあまた明日~」
と言って亮は講義がある館に向かう。私はバイトに向かって正門から大学の最寄り駅まで歩いて行った。
帰り道ブブっとズボンのポケットからバイブ音の振動が伝わってくる。
誰?と思いながら見ると母からのLINEだった。
「ご飯はしっかり食べてますか?今度いつ家に帰ってきますか?お父さんが会いたがっているわよ。」
といつもと変わらない文章が画面に表示されている。
「七月の半ばまでテストがあってそれ以降じゃないと帰れないよ。それにバイトもあるし。」
と送ると
「そうなの、大学って大変ね。」
私の両親は大学を出ていなくて高卒なので大学の事がよく分かっていない。
「暇に見えるけれども毎日レポートに追われてそれプラスバイトもやっているから数日しか帰れないと思うよ。」
「そうなの、大変ね。実はお父さんが話があるって言っててどこか時間があったら聞いてやって欲しいの。」
きっと父の事だ。早く結婚しろとかそういう話だろう。
高校を卒業する時、私が東京の大学に行きたいと言い出した時に
「学校よりも早く結婚しろ!」
と言って大喧嘩した。
私は勉強がしたかったし、まだ結婚についてなんて考えられなかった。
ただ両親は自分達の目が黒いうちに見合いをするようにと言って勧めて来た。
私は母に泣きながら話し、母は私の気持ちに寄り添ってくれて父を説得し東京の大学を出たら地元に戻ってくる事を前提に許しが貰えた。
亮が結婚を意識しているかまでは分からないが大学の在学中のみの交際である事を私は言えずに居る。
いつか言わなきゃいけない。
そう思えば思うほど私の心は強い力で押しつぶされそうになる。
「ピューホロロロロロ ピューホロロロロロ」
また笛の音がする。
「皆こちらへいらっしゃい 迷わずこちらにいらっしゃい
あの子が呼んでる あの子も呼んでる
一列になっていらっしゃい
あの子が待ってる あの子も待ってる
僕が来たから大丈夫
もう痛いのは終わりだよ
お母さんとお父さんにさよならを
また会う日までさよならを
涙ではなく笑顔でさよならを
ほら涙を拭って お母さんとお父さんに笑顔を
一番の笑顔を見せておやり」
またあの歌声とクスクス笑う声がする。
何処で聞いたのだろうか、懐かしいメロディー。
私は真っ暗闇の中でもがこうと必死に手足を動かす。すると
「どうした?どうした?そんなに怖がらなくても大丈夫さ、君も一緒にあの月に向かって行こう。大丈夫だ、目をゆっくり開けてごらん。」
そう言われて私は目をゆっくり開けた。
すると下には沢山の家が並び私は空を飛んでいた。
私が目を開けたのを見届けてから白髪の長い髪を風に靡かせた青年が紺色の星柄が描かれたマントを翻してまた歌を歌い始めた。
「皆こちらへいらっしゃい 迷わずこちらにいらっしゃい
あの子が呼んでる あの子も呼んでる
一列になっていらっしゃい
あの子が待ってる あの子も待ってる
僕が来たから大丈夫
もう痛いのは終わりだよ
お母さんとお父さんにさよならを
また会う日までさよならを
涙ではなく笑顔でさよならを
ほら涙を拭って お母さんとお父さんに笑顔を
一番の笑顔を見せておやり」
「ピューホロロロロロ ピューホロロロロロ」
私は白髪の青年を見ると竹笛のような筒を吹いている。
この楽器は何だろうか?そう考えているとドシンと体が重くなり気が付いたらベッドの上で寝ていた。
「何今の夢。」
そう呟くと胸が締め付けられそうになり、涙が一粒頬を伝った。
「それでね、変な夢を見てね。」
と猫カフェに着いてから私は夢の話を亮に話していた。
亮は片手に猫じゃらしを持ちながら私の話に耳を傾ける。
「その話どっかで聞いた事があるな~何処だったかな~」
と首を捻る。
「聞いた事あるの?」
「うん、昔俺病弱でさ~よく入院していたんだよ。その時に看護師さんに聞いた話と似ている気がする。」
「どんな話?」
「確か、昔々ある所に白髪の青年がいました。青年は村の中でとても美しく一見おなごのような姿でした。青年は心優しく人が困っていたら手助けするような人でした。
そんな中村の掟で森の中に住む大蛇の神に生け贄を与える年が近づきました。
五十年に一度のこの行事を恐ろしく思いながらも誰も不満や疑問を持つ者が居ませんでした。そして白羽の矢が立ったのは一人の少年の家でした。
皆が心の奥底で自分では無かった事にホッとしている間少年の母親は大きな声で泣き叫び少年は呆然と母親を見ていました。
生け贄当日少年は白い衣装を身に纏い村の男共に担がれて森の奥深くに向かって行きました。
男共は生け贄が入った竹かごを地面に置き大蛇を呼びました。
大蛇は嵐のような風と共に現れ人間と同じ言葉でこう聞いて来ました。
(今回の生け贄は若い男だったな?)
(はい、そうです。)
(ただその籠からは少年の匂いがしないぞ?)
(そんな事無いです。我々がしっかり確かめて大蛇様が選んだ者を持って来ました。)
(ほう、ならば籠の中身を見せてみろ。)
そう言われて村の男共は籠の蓋を開けると白髪の青年が出てきました。
(こいつを選んだつもりは無いが、何故コイツがここに居るのだ?)
(おい!なんで籠の中にお前がいるんだ?)
と男共に責められる青年でしたが、青年は笑顔で
(少年と変わって貰ったのです。彼は良い青年になる。逞しくそして思いやりを持った青年に。だからここで彼の人生を終わらせる訳にはいかないのです。)
(少年を連れて来いとワシは言ったはずだが?)
と睨み付ける大蛇に男共は土下座をし
(今すぐその少年を連れて参ります!!)
と言うが大蛇は首を左右に揺らして
(もう良い。今回はこの生け贄で我慢してやろう。こいつは成人しているが美しい。)
(許してくれるんですね!良かった。)
と白髪の青年は自ら生け贄になる事に喜びを感じているような表情で大蛇を見る。大蛇は
(こんな変わり者を寄越しよって、仕方あるまい。ワシの体に捕まれ)
と言って青年を空遠くに連れて行きました。
それから村には不思議な事が起きました。
村で幼くして亡くなった子供が現れると青年が森の奥向こうからやって来ては笛を吹くようになったのです。生け贄になったのに生きている事に驚きはありましたが、奇妙な歌と奇妙な楽器で舞う姿はまるで蝶々のように見えその美しさに村の者はその青年に対して気味が悪く思う人は居ませんでした。
青年が笛を吹くのを止めると死んだはずの子供の体から丸い丸い光が胸元から出てきて青年に絡みつくようにフワフワと浮いています。
子供の両親は我が子の魂がと泣き叫びますが、青年はまるで聞こえて居ないような表情でフワフワした光と共にまた森の奥に消えていきました。」
「青年が関係するのは分かったけれどもそれがなんで私の夢に出てきたの?そんな話私今初めて聞いたんだけれど。」
「それは俺にも分からないけれど。じゃあさ、これから俺が入院してた病院に行ってみない?何か分かるかも!」
と言うと亮は猫じゃらしを店員さんに返すと早く早くと言って私を急かした。
「あー、そういう話あったわね。良く覚えているわね亮君。」
とナースステーションに居る看護師さんに声を掛けると亮の入院時の時に居た看護師さんで亮の事を覚えててくれていた。
「それでその話ってどういう話なんですか?」
と聞くと看護師さんが
「師長に聞かないと分からないけれどもよくその話を師長が子供達に聞かせてたわ。どういう意味があってそういう話をしているのかは分からないけれども。」
「なるほど。その話はどっかの童話なんですか?」
「違うと思うわよ。そんな本読んだ事無いし。」
「そうですよね、師長さんは何処に?」
「あっちの方の部屋に居ると思うわ。」
と言って右に曲がった所にある部屋を指さした。
私達は見合って頷くとその部屋に向かって歩き始めた。
「それで、この話ってどこから来た話なんですか?」
と私が聞くと師長さんは血圧計を片付けながら
「その話は私の地元で語りつかれている話よ。」
「地元?」
「ええ、私の地元では小さくて亡くなった子の魂は笛のメロディーに乗せて空高く昇っていくっていう話なの。」
「あの・・・・私実はその・・・・夢の中でその話に似た体験?経験をして。どうしてそんな夢を見るのか分からなくて。」
と私はそう言うと師長さんは目をハッと大きく見開いたと思ったら手が小さく震える。
「詳しくは私には分からないけれどもきっとそれは昔の記憶か何かが原因じゃないかしら、どこかで聞いた事がある話を記憶からは忘れているけれども脳の中ではその話の記憶が残っているとか。」
師長さんのわなわなと震える姿を見て私はただの夢の話ではないと何となくそう思った。
「お母さんに聞いたら分かるんじゃ無い?」
と亮は呆然としている私に聞いて来た。
「母に?」
「そう、だってこの話知っているって事はお母さんが昔寝かしつけの時とかに話していたのかもしれないじゃん。」
「そうかもしれないけれど・・・」
「電話が使える場所に移動して電話してみたらどう?」
亮は真剣な顔で私の顔を見てくる。
私は静かに頷くと師長さんに礼をして携帯が使える場所まで移動して母に電話した。
「どうしたの?電話なんて急に寄越して」
「・・・・・ねえ、一つ聞きたい事があるんだけれど笛を吹いた青年の話しって私にした事ある?」
「え」
シーンと母が無言になる。
「何か言ってよ。」
「・・・・その話なら母さんの育った所で聞いた事あるけれどもそれを美星に話した事は無いわ。」
「でもねその話に出てくる青年かな、その人が夢の中に出てくるんだ。」
「・・・・・ねえ、電話じゃなんだから1回家に帰ってきて。その時に話すのじゃ駄目かしら。」
「電話では話せない事なの?」
「ええ。」
「分かった。今度の三連休バイト休みにして貰っているから1回家に帰るよ。」
「ええ、そうして頂戴。」
ピッと電話を切ると溜め息が出る。
本当は電話で済む話ならば電話で終わらせたかった。
父に会うのが嫌だから帰省しないなんて母には言えないし、それにどこか母の様子もいつもと全然違ったのが気になる。
何かとんでもない秘密のパンドラの箱を開けてしまったのではないかと思った。
「それにしても緑が多いな~」
と亮が両手を上に上げて伸びをしながら話掛けてくる。
私はあれから亮に母が話したことを言うと一緒に地元まで行くと言って私がそれとなく断っても聞き入れず美星の両親に挨拶しなくちゃっと言って強引に着いてきたのである。
「まあ田舎だからね。」
「でも空気が透き通ってて肺が綺麗になる気がする。」
「亮は煙草吸わないし肺綺麗でしょ?」
「そういう事じゃないって、東京って人がゴミゴミしているのもあるけれども車の排気ガスとかで肺がさ何となく汚れている気がするんだよ。」
「それ東京が凄く汚いみたいじゃない」
「だって本当の事だろ?」
と亮がクククと笑う。
私は久しぶりに帰ってきた地元という事も両親が還暦迎えている事を亮に話せていない事も色々な感情が私の脳を占める。
「プップー」
とクラクションが鳴る。
ハッと私はその音が鳴った所を見ると見覚えのあるオレンジ色の軽車が止まっていた。
運転席には母が乗っていてこっちに手を振ってくる。
「あのお祖母さん知り合い?」
と亮が聞いて来た。お祖母さん、亮は悪気があってそう言っている訳じゃ無いのは分かっているが少し胸がチクリとする。
「あれ私のお母さんなの。」
と言うと亮が慌てた顔をして
「やっべ!お母さんに今の言わないでくれよ!そうじゃなくても俺チャラく見られがちだから印象悪くなる。」
「お母さんが歳いっているのに何も思わないの?」
「え?だって美星のお母さんだろ?歳とか関係無いじゃん。まあさっきお祖母さんって言ったのは内緒でね。」
と下手くそなウィンクしてくる。
私はふふふっと笑いながら亮と一緒に母が待つ車に向かった。
母は近づくに連れて私が男の人と来た事に気付いたのか驚きの顔に段々なっていく。
亮は
「お母さん凄い驚いた顔しているけれども大丈夫?」
と私に確認してきたが私は母の初めての表情に面白くてクスクス笑いながら
「大丈夫じゃないかも、きっとお父さんはもっと驚くよ」
と言うと
「娘さんを下さいみたいな感じで緊張してきた。」
と亮は急に緊張してきたのか胸を上下に擦ると一呼吸をした。
「亮が着いてくるって言ったんじゃん。」
と私は亮を小突く
「だってあんなに驚く顔されてたら何か悪いことしているみたいじゃん。」
「何で悪いことになるのよ」
と私達は笑い合った。
「もうビックリしたわよ、だって美星が男の人連れてくるなんて!」
と甲高い声で母が話す。
「すみません、急に押しかけて」
と後部座席に座った亮が申し訳なさそうな顔で言うが本音は全然そんな感情は無い事は私には分かる。
「良いのよ~まあお父さんはもっとビックリするでしょうけれど。」
とフフフっと笑いながら母はハンドルを切る。
亮が来たからなのか母は何処かウキウキしていていつもより口数が多い。
「それで美星は東京の大学で上手く生活出来ているの?」
と私では無く亮に母は聞いた。
「ええ、それはもちろん。娘さんバイトも頑張ってますし学部は俺とは違うんですが毎日出る課題・・・・レポートを期限までに必ず出してますし、俺は凄いなと思って見てますよ。」
「亮君の学部は課題があまり出ないの?」
「そうですね、少しは課題はありますがそんなに毎日って言う程は出ないです。」
「そうなの~私高卒だから大学の事が分からなくてね、美星に色々聞いているんだけれどこの子も何も教えてくれなくて今日亮君が来てくれて本当に良かったわ。きっとこの子だけだったらご飯食べているかとかちゃんと生活が送れているかとか聞いても答えてくれないと思うから。」
「そうなんですね~美星さんは料理はそこまで上手って言うわけじゃないですけれど、でも自炊頑張ってますよ。」
私は助手席から後部座席に座る亮を睨む。亮はてへっと言う様にあっかんべーをしながら私を見る。私は大きな溜め息を吐きながら
「それで電話の話の続き聞かせてよ。」
と母に言う。母はその言葉に凍り付いたかのようにピシッと顔を強張らせた。
「そうね、その話はお父さんも交えて話しましょ。運転中に話す内容じゃないから」
「なんでそんなに勿体ぶっているの?」
「勿体ぶるなんてそんなとんでもない!只ここで話すべきじゃないと思っているだけよ。」
「そう。」
「この子ったら昔っからせっかちなんだから」
とグチグチ母は言うが私は気にも留めなかった。
「それで何で君もここにいるのかね?」
と紺のポロシャツに白いズボンを履いた父が腕組みをしながらリビングに座る私と亮を見て言う。
「初めまして潟沼亮(かたぬま りょう)と言います。今日は娘さんの夢の話の真実が知りたくて同行させて貰いました。」
と椅子から立ち上がり礼をする亮に母は
「亮君、美星のボーイフレンドなんだって!この子が彼氏を連れてくる日が来るなんてね!ねえお父さん!」
とキッチンからお茶をお盆に載せて来る。
「ボーイフレンド??」
とお父さんの顔が真っ赤になっていく
「どこのどいつかも知れない奴を何で家に上げたんだ!」
と母に父は怒鳴るが母は想定内の出来事だという顔で
「あら、お父さんこの間まで美星のお見合い相手を探してたじゃないですか。美星がちゃんとお付き合いしている人を連れて来た事に対して怒るなんてあまりじゃありませんか?どこの誰だろうと娘が選んだ人ならば応援するのが親の役目でしょ?」
と言い返し父は何も言えずグウッという声を出してリビングの椅子に座った。
「それにね、お父さん。今日美星が来てくれたのには理由があってあの話覚えているかしら昔ほら、お父さんと付き合って間もない頃に話した笛の青年の話。」
「それがどうした」
「あの話美星にはして居なかったのにこの子その話知っているって言うのよ。」
「バカな。あれはあの時封印した話だろ?美星が知っている訳無いだろ。」
「それが夢に出てくるんですって。」
「そんなバカな、美星その話本当なのか?」
と父が私の顔をジッと見てくる。目がぎょろっとした父の目がいつも怖くて目を背けていたがその時は何故が見つめ返す事が出来て
「うん、夢の中でね。ピューホロロロロロって笛の音がしたっと思ったら歌が流れてくるの。
(皆こちらへいらっしゃい 迷わずこちらにいらっしゃい
あの子が呼んでる あの子も呼んでる
一列になっていらっしゃい
あの子が待ってる あの子も待ってる
僕が来たから大丈夫
もう痛いのは終わりだよ
お母さんとお父さんにさよならを
また会う日までさよならを
涙ではなく笑顔でさよならを
ほら涙を拭って お母さんとお父さんに笑顔を
一番の笑顔を見せておやり)
ってね」
「鮮明にその様子を覚えているのか?」
「うん、まるでピーターパンみたいに魔法の粉でも振りかけられたのか空を飛んで月を目指すのよ。」
「そうか。」
「ねえ、さっき封印したって言ってたけれどそれってどういう意味なの?」
「それはな」
と言うと父はお茶を一口飲んで少し間を開けた後
「それはお前にはお姉さんが居たんだ。」
「え」
「まだ美星が生まれる前の事よ、お父さんとお母さんの間にはもう一人子供が居たの。」
とお母さんが言う。
「それって」
「心臓の病気だった。先天性のね。何度も手術したけれども助からなかった。その時にねその子にその青年の話をしていたのよ。」
「そうだったんだ。そのお姉ちゃん?は幾つで亡くなったの?」
「三歳よ。」
「そう。それでお父さんとお母さんはどうしてその話を私に話してくれなかったの?」
「時期を見て言おうと思っていたんだ。ただそのタイミングがなかなか無くてな。」
「それで私はどうしてその青年の話を知っているの?」
「それは父さんでも分からないな。」
そう言ったっきりリビングは重い空気に包まれた。
「それにしても不思議な事ってあるんですね。」
と亮が話始める。
「俺昔身体が弱くてよく入院していてそこの師長さんがその話してくれて俺その話知っていたんですけれど、美星に聞かれるまで完全に忘れてましたしなんなら気にも留めてない話だったんですけれどその青年って所謂子供達を天国に連れて行くって言う話なんですよね?」
「ああ、私はそう聞いている。」
「なんかホラーみたいな話だけれど何処か寂しい感じもするんですよね。」
「確かにそうだな、でも私達はその話で救われたんだ。きっとこの子は戻ってくる。て思えば子供を失って悲しみに暮れてばかりじゃ居られない、立ち上がらなくちゃってな。」
「美星のお父さんとお母さんはとても強い人なんですね。」
「強くはないさ」
「いえ、俺子供居た事無いんで想像しか出来ないんですけれどやっぱり子供が死ぬってどんな親でも辛いって思うんです。いや辛いっていう言葉は間違えているな。身体が引き裂かれそうになると思うんですよね。」
「そうだな。」
「だけどこうやって死を受け入れて前に進んで居るって凄い事だと思うんですよね」
「前に進んでいるのか分からないがな。ただ必死に足を動かしているだけだ。それに今となっては美星が居るし海の事は受け入れるしか無いんだ。」
「お姉さんの名前海って言うんですか?」
「ああ、私と母さんが出会った場所が海だからその名前にしたんだ。」
「海で出会ったってナンパって事ですか?」
「馬鹿野郎!そんな訳あるか!」
と言って父はガハハと笑い母もクスクスと笑った。
「ピューホロロロロロ ピューホロロロロロ」
また笛の音がする。
「皆こちらへいらっしゃい 迷わずこちらにいらっしゃい
あの子が呼んでる あの子も呼んでる
一列になっていらっしゃい
あの子が待ってる あの子も待ってる
僕が来たから大丈夫
もう痛いのは終わりだよ
お母さんとお父さんにさよならを
また会う日までさよならを
涙ではなく笑顔でさよならを
ほら涙を拭って お母さんとお父さんに笑顔を
一番の笑顔を見せておやり」
子供達の声と一緒に青年が月に向かって飛んでいく。
私は大きな声で
「ねえ、これからどこに行くの?」
と青年に聞く。
青年は笑顔で何も応えない。
ただ笑顔で笛を吹く。
そうだ、私はお父さんとお母さんの元に生まれ変わって戻ってきたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます