18話.谷口陽介という『人間』

 時はかなり遡り、旧ダンジョン動乱より20年ほど経った頃。

 すでに復旧作業は終えて、新しい時代が幕を開けていた頃。

 あるところに、一人の少年がいた――


《少年時代》


 俺は、谷口陽介は生まれた時から人生が狂っていた。


 両親からの虐待は日常茶飯事。

 赤子の時から受けた暴力による傷がいつも疼く。


「ね、ねぇ。今日はどこへ行くの?」

「あぁん?黙ってなさい、この駄息子が!」


 母親に連れられて家を出た俺だが、いきなり怒鳴られて黙らされた。


「いい?あんたは私の子、つまり私の言うことは絶対なのよ!!」


 毎日聞いてるフレーズだ。もう聞き飽きた。


「ママー、公園行きたーい!」

「そう?じゃあちょっとだけね?」

「やったー!」


 別の親子の楽しそうな会話が聞こえてくる。

 

 俺がその親子を羨ましそうに見ているのが見えたのか、母親が頭を叩いてくる。


 バチン。

 痛いよ、やめてよ。


「いい?あの親子も同じ、家では私たちと同じなの!親なんて、いや大人なんてみんなこうなのよ!」


 無言で頷く。

 ただ、自分の中でどこか納得が持てた。


 自分がこれだけ痛い思いをしてるのではなく、みんな同じ思いをしてると思うと少し気が楽になる。


 次の日も、その次の日も。

 賑やかで楽しそうな親子を見かけるたびに母はその言葉を繰り返した。


 そして俺も、その言葉をいつの間にか完全に信じるようになった。


 学校ではみんなが楽しそうに振る舞っているから自分も楽しそうに振る舞う。


 みんなは家で痛い目を受けているような仕草は見せない。だから自分も見せずに我慢する。


 自分もあの子も家では同じ、今は外だからいい親子関係を演じてるだけ。その言葉が俺を安心させると共に、俺の中にある感情が芽生え始めた。


 そもそもなぜ俺たちはこんなにも暴力を振るわれないといけないのか、と思うようになった。

 

 その頃から、俺の大人へ感じる恐怖は大人へ感じる嫌悪感へと変わった。


 母だけでなく父からも同じ始末を受けている今、その答えを聞いても答えてくれない。


 返ってくるのは毎度、「子供は大人の言うことだけ聞いてればいい」という決まったセリフとともに炸裂する拳骨。


 いつまでこの地獄が続くのだろうか。


 もう大人とすれ違うたびに睨んでしまうほど深刻化してしまった大人への嫌悪感。


 自分も大人になったら、ああなってしまうのか。


 聞きたいことはいくつもある。でも答えてくれない。

 理不尽な暴力に苛立ちが溜まる。


 事が動いたのは俺が14歳になり、中学2年生となった時だ。


 両親が交通事故で死亡したのだ。


 結局答えを聞けていないまま、死んだ両親。

 俺の中の感情は爆発寸前だった。


《青年時代・上》


 そんな時俺は、里親に拾われた。


 俺が両親から暴力を受けていたことを知った里親は苗字を変えることを提案してきた。


 俺自身、死んだ両親のことは大嫌いだったし、大人自体が大嫌いだがまだマシだと思って苗字を変えて養子になった。


 俺の苗字は『谷口』から『咲原』に変わった。


 大嫌いな大人と一緒に暮らすということに変わりはないため、「苦しかったなぁ」とか「もう大丈夫」とか言われても何にも嬉しくなかった。


 この家族でも今までどうり言うことを聞かされるだけ。

 

 そう思っていた。


 だが違った。


 いつまで待っても暴力が振るわれることはなく、平和な毎日が続いた。


 埃が一つ残っているからと怒鳴られて水風呂に1時間入れられることもなく、勉強を優先してご飯を作っていないからとフォークで体を刺されることもなかった。


 自分の中で葛藤が起き始めた。

 この家族は俺に暴力を振るったり、理不尽に叱ったりしないのじゃないか?


 だがそれなら俺が今まで信じてきたものはなんだったんだ。

 結局全員、見た目通りの幸せな家族だったんじゃないか?

 

 信じたい事実と、信じたくない事実が交錯する。


 だがそんな葛藤も、2年も経てば完全になくなっていた。


 日々聞かせられていた、「あなたはあなたなの、自由にしたらいいのよ?」という言葉。


 怪我をして帰ってきたら「大丈夫?何して怪我したの?」と優しく話しかけてくれる新しい両親。


 今更だが、俺はこの人たちを信用していた。

 俺は新しい人生を歩んでもいいんだ、そう思い始めた時だ。


 信用していた両親がダンジョン内の事故で亡くなった。


 完全に生きる意義を失った。

 もう16歳で探索者の資格を持っていたし、かなり才能があったらしくお金には困らなかった。


 だが、帰ったら「今日もお疲れ、次は一緒に探索行こうな」と声をかけてくれる存在が消えた。


 葬式に来た大人たちからも「探索者なんて仕事してるからああなるのよ」という声が飛び交う。


 当時、あまり探索者という職業があまり良く見られていなかったのが原因だが、俺は「は?何言ってんだよ、この人たちがどれだけ立派な仕事してるかも知らないくせに」と怒りが込み上げていた。


 その怒りが、俺の中の奥深くに眠っていた感情を呼び起こした。



《青年時代・中》


 特に理由もなく無心でダンジョンにアタックしていたとき、珍しい場面に遭遇した。


 ダンジョンに男の子が捨てられていたのだ。


 普通の子供なら救わなかったかもしれない、だがその子供は明らかに親から異常な仕打ちを受けていることが分かった。


 助けに入り、周囲に両親と思われる人がいない事をしっかり確認し、聞いた。


「お前、何歳で名前は?」

「僕は……4歳で名前は……秋山ヒロキ」


「そうか、ヒロキか……お母さんは?」


 首を横に振る男の子。

『お母さん』という単語にビクっとしたのを見る限り、やはり親に何かひどいことをされていたのだろう。


「じゃあ、おうちはどこ?」

「……ううん、帰りたくない」


 そうか……ダンジョン内に捨てられたのか?


 スマホを取り出して調べた結果、ダンジョンに捨てられる子供は少なくはないらしい。


 警察に電話し、状況確認をしてもらう。


 ダンジョン内に捨てられる子供は稀に発見されるらしい。


 証拠隠滅としては最善策なのだとか。やっぱり大人の考えることは意味がわからん。


 さらに、ダンジョンに捨てられた子供のみを集めている孤児院が存在することも教えてくれた。


 うちに置くわけにもいかないし、その孤児院にすぐさま連絡した。


 すると準備が必要なため、少し時間をくれと言われた。


 警察に預かってもらうのは無理らしい。


 だから数日間、ヒロキと一緒に暮らすことになった。


 ヒロキは助けられたことで俺を信用したのか、どこへ行くにしても付いてくるようになった。


 料理を作るにしろ隣で椅子に座って見ているし、ご飯も向かい合ってではなく横に座って食べる。


 俺もこんなヒロキが心配だったのか、学校を休んでずっとヒロキの横にいる生活を送った。


 布団は2枚あったので、並べて一緒の部屋で寝た。


 隣にいるというのに、朝起きたら俺の布団の中に潜り込んでいた。


 公園に遊びに行った時、「さぁ、いっぱいお友達いるから一緒に混ぜてもらってきたら?」と言うと、「やだ、お兄ちゃんと遊ぶ!」と返事されたりもした。


 たった数日だったが、その数日で俺の心は満たされた。


 さらに、去り際に「お兄ちゃんと一緒がいい!嫌だ!一緒がいい!!」と言われた時には寂しい気持ちと同時にすごく嬉しい気持ちで胸がいっぱいになった。


 その出会いを境目に俺の子供を見る目が変わった。


 公園で遊んでいる子供を見ると、ヒロキを思い出して微笑んでしまう。


 小学生がランドセルを背負っているところを見ると、ヒロキはどんなランドセルを背負うんだろうなーと考えたりする。


 子供は悪くない、ただ悪い大人がいるというだけだ。


 全員が悪いと考えるのは違う。

 17歳にしてやっとその答えに辿り着いた俺、咲原陽介。


 進路に困っていたころに、先生にこう言われた「お前、大学行く気ないのか?じゃあ好きなものはなんなんだ?」


 俺は長く考えた末、こう答えた。


「子供が遊んでるのを見るのが好きです」先生は意外な目で俺を見たが、真面目にある提案をしてくれた。


「なら孤児院はどうだ?まず資格を取らないといけないが」


 まさに天啓だと思った。

 探索者としてお金を集めながら、資格習得のために勉強した。


 そして高校を出て1年、資格を獲得した俺は仕事に就こうとしていた。


 どこの孤児院に行こうかと迷っていた時によぎる、1人の男の子の顔。


 そうだ、と決めた俺は二度目の電話をかける。


 結局その孤児院で働くことになった俺は、引越しを終えて初出勤を迎えた。


 施設は楽しそうな見た目で、ピンク色や青色、赤色など子供が好きそうな色で溢れていた。


 ああ、ここにヒロキはいるのか。

 電話でいまだにヒロキがここにいることは分かっている。


 こんなことを言ってはあれだが、やはりヒロキに会いたい。


 ガラガラガラ、ドアを開ける。


「今日からみんなの先生になる、咲原陽介さんです!みんな挨拶できる?」


 前からいる先生である男の人の問いかけに答えるように子供達が返事をする。


「はじめまして、咲原陽介です。これからよろしくね」


 簡単に自己紹介をする。


「あれ?お兄ちゃん?」

 聞き覚えのある声が聞こえてくる。


 振り向くとそこには、少し背が伸びて大きくなったらヒロキがいた。


「久しぶりだね、今日からまた会えるよ」

「やったー!!」


 飛びついてくるヒロキに喜びを隠すのが大変だった。今は仕事の最中なのでできるだけ私情は慎む。


 その後、みんなの軽い自己紹介を聞いて少し遊んだ後初日の出勤は終わった。


 ヒロキは今6歳。

 この孤児院ではみんな9歳になるとどこかの誰かの養子になるらしい。


 他の子供も、4歳から7歳が多かった印象だ。


「先生たちもいい人そうだったし、結構いい職場かも」


 フフフ、と笑みが溢れてしまう。

 10年前の自分は、まさか今俺がこんな職についているなんて想像できないだろうな。


 なんせ2年前、学校の先生に言われるまで想像できなかったのだから。


 意外とうまくやっていけそうな職場に満足する俺だった。


 同時に、探索者としても活動した。


「ストレンジの中で1番可愛いのはスライムだな」

 ポヨンとした見た目、普通ストレンジは皆が化け物の見た目をしているがスライムは違う。


「でも当たり前だけど人間の子供のほうが可愛いな」


 ストレンジを見て子供達の愛らしさを再確認した俺は趣味として探索者を、そして孤児院の先生を専業とした。


《青年期・下》


 孤児院の先生になってから3年が経ち、ついにその日がやってきてしまった。


 夫婦と思われる男女2人組が来て、同意書にサインする。


 ヒロキが養子として迎えられ、この院を去るのだ。


「ヒロキ、じゃあな」

「お兄ちゃん、また会える?」


 涙目になって問いかけてくるヒロキに、先生としてではなくお兄ちゃんとして答える。


「おう、また会おうな」

「うん!!またね!」


 涙をふいてニッコリ笑顔になるヒロキを見て、成長を実感する。


 見えなくなるまだ手を振ってくれていたヒロキ、急に寂しくなって泣きそうになる俺。


 だがいつか会える。

 お互いが会いたいと信じる限りいつかは巡り会える。俺とヒロキが3年前、必然的に会えたように。


 それから4年して俺は、孤児院でも結構立場が上の人間になった。


 そして院長の部屋である一枚の紙を見つけた。


 その紙の内容を見たのが間違いだった。見なければ、知らなければいいという物もあることを知った。


 そこに書かれていたのは――


『人間とストレンジの融合実験について』


 唖然とした。

 さらに気になって詳細まで読んでしまったのが余計に良くなかった。


『ダンジョンに捨てられたどうしようもない子供を実験対象とし、9歳まで育てた後に実験を無理やり受けさせる』

『未だ成功体は無し、全員死亡』


 嘘だ、これは嘘だ。

 そう何度も自分に言い聞かせた。


 だがよく考えるとおかしいのだ。

 孤児院にいる子供は全員が9歳でこの院を出ていく。


 孤児院の方針でそうしているのかと思ったが、ここに書かれているのが本当なら……。


 いや待て、これは嘘だ。

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 信じるわけにはいかない。


 無理やりにでも納得させるんだ。


 信じてしまったらそれはつまり、ヒロキが死んだと認めてしまうことになる。


 そんなことはありえない。

 せめて自分の目で確かめてやる。


 報告書、いやタチの悪い嘘が書かれた紙に書かれた場所を記憶する。


 その日の夜、こっそりとその地に赴いた。


 廃ビルの座標が記されていたが、実際行ってみると何人かの強そうな探索者が中に入って行ったので付いていった。


 ビルのエレベーターに乗った探索者たちだが、そのエレベーターは上に向かわずにB5へと向かった。


 俺もエレベーターに乗り、B5のボタンを押す。


 ピンポーン。


 到着音が響く。

 エレベーター内の天井にへばりつき、確認にきた探索者の目を盗んでうまくエレベーターから出る。


 出た瞬間だ。

 信じたくなかった事実が目に飛び込んできた。


 子供の悲鳴、それを聞いても全く動じずに実験らしき拷問を眺める大人たち。


 その中には院長の姿もあった。


 ああ、そんな。

 強そうな探索者が入っていった時点で、

 エレベーターがB5で止まった時点でもうほぼ希望などなかった。


 それでも捨てきれなかった。


「へへへ、次こそは成功させてやりますよ」

「そう言ってもう何年になる、ハハハハ」


 大人たちの笑い声が響く。

 

 その大人たちの見る先には、何個かの小さい人型の死体があった。


 声にもできない怒りが込み上げる。

 だがそれ以上にショックが大きすぎて動けない。


 今暴れてもそこら中にいる探索者の戦力が分かっていない今、もし殺されたらこの悪行を世間に広める人がいなくなる。

 

 それなら確実なほうほうを取ってやる。

 わずかに残っている理性でスマホをポケットから取り出し、録画ボタンを押す。


 それから約3分ほど録画したのち、こっそりエレベーターに乗って家に帰った。


 その日の夜は自分が信じていた院長……いや、孤児院の大人に裏切られた怒りと、ヒロキを始めとする俺が面倒を見た子供たちが実験体にされた悲しみで眠れなかった。


 次の日、無理やり休みを取った俺は警察へと足を運んでいた。


「これです!これ!早くこいつらを捕まえて罰を!!」

「いやぁ、今時こんなことありえないでしょ。CGでも悪質すぎるよ君。こんなことしてたら君が逮捕されちゃうよ?」

「んな!?」


 警察はだめだ。

 信用してくれない。

 ならこちらも信用しない。


 次は弁護士だ。そう思って何軒も周った。


 だがどの事務所でも返ってくるのは「私は忙しいんだ。君との遊びには付き合っていられない」という冷酷な発言。


 込み上げてくる。 

 長年忘れていた感情だ。

 やはり大人は、大人どもは吐き気がするほど嫌いだ。


「みんなして無視しやがって、ならこうしてやる」


 動画配信サイトにそのまま撮った動画を投稿した。


 その動画はその日のうちにかなりの反響を呼び、俺の作戦は成功した。


 次の日、スマホを開いてコメントを確認しようとした時だ。


 俺のアカウントがなぜかログインできない。


 別のアカウントでログインして昨日投稿した内容を確認する。


 嫌な予感がする。


 そしてその予感は的中する。


 たった1日で50万回再生を稼いだ動画は削除され、アカウントの一言欄には『嘘を投稿してすみません。こんなにも伸びると思ってなかったんです』という一言が載せられていた。


 検索サイトで俺の投稿した動画の題名を入力すると、上から『〜 嘘』『〜 悪質』『〜 最低』というワードが並んでいた。


「なんで……なんッ……もういい。無理矢理にでもこっちを向かせてやる」


 世間が注目を集めるようなことをしてやるよ。


 そう覚悟を決める俺の視界の端で、『次回、ダンジョンに総理大臣が初潜入!』というテロップが見えた。


 閃きを得た俺は、実行に向け準備をした。


☆☆☆☆☆


 覚悟を決めてから三日後、実行の日。


 会場となるダンジョンには無数の野次馬が蔓延っていた。

 その中、A級と思われる探索者が数十人で1人を護衛しているのが見える。


「この中なら、いやでも注意が向くだろう」


 全てはこの世から悪を消し去るため。そのためならどんな犠牲も厭わない。


「えー、始まりました。すでに大勢の人が集まっています」


 放送が始まる。

 ダンジョン内を映しているカメラのもとまで人を掻き分けて行く。


 話している途中のアナウンサーを突き飛ばしてカメラの前に出る。


「話を聞いてください!俺は、俺は見たんです!子供が無理やりストレンジと融合させられている所を!」


 訴えかける。だが、すぐに近くにいた護衛探索者に取り押さえられる。


 普通に考えれば当たり前のことだ、なんらおかしいことはない。

 でもその時の俺は普通じゃなかった。


 ボゥッ。


 焼け焦げて倒れる護衛探索者。

 そして俺の手のひらに残る炎の残穢。

 

 キャー!!!やウワー!!!といった悲鳴がダンジョンに響く。


「お前っ!?そいつを捕えろ!!」


 探索者が数人、こちらに来るが関係ない。

 魔法で氷を生成して投げ飛ばす。

 鋭利な氷として生成された氷塊は探索者を貫く。


 ウグッ。グハッ。


 飛翔魔法を発動して、空中へと移動する。


「もういい。皆殺しにすれば嫌でも俺を、俺の言ってることに注目するだろ」


 氷魔法、炎魔法、風魔法、闇魔法、光魔法。

 5つの魔法を同時発動して上空から殲滅を開始する。


 無心でダンジョンにアタックしていたおかげか、大人と子供を区別して大人のみを狙うことなど容易かった。


 いきなり行われる蹂躙に慄き、出口から逃げようとする人々。

 だが土魔法を行使し、出口そのものを埋めてしまう。


 逃げ場をなくした民衆に俺が向けるのは死という名の贈り物。


「暴れてくれたな、だが俺がいる限りもう暴れさせん。なんたって俺はSランク探索者なのだからな!」


 Sランク探索者と名乗る者が現れる。


 民衆も少し落ち着き、「頼むからそいつをどうにかしてくれ!」「助けてくれ!!」と言った言葉が飛び交う。


「まずそこから降りてこい!!」


 一瞬で俺のいる上空まで跳躍、俺を掴んで地面まで引きずり落とす。


 地面に引きずり落とすというより叩き落とされた俺と、引きずり落としたSランク探索者。


 おそらくSランク探索者というのは本当、だがあまりにも軽い。


「さぁ、これで土俵は同じ。存分に痛めつけ……ゴフッ」


 Sランク探索者の胸を俺の氷が貫く。

 普通の氷魔法ではない。


 生成した氷魔法を風魔法で極限まで加速させた投擲。

 

 あれだけ粋がっていたSランク探索者が一撃で沈む。


 俺はお前よりずっと重いもん抱えてんだよ。


 Sランク探索者は人々にとってはほぼ神のような存在。

 あまりよく思われていない探索者だが、その中でもSランクまで上り詰めたものに向けられる目は変わってくる。


 それ故に、今回もSランク探索者がいれば大丈夫、皆がそう思っていた。


 それでこの始末。


 さらにパニックに陥る民衆を的確に氷魔法で撃ち抜き、闇魔法で押し潰し、火魔法で燃やす。


 何時間もかけて、子供以外の大人を殲滅した末に駆けつけたAランク探索者5名とSランク探索者2名によって取り押さえられた。


 結局総理大臣は無傷だった。


 ☆☆☆☆☆


 そして法廷の場、俺を弁護してくれる人もいなく1人で、単独で臨むことになる。


 宣告は……死刑。


『自らの妄想を信じ込み、無関係な成人を400人以上殺害した罪は決して許してはならない』


 400人以上を殺したことは悪いことだと分かっている。

 だがそれ以上に俺の主張する孤児院の"悪"を一言で"妄想"としてまとめたのが許せない。

 やはりそうだ。いつも俺の邪魔をするのは大人、俺のしたことは間違っていなかった。


 俺はもう終わりだが、少なからず俺の意思を継ぐ人間は出てくるはずだ。

 その意思を継ぐことができたならそれでいい。


 死刑宣告を受けてから俺は監獄で過ごすようになった。


「お前さんあれだろ?咲原陽介、最悪の犯罪者」


 ふいに、監視官に話しかけられた。

 返事はしない、なぜなら大人には何を言っても無駄だから。


「Sランク探索者が死んだと聞いたときは驚いたが、お前が相手なら仕方がない」


 監視官の言葉は続けられる。


「六属性の魔法を極め、ランク制度が導入されてから地上初のSランク探索者に上り詰めた若き天才、咲原陽介」


 肩書きなんてどうでもいい。

 魔法なんてどうでもいい。

 あってもこの始末、結局何も変わらない。


「子供が好きなんだってな、でもお前これ見ろよ」

 鏡をこちらに向けてくる監視官。


 その鏡に映る自分の姿に驚く。


「こんな髭ボーボーでイカつい顔してたら、子供にも逃げられるぞ?ハハッ」


 俺が監禁されているのはかなり危険な犯罪者が行く監獄らしく、俺以外に拘留されている人はいなかった。


 手入れできない髭や眉はボーボーに伸び、イカつい顔が完成していた。



《最期》

 ついにその日が来た。


 死刑を執行すると急に宣告され、監獄から連れ出される。


 ダンジョンまで連れていかれ、下向きに拘束される。


「おっす、今日はこいつの首を刎ねればいいのか?」

「ああ、だが気をつけろ。こいつはかなり危険だ。すぐに終わらせろ」


 若い男の声と、すこし歳をとった男の声が聞こえるが下を向いているので顔は見えない。


「こんなやつがそんなに危険なんですか?」

「ああ、こいつは数年前にダンジョン内で400人を殺した殺人鬼。の犯人だ」


 やめろ、俺は400人のを殺したんだ。

「それだと子供も殺したみたいになるじゃないか!!訂正しろ!!」


 首を無理やり上に向けて、2人の探索者を見る。


 すると1人、それも俺の処刑を実行する探索者には見覚えがあった。


 こいつはあの時、廃ビルに入っていった探索者だ。


「ああ?今から死ぬってのに威勢がいいな」


 探索者が剣を構える。

 覚醒者となった人間が多い社会、死刑は炎系の魔法が使える者へ依頼が多い。


 首を斬った瞬間、切り口を焼いて血が周りに飛び散らないようにするのだ。


「何か、言い残すことはあるか?後悔があるなら聞いてやるが」

「……このクソ野郎が、はない。あるのはお前らみたいな大人どもが蔓延っていない未来のだけだ」


「でもお前も大人だろぅ?ハハハッおかしな奴」


 俺はここで死ぬが、だれか俺のあとを継いで奴らを地獄に送ってくれることを願う。


「ああ、思い出した。咲原ってどっかで聞いたと思ったら、昔俺たちが見捨てた夫婦の探索者の苗字だ。一回だけパーティー組んだけど運悪く群れに出会って見捨てたんだった」


「……は?」


 頭が混乱した瞬間、胴体と頭部が分断される。


 こいつが俺の両親を殺ったってのか?

 許せない許せない。


 結局、魔法が上手く使えても何もできていない。魔法なんていらない。

 何も守れていない。


 なぁヒロキ、俺約束守れなかったな。

 ごめんな。

 今、会いに行くから待っててくれよ――





 

 

 


 


 


 

 


 


 

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