11話.スライム

 

 2人、いや2体のストレンジを始まり、洞窟を終わりとして巨大な道ができる。


 その周囲には数多のオーク、ワイバーン、ゴブリンなどがうごめいている。さきの一撃で絶命しなかったにせよ衝撃波によってかなりのダメージを追った個体がほとんどである。


 清水が作る道が『死』の道だとすれば、これは『無』の道。

 この世のあらゆるものが存在することすら許されない道。


 その名の如く、地面を削ってできた道にはストレンジの死体はおろか、体毛の一本すら残っていない。


 土煙が晴れ、ようやく始点と終点までが明らかになる。


「あ、あの……ほんとにデバフかけちゃってすみません」


 その絶大な攻撃威力を見て片方のストレンジは慄く。


「いや、いいって言ってるやろ?気にすんな」


 軽く返すもう片方のストレンジ。

 当然だが、軽く返していい内容ではない。


 清水怪三もとい、カースの範囲デバフは継続して食らうと自我持ちでさえ致命傷になりうる可能性が十分にある。


 今回、アンノはその超強力なダメージを約30秒間食らい続けた。


 一般のストレンジであれば1秒で殺すことができる継続ダメージ。

 そして30秒というのは普通の自我持ちであれば確実に致命傷を追っている経過時間である。


 そのデバフを食らってなお、この威力。

 そんな事実に一人戦慄する金髪のストレンジ、カース。


「あ、あの。本当に効いてました?俺の独裁領域ロヴ フィールド

「うん、かなりキツかった。消えたら復活したけどな」


 普通は復活なんてしないんすよ、と思いながらもその強さに確信を持つカース。


「やっぱりあの動画は本物なんすね……」

「なんの動画や?」


「いや、なんでもないっす」


 今までその実力を疑っていたと知られると自分もああなるかもしれない。何より口ではああ言っているが、先程誤ってデバフを掛けたことが心配過ぎる。


 他の自我持ちなら「殺すぞこらテメェ」とキレ散らかしても全くおかしくはない。そもそもそんな気力が残っていればの話だが。


 つまり、いつブチギレて葬られてもおかしくはないということだ。

 カース自身、このような圧倒的戦力を目の前にして対抗しようなど考えないし考えたくもない。


「おい、何ボーッとしてんだ。行くぞ今のうちに」

「あ、はい。そっすね」


 今は従うしか……いや今度も従うしかない。敵対などもっての外と考えるカース。そんなカースがとる次の手は――


「あの、俺アンノさんの手下でいいんで仲間にしてくれないすか?」

「何言ってんだよ」


 ――構築できうる最高の優良関係を結ぶこと。


「その、ぶっちゃけあの攻撃自分に向いて欲しくないんで」

 思ったままをぶつける。

 この類の存在には下手な嘘で見繕った関係よりも、真実で作られた関係のほうが何倍か良い。


 たとえその関係が手下からただの知り合いになろうとも。

 敵対していなければいい。

 

 何度後回しになってもいいから存在になれればいい。


「あ、そうなのね。別にお前に攻撃なんかしないから」

 

 黒いストレンジは特に興味もなさそうにしている。


「は、はあ……」


 もう気が済んだのか、これ以上は野暮だと感じたのか、金髪のストレンジがそれ以上言うことはなかった。


「お前そんなことよりさ、あれ倒してくんね?」

「え。あれすか?」


 黒いストレンジが指差す方向には、10メートルはあろう巨大なストレンジが蠢いていた。


「あれ、異常個体だな。俺も自我持ち以外は初めて見た」


 異常個体とは、普通ではありえない進化をとげた個体のことである。


 自我を持つこともその一種だが、今回蠢いているのはそれではない。


「スライム、すね。めっちゃ大きいすけど」

「だな。洞窟から出てきたあたり、親玉もやっぱりあの洞窟にいるだろうな」


 道を作った後、ニュルリと洞窟から這い出てきてきた巨大なスライム。


 何人も殺っていそうな雰囲気を醸し出している。


「適当に名付けるとしたら……巨大悪ノ根源スライムか」

「……それ、褒めたらいいんすか?」

「好きにしてくれ」

 

「じゃあ……まあ良いネーミングじゃないんすか?」

「おん、この雰囲気で良く褒めようと思ったな」


 気まずい空気が流れる。


「あっ!俺あのスライム倒して来ますね!」

「うーわ、逃げやがった」


 金髪のストレンジは『無』の道を走って逃げていった。


独裁領域ロヴ フィールド


 カースの使うこの領域の効果は、半径50メートルに依存する。


 つまりそこそこ近づかないといけない。しかし、バフを溜め続けた今ならその距離まで詰めることは容易い。


 だんだんと加速していく清水。

 そして、ある地点を越えた瞬間にその速度は爆発的に跳ね上がり倒れているストレンジに届く程の暴風を巻き起こす


 そして気づけばもうスライムの目の前にいる。


「邪魔っすよスライム!道を開けろォ!」


 そのままの勢いで殴る。


「硬!!お前スライムだろ!?」


 ありえない鋼鉄。打撃でのダメージはほとんど見込めない。

 しかし、そこはもう独裁領域ロヴ フィールドの範囲内。


 スライムが萎んでゆく。

 足掻くスライムは、体から無数の棘をバシュッと生やす。


「あっぶなッ。スライムが棘!?」


 予想外の反撃によろめく清水。

 だが棘の長さは約20メートル。


 独裁領域ロヴ フィールドのほうが範囲が広い。


 それに、硬さに関係なくデバフは作用する。

 つまり金髪ストレンジはこの巨大クソ硬スライムへの最適解。


 スライムはなす術なく、やられる。

 殺やれたスライムは蒸発して消える。


「貴様、貴様よくもやってくれたなァァァァァァア!!!」


 洞窟の奥から聞こえる雄叫び。

 ビクッと体を震わせて身構えるカースと、


「よし、下がってろ」


 いつの間にかカースの横に移動しているアンノ。


「はい、任せたっす」


 雄叫びの正体が奥の暗闇から姿を現す。

「うわ……キモ」


 その姿は、イカつい男の頭部。

 髭をボーボーに生やし、眉毛が繋がっているイカつい頭部。


 それが、"魔獣師"ケアの正体である。


 


 

 

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