10話.穿


『おい、生きてるか清水』

『え、はい生きてるっす。そっち終わりましたか?』

『ああ、いい感じに気絶させた』


 探索者3人を殺さないよう手加減しつつ無力化することに成功した俺は、下層へと足を踏み入れていた。


 例え下層でも、その風景は変わらないのがダンジョンの仕組み。


 この深森ならどの層でも太陽が照っている森がステージ。

 例外は、自我持ちのストレンジが自ら作るエリアだ。


 自我持ちの中には環境を丸ごと変化させるやつもいれば、自分のエリアを好きに改造するやつもいる。


 これはダンジョンの性質などではなく、自我持ちストレンジが無理やり力ずくで変化させているのだ。

 自分が1番生活しやすいように。


 ここからは下層、本当にいつ対象のストレンジであるケアが出てきてもおかしくはない。


『あ、……』

『なに?何かあったん?』


 「あ」だけじゃ分からないだろ。


『多分対象のストレンジがいらっしゃるであろうところを見つけたっす』

『マジか!?どこや?』


 見つけたのなら話は早い。ソッコーで突撃して、ソッコーでボコボコにしてその後忍野勇斗のこと聞き出して退治すればいいだけの話だからな。


『下層の1番下っす。あぁでも、確実ってわけじゃないっすよ?多分ってだけで』

『わかったわかった、とにかく今から行くから待っとけ』

『了解っす』


 清水との念話を切り、最下層部へと向かう。

 

 途中で何体かオーガや、空を飛ぶワイバーンの姿を見かけたがこっちからは何もしない。


 現在俺は、探索者と戦った時に纏った黒漆をそのまま維持しているためか、何もせずとも近くにいるストレンジは萎縮してうずくまる。


 遠くにいるストレンジもこちらの存在が分かるのか、「何も見てないでーす、何も聞いてませーん」的なムーブで無視するやつもいれば、引き返して逃げるやつもいる。


 

 ――はずなのだ。

 だがどうだ?このダンジョンにいるストレンジは次から次へと襲ってくる。


 さっき気配を消していた時は全く何もしてこなかったのに、探索者と戦って気配を増幅させてからこれだ。

 

 怖い物など存在しないかのような形相で俺に向かって飛びかかってくる。


 だが俺に対して攻撃することはできないので、結果的に俺に抱きつくようにのしかかってくる。


 ちょうど今も、オーガがのしかかってくる。


 この程度の敵に無駄な体力は割きたくないので、黒漆の出力を最低限に下げる。


 のしかかってきたオーガの腹に掌底を叩き込みダウンさせる。


 そして前屈みにうずくまった顔面を掴み、思い切り膝蹴りを打ち込む。


 顔面の形が変形したオーガは倒れる。


 やられたオーガを見てもビクともせずにまた次のオーガが飛びかかろうとしてくる。


 さっき倒したオーガの首を鷲掴みにして飛びかかってくるオーガへと投げる。


 投げられた速度はとてつもなく、いきなり目の前に仲間のオーガが現れたかのようになる。


 そして地面をけり、投げたオーガごと飛びかかってきたオーガ飛び蹴りをブチかます。


 重なりあって後ろに吹き飛ぶオーガ。

 そして吹き飛ぶスピードより速く、オーガの飛んでいくであろう位置に移動する俺。


 オーガがちょうど俺のもとに吹き飛んでくる瞬間にダメ押しのもう一発、膝蹴りをする。


 グギィア。

 下からの膝蹴りで斜め上に蹴り上げられるオーガたちの先には複数のワイバーン。


 そのワイバーンに上手く直撃し、まるでボウリングのように連鎖的にワイバーンが撃墜される。


 オーガは耐久値が高く、一撃の攻撃力が高いため下層でも上位の強さである。だからこうでもしないと打撃で確実に殺しきれないのだ。


 だがワイバーンは違う。


 ワイバーンの強みと言えば、攻撃を食らわない天空から攻撃ができるということである。


 人間からすると厄介なのかもしれないが耐久がゴミなので下層では最弱のストレンジとなっている。


 それに、落ちてしまえばその強みもなくなる。

 撃墜されたワイバーンどもは今頃、頭の上に星を浮かべて気絶しているだろう。


☆☆☆☆☆☆


「あ、こんにちわー」

「ああ、こんにちわ」


 再会して早々、謎の挨拶をかました俺たちはダンジョンのボスがいるであろう場所を見据える。


「あそこっすね」

「あれか……怪しすぎるな」


 オーガやワイバーンが大量に、それも地面と空を埋め尽くすほど多く密集している場所がある。


 その密集ポイントは、やがて洞窟につながっている。

「あの洞窟の中が怪しいな」

「そっすね。問題はそれまでの道すけど」


 オーガやワイバーンが多くいるのはかなりめんどい。

 しかもそれだけでなくドラゴンも5体ほど構えてやがる。


 どこからどう見てもガードがガチガチに固まりすぎている。

「あそこまでの道案内、頼める ?」

「え?できるっすけど……アンノさん自分で行かないんすか?できなくはないっすよね」


「できなくはない。だが超がつくほどめんどくさい」


 能力的に俺に攻撃はできないが、のしかかることはできるのであの数の波が押し寄せるとなるとめっちゃしんどいし暑苦しい。


「なるほど。というか俺の能力知ってるんすか!?」

「まあ、おおよそはな」


 ここへくる途中、明らかに異常な個体が通ったであろう道があった。


 その道は、枯れたストレンジの死骸や枯れた植物で出来ていた。


 そしてその道がこいつの足元へ繋がっていることから確実にこいつの仕業だと分かる。


「ほら、これ見てみろ」

 後ろに続く死の道を指差す。


「あ……」


 あ、って自分で知らなかったのかよ。

「まぁいっか。さぁ案内してくれ」

「了解っす」


 詳細はわかっていないため、どのような能力なのか少し興味が湧く。


 洞窟の正面まで駆けてゆき、ストレンジの大群と鉢合わせる。


独裁領域ロヴ フィールド


 刹那、清水を中心に何かが展開されるのが分かる。

 そのまま大群に突っ込んで行く清水に付いて行く俺。

  

 大群に突っ込んだ瞬間、ストレンジたちが倒れ、動かなくなる。


 おそらく清水を中心に広がっている領域に足を踏み入れたら最後、出ない限り死ぬまで持続ダメージをかけられる。


 そして清水の走るスピードが上がる。


 バフまであるのか。


 それはそれでいいんだけどさ。


「あの、清水さん清水さん」

「ん?なんすか?気持ちさっきよりバフが多くかかってる気がするんすよ!これなら勝てるっす!」


 意気込んでるところ悪いんだけどね。


「ごめんそれ、俺」

「え?……はっ!」

 俺のしんどそうな顔を見て気づいた様子の清水は領域をすぐに消失させる。


「すいません!アンノさんにも効果があるの忘れてたっす」

「いいんだよ、俺がお願いしたんやから」


 うーん、困ったな。

 これじゃ洞窟まで行くのに時間がかかるぞ。


「もうやっちゃっていいか」

「え?何をすか?」


 清水が聞いてきたのを無視して、指先に黒漆を高める。

 いつも使っている『ラディカル』は相手を切断する時や、1個体相手に使う。


 今みたいに道を強引に作る時はこっちを使う。


 指先に集中する黒漆。

 やがて小さな球体となり、さらに出力が上がり続ける。

 

 周囲に風を巻き起こしながら圧縮される黒漆。


「黒漆――穿キャノン


 プシュン――

 球体から極大の黒い光線が放たれる。

 

 ――ゴガガガガ、バキバキバキィィィィィ


 光線は洞窟までの道を阻むストレンジを消し飛ばした。


「ああ〜、すごいっすねこれ」

「ん?そ、そうか?」


 敵は自我持ちにしてこのダンジョンの主、いい先手を打たせてもらった。

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