二章:育てる者、未来は過去に
1話.噂と違う
ダンジョンに出現するストレンジ。その中でも自我持ちと呼ばれる強大な力を持つストレンジに懸賞金が付けられて約半年、多くの探索者がパーティを組んで自我持ちの討伐を目標にダンジョンに潜ってきた。
この男、山本一郎もそうである。
Cランク探索者になって10年、彼はBランクという壁を突き破れずにいた。
今回の目標は危険度Sランクダンジョンの自我持ち。
普通のダンジョンでは自我持ちはいたとしても1体だが、Sランクと呼ばれるダンジョンはそのままの意味で別次元。
1体だけでも討伐に死力をつくし、それでようやくできるというレベルの強さだ。
危険度Sランクダンジョンにはそんなバケモノが何体も生息している。
そのうちの一つ、”深淵”の自我持ちを討伐するというのが今回の目標。
目標と言っても、今までにその目標を達成したことなどこの男には一度もないわけだが。
「なぁ神宮寺、今回は結局どいつを狙うんだ?このダンジョンには最低でも3体いるだろ」
神宮寺はクラン明星に所属するSランク探索者である。そして、今回の作戦はこの男が主導になって動いている。
合計10名、Cランクである山本一郎が最低ランクだが歴が長く、知識が豊富なことから採用された。
「今回の目標は……デイノだ。だがこのダンジョンではあの騒動以来、自我持ちのストレンジが発見されていない。これほど多くの探索者が探しているというのに、だ」
懸賞金がついてからその懸賞金目当てで多くの探索者がこの深淵を捜索した。
だが、忍野勇斗とストレンジが激闘を繰り広げた戦跡以外にそれらしき痕跡が全く見つかっていない。
「だが諸君、今回の探索。なかなかに複雑なのだ」
「複雑ってどういうことですかー?」
細身の女性が聞いた。
「普通の場合、目標に遭遇しなかったら残念だ。だが今回の場合ラッキーにもなりうる」
「ど、どういうことですか。なぜ遭遇しなかったら残念じゃなくてラッキーなんですか?」
「このダンジョンではな、そもそも自我持ちに遭遇すること自体がごく稀。そして遭遇した場合連携を取られる可能性がある」
前に忍野勇斗と戦った時はストレンジ同士で何か交信をとり、それに応えるかのようにもう1体のストレンジが現れた。
これは他のダンジョンでは見られない行動だ。
「遭遇すれば高い確率で自我持ち同士の連携を組まれ、こちらが全滅する確率が上がる。だがそもそも遭遇しない限り倒すことはできない」
「あー、だからどちらとも言えないんですか」
安全第一なら出会わないほうがいいが、戦績第一なら出会って討伐する必要がある。だが、それも承知の上で参加してもらっている。
女性探索者が納得したように頷く。
「まあお前ら安心しろ、ここはまだ中層ぐらいだから自我持ちなんて出てこない」
中層より上で見つかった自我持ちはかなり少ない。
そもそも半年見つかっていない深淵の自我持ちが中層ごときに出てくるはずがない。
そんな意識が皆を油断させていた。
そして心のどこかで忍野勇斗と戦い勝利したと言われているストレンジと自分は別の世界にいると思っていた。
ゴブリン、スライムが上層では多く、この中層ではオークが多い。
この集団にとっては雑魚と呼べるストレンジだ。
つい最近になってAランク探索者になった野口葵は慢心していた。
彼女は細身だが、その細身で俊敏な動きを使って敵を翻弄し、双剣で斬り刻むことを主なスタイルとしている。
ちょうど今も、目の前のオークを斬り刻もうとしているところだ。
「オークばっかじゃつまらないで――え?」
目の前のオークを斬り殺そうとしていたのに、気づけば神宮寺に抱えられて後ろに跳んでいる。
何が起こったのか分からないが、目の前の明らかな"異常"は見逃さない。
それを見た瞬間、ガタガタッと体の震えが止まらなくなる。
「あ、あれ……」
「ああ、
その声は少し、震えている。
Sランク探索者である神宮寺でさえこの敵相手に怯えている様子だ。
ただ、それをあまり表に出さない所は流石Sランクと言ったところだろう。
「お前らは今すぐ出口に向かって走れ!振り返らずに!」
「で、でも神宮寺さんが」
スパンッ
1人、帰らぬ者となる。
スパンッ
また1人、帰らぬ者となる。
全員がその恐ろしさに萎縮し、動けない所を一撃で殺されている。
"死"という概念がそのまま具現化したかのような存在、そして目の前に広がる地獄そのものに皆が圧倒された。
「早く!逃げろッ!」
残った数人が狂ったように叫びながら出口に向かって走り出す。
その数人でさえ逃がさないように黒い刃は放たれる。
また数人、生き絶えた。
結果、その場から脱することができたのはCランクの男性探索者が1人、Aランクの女性探索者が1人だけである。
「お前は出てこないと思ってたよ……」
目の前の圧倒的な存在に対して言う。
返事はない。それどころか、全身の黒い外殻を解き無防備になる。
「こっちから行くぞッ!」
神宮寺の得意とする戦闘スタイルは、魔法を使いながら剣も使う魔法剣士。
火球で相手の意識をそらしつつ、本命の剣を叩き込む。
だがあまりにも斬った感覚がない。
それどころか――
剣がない。
さっきまでこの手に握っていた剣はどこに行った?砕かれたのか?
いやこの一瞬で砕くなどありえない。そもそもそれなら砕かれた感触があるはずだ。
ならどこへ行った?
俺がもたもたしていると、当たり前のように無傷で立っている
指差されている腰元を見るとそこには――
俺の剣が鞘に収められていた。
「うぇ!?」
砕かれるよりもありえない真実に辿り着いた俺は動揺を隠せず、情けない声が意図せずに出てしまう。
目の前のストレンジは無感情なのに、笑っているように錯覚してしまう。
俺の剣を奪ってご丁寧に鞘に収めるようなことができるということは、しようと思えば剣を奪って俺を殺すことだってできる。
そもそもこの瞬間に俺が生きていることすら奇跡だと言うのか。
「まさかここまで次元が違うとは……」
ふいに、奴が顎をクイッと上の階層の方へ動かした。
「逃げて、いいのか……?」
そうだ、と言わんばかりに指先を上に向けて少し振るストレンジ。
「……しつ……ル」
その瞬間、ありえないことが起こる。
ストレンジが指差した先の天井が崩れ、上の階層と直接繋がる。
「なッ……そんなまさか」
そしてあれだけの存在感を放っていたストレンジもいつの間にかどこかへ消えた。
あれだけの存在感があれば、周囲にそこにいた痕跡が残るのが普通だがそれすらも残らずにまるでそもそもそんなもの存在しなかったかのように消えている。
「……世間で言われているよりもっとやばいんじゃないか?」
世間では今あのストレンジ、
一つ目は忍野勇斗と同等の力を持つ観測史上最強のストレンジだという評価。
二つ目は、そこまで強くはないと言うものだ。
二つ目の評価には理由があり、忍野勇斗と戦ってから一向に姿を表さないことから力を貯める必要があるのでは?というものだ。
そこから瞬間的にあれほどの力が使えるだけで、普段はそこまで強くないという評価が生まれた。
だが実際に見て分かった。
あれはそんな生ぬるいもんじゃない。
もっと何か、人間では対処ができない災害、厄災レベルの物だ。
俺たち人間が手を出してどうこうできる物じゃない。
「結局、作戦は失敗か。誰だよあいつと友達になれそうとか言った奴、無理に決まってるだろあほんだら」
今回の作戦は
だが次は、次こそは自我持ちを倒してやる。
「まぁ、このダンジョンはもう来なくてもいいかな」
☆☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆☆
二章スタートです
前回のアンノくんは理由があって戦闘中喋ってましたが、デフォルトはこんな感じですね。
無意識に無口なので敵側からしたら冷酷な化け物って見え方です。
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