2話.ストレンジ

 ダンジョン、迷宮、ラビリンス、呼び名はそれぞれだがこれが事実。


 今から約300年前、西暦でいうと2000年ぐらい……。


 突如として”それ”は出現した。

 それも世界各地ではなく、主に日本に。


 人口が多く集まる都市、人口が乏しい疎外地域。

 分け隔てなくその大穴は空いた。


 大きな地鳴り、人々の悲鳴。聞こえるのはそう、負の音のみ。

 何人もの人が飲み込まれ、死に絶える人、消息を絶った人、奇跡的に生還する人。


 間違いなくその瞬間、日本の平穏という当たり前の日々にヒビが入った。

―――日々だけに。


 当たり前の日常、朝起きて、家族に挨拶をし、朝食を食べ、学校に行く。そんな学生の日常が壊れた。


 家族でいち早く起き、家事をし、子供を見送る親の日常が壊れた。


 何より、人同士の醜い戦争が終わり、やっと平和な日常を送れると安心しきっていた元軍人の日常が壊れた。


 各地で避難活動が行われ、穴に落ちた人々の捜索は軍人が主導、政治家たちは上から指示するだけ。


 半年が経った。


 なのになぜか生還者より新たな死者のほうが圧倒的に多い。


 なぜだ?


 政治家はあることに気がついた。あまりにも単純で、かつ見逃しやすいことだ。でも少し考えれえばわかることだった。


 なぜその時まで気づかなかったのか。今では知るよしもない。


 帰ってきた人間は皆、無傷なのだ。


 無傷だからこそ見落とす、例外がないからこそ見逃すようなことだ。政治家たちは気になり、その穴の内部にカメラを持って入り、データを集めろと指示した。


 軍人はそれに従い、カメラでデータを保存しながら探索を開始した。


 しかし、そのデータが政治家たちの手に渡るまでに、1年の時間を要した。


 カメラを持って穴に入った軍人が帰って来なかったのだ。


 救助目的で入った別の軍人が偶然カメラを発見し、持ち帰ったのだ。そして保存されているデータを見た政治家たちは唖然とした。


 そこに記録されているデータは、悲鳴や何かが潰れる音。そして謎の咆哮や呻き声。なにより、この世のものとは思えない生物が記録されていた。


 政治家たちはその生物をストレンジクリーチャー。

略してSCや、ストレンジと名付けた。


 そして記録映像に残されていた童話に出てくる妖精からとって、SC01−Goblinと名付け今ではまんまのゴブリンとして浸透している。


 その後政治家たちは未知の生物、ストレンジの存在を国民に喚起し、穴には決して入らないよう法律を作った。

 もちろん特殊な許可をとっている者は例外だが。


 それから約40年、悲劇が起こる。

 各地のダンジョンからストレンジが溢れ出したのだ。


 蹂躙される人々、崩壊する建物、侵食される自然。まるで悪夢が現実そのものになっているかのような惨劇。


 のちに、世界大戦とこの悲劇、どちらも経験している軍人はこう語る。


―――「人間の争いなんて、ちっぽけなものだ。これに比べたらな」


 もしこの軍人と同じ質問を、どちらも経験している軍人100人に聞いたとする。すると99人は同じ回答をするだろう。


「頼む、ストレンジさん死んでくださいクソ喰らえ」と。


 日本人口の約20%が死亡するという歴史的に最多の死人を出したこの惨劇は、後に穴の正式名称がダンジョンとなったことで”旧ダンジョン動乱”と言い伝えられるようになった。


 そしてその動乱は結果的に覚醒者と呼ばれる新人類、という人類進化にとって大きな発展をもたらして終結した。


 覚醒者と呼ばれる新人類は、謎の技でストレンジを圧倒、瞬く間に殲滅していった。

 

 それだけでなく、一人、また一人と数を増やしていった。


 初めて覚醒者となった通称”勇者”は後世に名を残すほどの活躍で人々を護り、人類の守護者となった。


 そして現代、日本人全員が覚醒者となった今では、ダンジョン探索は一種の職業であり、一種の娯楽である。


 趣味でダンジョンを攻略するもよし、お金目的で攻略するもよし。

 規制が緩くなった今では、16歳を迎えたら誰でも資格を取ることができる。


 


「ってのがダンジョンの歴史やな」

 黒い服のようなものを被り、口元しか見えない男が言う。


「ほえーそんなだったのか知らなかった」


 世間では恐竜と呼ばれる生物にそっくりの顔を持った怪物が答える。


「いや、あんた一応ダンジョンボスなんだから知っといてくれ」

 

 この、口もとしか見えない男……それが俺である。

 ちなみにこの状態、結構しんどい。


「知らなくても支障ないだろ」

「まあ確かに……」


 考えてみれば支障はない、のか?


「いや支障ありありだよ!」


 口を挟んできたのは、かわいい顔とは裏腹に猛毒の尻尾を備えた少女型の怪物。


「自分たちのことは知っとかないと!人間に示しつかないでしょ!」

「やっぱそうよな!このダンジョンボスが悪いよな!」


 俺たちはダンジョン側である。

 人語を話すが、種族は人間ではない。


「んんー、お前はどう思う?」

 恐竜面の怪物は俺と少女型怪物以外にもう一人いる怪物に尋ねる。


「いや、知っといてくださいよ。僕たちまで舐められますんで」

 「あ、ハイ」


 ヒョロヒョロで骨に数ミリの皮がついたような怪物が結構ガチの声で言ったので、恐竜面の怪物は大人しくなった。


 そう、この恐竜面はボスのクセして俺達4人の中では一番立場が弱いのだ。


 もっと威厳を持って頂きたい。



 


 


 


 


 



 

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