41話 愚かなる行為

「おい、何をする。離せ」


 俺は魔法陣を描くアリアの手を掴む。アリアの血をインクとして描かれている魔法陣は既に八割がた完成していた。

 掴んだ手の先にはめられているリオスの鉤爪からは、一定の間隔で血が滴り落ちている。


「本当に、離していいのか? 」

「…………ああ」


 口調は弱々しく掴まれている腕も抵抗する気配がない。この瞬間俺は確信した、アリアの本当の思いを。

 

「わかった、離してやるよ」

「あっ、おい返せ! 」


 手を離すついでに俺はアリアの腕からリオスの鉤爪を奪い去った。これで魔法陣の完成は免れたわけだ。


「やだね、お前がセインを連れて帰るのを諦めるまで返さねーよ」


 困惑するアリアの表情はとても珍しい。いつも気を張ってしかめ面がデフォルトのアリアも、不意をつかれて今は年相応の女の子の顔になっている。

 

「さっき言ったじゃないか、セイン様を本当に助けるという意味を。ここに長居することがどれだけセイン様の立場を危うくするか……お前も少なからず理解しているだろう? 」

「ああ、だけどそんなの知ったこっちゃねーよ。立場とか地位に縛られてなんもできないなんてまっぴらだ。俺は今やりたいことをやるだけだ」


 わがまま? エゴ? 自分勝手? そんなの重々承知だ。わかった上で俺は行動している。


 やらずに後悔よりやって後悔だ、なんていうと良いことをしている風に聞こえるかもしれないが客観的にみるまでもなく俺の行動は「愚行」と称するに値するものだろう。


「お前みたいに後先考えずに目先の幸せを一番に追いかけることができればどんなにいいことか……」


 アリアは俺の手中にあるリオスの鉤爪を取り返す素振りもなく諦めた様子で俺を見つめる。

 アリアにはセインを守るという使命があり、こうして異世界からはるばるやってきてセインを連れ戻すべく行動している。


 しかし、心のどこかでは王女という地位に縛られたセインをどうにかしてやりたいという気持ちがあるに違いない。


 そして今その二つの気持ちで揺れ動きながらもやはり将来を見据え、セインを力づくにでも連れ戻すという決断に至ったのだろう。


 そんな苦渋の決断をした後にこうもあっさり俺みたいなやつに目的を阻害されてしまうのは最悪な気分なんだろう。だからといってやめる気は毛頭ないが。


「タクミ、ではせめて最後に聞かせてくれ」

「……なんだ? 」


 名前で呼ばれたのは初めてかもしれない。少しドキッとしながらアリアを見つめゆっくりと開いたその口に意識を集中させる。


「ここでセイン様を助けるならば今ここでセイン様と一生添い遂げると宣言しろ」

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