40話 あくまで正論

「どうした? 私を止めに来たのではないのか?」

「ああ、それは……そう、なんだが……」


 アリアは手を休めることなく淡々と魔法陣を完成させていく。

 その手を止めさせ、異世界への帰還を阻止するのが俺の役目なのだが、尚も体が動いてはくれない。

 

「聞くが、何故お前は私を追ってここまで来たのだ?」

「そんなの……セインを助けるためにだよ」

「では、何故行動に出ない? 曲がりなりにも元勇者であるお前なら、私の目的を阻止するのは容易いだろう」


 アリアは頑固な節はあるが決してバカではない。自分で言うのもなんだが俺の勇者としての実力を認めてくれているのだろう。

 魔力も少なからず残っているし身体能力も飛躍的に上昇している。


 途中までではあったが体力テストの成績は中学時と比べ別人なほどに変わっていたのがその証拠だ。

 

 だからこの状況を打開するのはそう難しいことではないはずなのだが、俺の体は現在も行動に出ようとしない。


「いじわるな質問をしたな。だが自分でも薄々気付いているのだろう? 私の行動を止めてセイン様をこの世界に留めておくことが、果たしてセイン様を助けることになるのか、と」

「…………」


 何もいえずただ俯くことしかできなかった。

まさしくその通りだ、俺は「セインを助ける」ということの本当の意味を考えていた。


ここでセインを助ける――アリアからセインを引き離し、アルガルドへ戻るのを防ぐことは表面上のものでしかないように思う。


「力づくにでもアルガルドへ帰還してもらい、他国の王族と契りを交わし、幸せになってもらうのが私の役目であり、セイン様を本当に助けることに繋がるのだ。お前もそれをわかっていて行動しないのだろう? この世界にいればいるほどセイン様のアルガルドでの立場は危うくなる。一刻を争うのだ、だから見逃してはくれないか……このまま私のすることに一切手出しをせず、どうか――どうかそのまま最後まで動かないでいてくれ」


 ここに来て初めて振り返ったアリアは、俺の目を真剣に見つめる。

 その目は意外にも発した言葉とは反対に、迷う気持ちが映っているように思われた。

 それにアリアが最後の方に放った言葉は、少し念を押し過ぎているようにも思う。


「それはお前の立場上、言わざるを得ないから言っているだけじゃないのか? お前の気持ちはどうなんだ?」


アリア言ったことは寸分狂いなく正論であり、正論でしかない。

俺の胸につっかえていた言葉を文句の言いようもないくらい代弁したものである。


しかし、それにはどこの誰の私情も挟まれていない。あくまで世間体や立場のみを考慮して出たものだ。


「これは……国のこれからの未来を見据えての考えだ、セイン様の思いもそうだが私の思いなど挟む余地もなければ挟んでいいものでもないだろう」


悲しげな口調のアリアの顔は無理に作った笑みが貼りついていた。

そういえば二人きりの時にアリアが笑った顔を見るのは初めてだ。


ひどくぎこちないその顔を見て今まで行動に出るのを渋っていた俺の体はゆっくりと動き出した。

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