36話 怒りの矛先

「こっちです先生方! 」

「体育倉庫とは盲点でしたな」

「辰巳……あいつはどうもいけ好かないやつだとは思ってましたがここまでとは」


 ドタドタと音を立て、加藤先生は生活指導の山本先生と生徒指導の渡辺先生を引き連れ再び体育倉庫へ戻ってきた。ちゃっかり俺の悪口が聞こえてきて胸が痛いが、今はそんなこと気にしている場合じゃない。


「じゃあエマ、手筈通りに」

「オッケーまかせてよー」


 不安だなあ……。

 セインたちが出て行った後、俺は加藤先生の誤解を解くための作戦を必死で考え、つい今しがたエマとの打ち合わせが終わったところだ。

 そしてエマに時間停止魔法を解いてもらい、時はまた動き始める。


 すると間髪入れずに先生たちはやってきたのだ。


 セインたちの所在はわからないが、恐らく学校の外に行ってしまったのだろう。セインはともかく、アリアが場違いな恰好をしていたのでその辺はいくら慌てまくったセインといえど察して学校から遠ざかったに違いない。

 

 セインをからかって体育倉庫から追い出したエマに最初は憤りを感じていたものの、今となっては好都合だ。セインとアリアがいないからこそこの作戦は実行できる。

 となると後はエマの演技力にかかっているんだが……まあなるようになるさ。


「辰巳、おとなしく! ってあれ、さっきの……ええっと、姫宮ともう一人の女の子はどうした? 」

「加藤先生……姫宮は不審者――もう一人いた女の子に連れ去られました……」

「な、なに? 辰巳じゃなくてあの子が不審者だったのか……」


 意識が朦朧している演技をしながらマットに横たわる俺に加藤先生は話しかける。


「でもその真っ黒な服は……」

「それは不審者が着ていたものじゃないか、なんでお前が持っているんだ! 辰巳、言い逃れするなみっともない! 」

「違うんです山本先生。辰巳くんは私と姫宮さんを守ろうとしてくれたんです」

「お前は確か――榎並か。それは本当なのか? 」


 マットの外で俺の手を握り、エマは人の話を聞かない、自分の意見を無理矢理正当化する、家ではがっつり尻に敷かれている生活指導の山本先生に潤んだ瞳でそう訴えた。


「はい、不審者が私たちを力づくで連れ去ろうとしたので辰巳君はそれを阻止しようとしてもみくちゃになって――そして不審者が持っていたスタンガンで気を失ってしまって。それでも、気を失っても辰巳君は犯人の服を掴んだ手と握ってくれた私の手を離さなくて、諦めた犯人は姫宮さんだけ連れて行ってしまったんです……」


 涙をちょちょぎらせながら言うエマの演技に俺は驚きを隠せなかった。別人するぎる、誰だコイツ……。


「そ、そうだったのか……辛い思いをしたな」

「辰巳、お前の男気は噂通りだな。俺は一度たりともお前のことを不審者だなんて疑ってなかったぜ」


 二人はエマの迫真の演技のお陰で納得してくれたようだ。

 独り身歴三十六年のストレスを強引に生徒にぶつけて毎日を生きている生徒指導の渡辺先生は、体育倉庫に入ってきたとき言っていたことと逆のことを言っている気がするが、ここは俺の寛大な心の広さでスルーしてやろう。


「と、いうことはこれは加藤先生の早とちりってことですかな」

「え、あ……そう、ですね。すいません気が動転していたもので」

「生徒を信じてやれないなんて教師としてどうなんですかね」

「すいません。おっしゃる通りです」

「そんなんだからその年でまだ担任止まりなんですよ」


 怒りの矛先は俺から加藤先生にシフトし、二人はネチネチと嫌味ったらしい言葉を浴びせる。

 結局こういうなんでもかんでも頭ごなしに怒るやつらは誰でもいいんだ。とりあえずストレスを発散出来て怒った相手が申し訳なさそうにしているのを見て優越感に浸りたいだけなのである。

 加藤先生には申し訳ない気持ちでいっぱいだがこれでなんとか俺の世間体は守られた。本当にすいません加藤先生……。


 すきま風に煽られた加藤先生の髪の毛が一本、地面に儚げに落ちていくのを俺はひどく悲しい気持ちで見届けた。

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