37話 一抹の不安

 とりあえずこれで俺が不審者というレッテルを貼られるのは防ぐことが出来た。エマの演技に救われたぜ……。


 となれば中止されていた体力テストは再開し、男子高校生の至福のひと時がやってくる。

 

 俺たちのクラスにはまだ、反復横跳びと長座体前屈というメインディッシュが残っている。ああ、楽しみだぜ……。


「辰巳君、不審者と勘違いして本当に悪かった」

「いいんです、加藤先生。間違いは誰にでもあります」


 俺は加藤先生をハゲ、いや禿げ、いやいや禿げ増す……励ますと足取り軽く体育倉庫の出口へ向かう。


「辰巳、どこにいくんだ? 」

「へ? 体力テストの続きをやろうと……」

「そんな場合じゃないだろう、姫宮が不審者に連れ去られたんだ。お前と榎並には色々聞いておかないといけない」

「あ……」


 盲点だった。そうか、セインはさらわれたことになってるのか……。

 

 


 その後、俺とエマは先生に事の顛末を根掘り葉掘り聞かれた。

 終始お芝居スイッチの入ったエマに若干引き気味ではあったが、お陰で嘘を付いていると勘付かれることはなかった。

 質問が終わると俺たちは既に制服に着替え、教室で待機するように言われていた生徒たちの元へ返された。


「恵真ちゃん! 聖ちゃんがさらわれたってほんとなの? 」

「うん……ごめん、私だけ助かって……」

「そんなこと……恵真ちゃんだけでもよかったよ助かって……」


 大体の事情は聞かされているのか、女子たちは涙ぐむエマに駆け寄り、肩を抱いて慰める。


「拓実、大丈夫? 」

「ああ、俺は大丈夫だ。ありがとう雫」


 エマに群れる女子たちを尻目に自分の席に座ると心配そうに俺を見る雫の顔があった。


「さらわれたってやっぱり、向こうの世界と関係あるの? 」

「ああ、でも心配ない。実際は仕方なくさらわれたことにしてるだけだしな」


 本当は気が動転したセインをアリアが追いかけていっただけだ。俺の世間体を守るための苦し紛れの言い訳に過ぎないのだ。


「でも、セインちゃんを連れ戻しに来たんじゃないの? 」

「そうだけど……大丈夫だ、大丈夫」


 そうだ、大丈夫。確かにアリアはセインをアルガルドに連れて帰る目的でこっちの世界に来てはいるが無理矢理連れて行こうなんてするはずは――たぶんないだろう。


 それに転移魔法を持ち合わせていないアリアはアルガルドに帰る術などないだろう。大丈夫、きっと大丈夫だ。


 自分にそう言い聞かせ、にじみ出る不安を一切合切振り払う。

 

 そういえば、カルサス王国地下に封印されている秘宝の一つに「リオスの鉤爪」っていうのがあったな。


 昔、アルガルドを支配していた巨竜「リオス」の爪は時空を切り裂くことができて、その爪に自分の血をインクにして魔法陣を書けば異世界への転移も可能になる、だったか。


 いや、まさかそんなわけないよな。迷信だぜこんなの。


「拓実、顔色悪いよ? 」

「いや、そんなことねーぞ。気のせい気のせいっ」


 拭い去れない不安を雫に悟らせまいと俺は下手くそな愛想笑いでなんとか誤魔化した。

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