25話 部長と対決

「では、やろうか」


 防具を付けた転校生はそう言いながら近づいてくる。

 体からにじみ出る相手の殺気に身震いしながら俺は気持ちを冷静に保ち剣を構える。


 この俺、鳴元直之の剣道人生において、最も過酷な試合になることはまず間違いないだろう。


 初めて竹刀を手にしたのは小学校の時。母さんに連れられやってきた剣道教室は、畳の匂いがしておじいちゃん家みたいだと思った。

 最初は声を出すことを恥じらい怒られたものだが、やっていく内に恥ずかしさなど忘れ、剣の道にのめり込んでいった。


 中学校になると全国的に名の知れた選手に成長することができ、周りからも注目されと、思えばあの時が人生のピークだったように思う。


 だが、順風満帆な日々もそう長くは続かない。中学の卒業と同時に起こった両親の離婚をきっかけに母さんに引き取られた俺は剣道どころではなくなり、アルバイト生活を余儀なくされたのだ。


 反抗期も相まって俺は母さんに怒りの矛先を向けた。

「なんで離婚したんだ」「父さんに付いていけばよかった」――頭ではダメだとわかっていたが口から出る罵詈雑言を止めることはできず、自己嫌悪に陥ることもあった。


 そんな俺に母さんは、いつもいつも決まって「ごめんね」とうっすらと浮かべた笑顔で言うのだった。


 本当はわかっているんだ、母さんの顔が昔より歪んでしまっていたことも、一年中長袖を着て痣だらけの肌を晒すまいとしていたことも――。


 そして時は流れ高校二年生の春。俺は母さんに剣道部に入ってみてはと提案された。

 最初はもちろん金銭的な余裕のなさを提示し反対したのだが、人の意見に流されやすい母さんはその時だけ頑として自分の意見を曲げようとはしなかった。


 根負けした俺はアルバイトとの両立に妥協点を見出し、剣道を再開することができたのだ。

 そして今、目の前には猛獣のごときオーラを纏った相手が現れた。

 剣道経験者でないことは構えから伺えるが数々の死闘を繰り広げてきたような貫禄が見え隠れしている。あの目は勝つためではなく殺すための戦いをしてきたものの目だ。


 俺がコイツを倒さなければ部員全員ケガでは済まないかもしれない。二年から部活に入った俺に当たり前のように部長の座を明け渡してくれたみんな。部活の練習時間が長引きバイトの時間が迫ると俺の分の片付けを引き受け、快く送り出してくれるみんな。


 そういえば母さんは俺が大会でいい成績を収めるよりも電車で席を譲ったり喧嘩の仲裁に入り仲直りさせたことを話す時の方が嬉しそうな顔をしていた。

 剣道を習わせたのも剣道を通じてそういう人間力みたいなのを養わせるためだったのかもしれないな。




「いい話だね」

「え、なんのことだ?」


 エマは目に涙をホロリと浮かべている。欠伸でもしたのだろうか。いや、魔法で誰かの思考を覗いていたのか。


「ルールはあんまりわかっていないようだが大丈夫か?」

「要するに負けた方が負け、ということだろう?」


 いやいや要してねえよそれ。当たり前のことだよ。


「ははっ、まあそういうことだ」


 どういうことだよ……。ノリで喋るな部長さんも。


「はぁあああ!」


 部長の声を合図に戦いの火蓋は切って落とされた。

 互いに守りに徹することなく剣を振り、瞬きが命取りとなるほど目まぐるしい攻防が続いた。

 セインに引けを取らない部長の実力は相当なものだろう。

 拮抗した二人の剣士の戦いは長期戦となり、お互い肩で息をしながらも動きを止めることなく尚も剣を振るう。


 決着がついたのはそれから数分後のことだった。

 

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