24話 豹変するセイン
武道館に着くとセインは女子たちにガッチリ腕を掴まれながら中の様子を観察していた。
剣道部の練習は既に始まっているようで、数人の部員が竹刀を持ち、思い思いの練習を行っている。
様子を見に来たはいいが、よく考えれば見学をするだけのことだ。エマがなんであんなに慌てていたのかよくわからない。
実際に剣道をするとなるとルールを知らないことからウソがバレる心配もあるが、いきなり試合をしようと言われて試合に応じる部員ではないだろう。
市之宮高校の剣道部は全国とはいわないまでも、中々の強豪だと耳にしたことがある。そんな奴らが野試合をするはずもない。
仮に女子たちに無理やり試合に駆り出されても、そこはエマがフォローに回ってうまいことするはずだ。俺の出る幕はないだろうな。
心配は杞憂に終わったが5時まではまだ時間がある。せっかく武道館まで来たんだ。もう少し見ていくか。
女子たちに近付くとまた変な気を遣われそうだと思い、セインたちに見えないところで中の様子を見ていると部長らしき人の声でみな一斉に個人練習を止め、武道館中央に集合した。
全員が集まると部員たちは二人ずつに分かれそれぞれで一分ほど話し合いをした後、試合形式の練習を開始する。
先程まで床を力強く踏み込む音と竹刀の乾いた音が支配していた武道館には、部員の声が新たに加わり一気に活気に満ち溢れ、俺はしばらくの間その姿に釘付けになっていた。
人が真剣になにかに取り組んでる様はいつみても心を熱くさせてくれる。
「ちょ、
「あ、もうダメ!」
そんな声が聞こえてきたのは練習が始まり10分後くらいだった。しっかりセインの腕を掴んでいた女子たちが上げたその声で部員たちも動きを停止した。
「おい、そこの。お前が一番強いんだろう? 眺めているだけでは退屈だろう。私が相手になろうではないか」
聞き覚えのあるその声は、一人で練習を見守り仁王立ちしていた部長に向けられたものだった。
「……お前、確か転校生の」
「セインだ。すまんがこの刀、借りるぞ」
ドカドカと熱気に包まれた武道館に足を踏み入れたセインは古びた竹刀を一本持ち、部長の元まで駆け寄っていった。
「……いいだろう。防具はそこにあるのを適当につかってくれていい」
え、なにこれなにこれ……。
セインの目は出会った頃の気高き剣士の目をしている。口調も戻り、醸し出す雰囲気がさっきまでとはまるで違っている。
「あちゃーああなったらどうしようねー」
「エ、エマ! あれどういうことだよ!」
いつの間にか俺の隣までやってきたエマは困り顔で中の様子を見守っている。
「セインってば剣のことになると性格変わっちゃうんだよねー。だから見学させたくなかったのに」
「車運転すると性格変わるみたいなことか?」
「車に性格って……車ってあれ生き物だったの? ああ、普段静かなのに人が乗るとうるさくなるのはそういうことか、初めて知ったよそれ!」
「そういうことじゃねーよ! と、とりあえずあれどうすんだよ!」
セインは防具を部員たちから付けて貰い、着々と対決の準備を進めている。しかもその間、ルールを知らないセインに簡単にルール説明を行っている。普通ルール知らない部外者にこんな待遇するかね。
「もうどうしようもないね。ここまで来たらいくとこまでいっちゃおうよ」
「なんで嬉しそうなんだお前……」
「え? 気のせい気のせいっ」
笑みを隠し切れないエマの顔を睨みながらも、俺は止めに入るでもなくエマと共に、今から始まる試合に臨む二人を見つめていた。
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