19話 妹の苦悩

リビングのドアを開くとそこには双子の姉――辰巳たつみたまの姿があった。


 環はテレビの前で仁王立ち。両脇に腕を入れて熱心にその腕を動かしている。なにしてんだコイツ。

 テレビは環の体で隠れてほとんど見えないが、「肉を引き寄せて」とか「脇のリンパを流して」などの女性の声が聞こえる。尚更わからん。

真剣な眼差しをテレビに注いでいる環の邪魔をするのは気が引けるが妙の為だ、いざ行かん俺。

 

「環、ちょっといいか」

「お、お兄ちゃん何しに来たの! リビング入る時はノックしてって言ったよね?」

「いやお前らの部屋ならまだしも、そんなの言われたことねーよ! で、なんかしてたのか?」


 俺の声を聞いた途端、環は慌ててテレビの電源を切り、絵に描いたような挙動不審になる。そして後ろで手を組んだ状態で俺の方を向く。


「な、なにもしてないよ?」


 環は服装は学校の体操服。どう考えてもテレビを見る格好ではない。


「なんかストレッチでもしてたのか?」

「そ、そうそうストレッチ! 最近太ってきたからストレッチするようにしてるんだよね」

「太ってきた? どこが?」


 環はとても華奢な体つきをしている。何を食っても太らない体質らしく、女性からしたらうらやましいことこの上ないだろう。

 ふとももなんて細すぎてもう細ももだぜこれ。


「もう、お兄ちゃんそういうお世辞は雫姉ちゃんに使ってあげなよ」

「いや、なんで雫が出てくんだよ」


 まるで雫が太ってるみたいじゃねーか。雫は背が高くてスラっとしてて体もそれなりに出るとこ出ててってうわ、何考えてんの俺。変態かよ。


「うわ、ニヤニヤしちゃってさ。どうせ変なこと考えてたんでしょ」

「そ、そんなことねーよ!」


 マズい、さっきまでと立場が逆転してしまった。コイツめ、いつもいつも兄をおちょくりやがって。もういい、そっちがその気なら言っちゃうもんね俺。もう知らないもんね。


「まあお前くらい肉が付いてないのも、それはそれで悩みどころではあるよな」

「……どういう意味だいお兄ちゃん」


 お互い作り笑いで見つめ合う。


「ほら、女性としてのシンボルっていうかさ、そういうものも必然的に失われるわけじゃん? だから可哀想だなって」

「…………もう少しわかりやすくいってくれるかなお兄ちゃん」


 いつもはここで暴力を振るう環だが、表情を曇らせるのみで何もしてくる気配がない。そういうえばオブラートに包まずに面と向かって言うのはこれが初めてだ。


「ほら、お前……胸がさ……その、貧しいじゃん?」

「…………」


 ヤバい言っちゃったよ。いくら日頃の鬱憤が溜まっていて勢いで言ったとはいえ、兄として――いや人としてゴミだろ俺。

頼むよ環! いつもみたいに叩いたりモノぶつけたりしてくれよ。そんな物憂げな表情で目線を下に向けてるとお兄ちゃん罪悪感ハンパないからっ! 


環は俺の言葉を受け、言い返すこともせずただただ俯いてしまった。

そして組んでいた手が抵抗なくだらんと解かれる。すると同時にその手から長方形の物体が投擲され、俺と環の丁度真ん中あたりに着地する。


「あ、」


 久し振りに発せられた環の声はとても情けなかった。環の手から放たれたそれはDVDケースだった。

そこには動きやすそうな格好をした女性が、腕や脇などの脂肪を引っ張っているような姿が見受けられる。

そして「バストアップ! 確実に効くマッサージ これであなたも巨乳美人」とタイトルには記されていた。


「「…………」」


しばらく間を置いてから、環は俺に一瞥もくれず重い足取りでリビングを出ていった。それを引き留めることは到底出来るはずもない。


あれ、ていうか俺何しに来たんだっけ?



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る