17話 妹たちの悩み

「じゃあな雫。また明日」

「……うん」


 セインたちと別れてから初めて交わした雫との会話は、家の前での別れの挨拶だった。

 俺は雫の口から発せられたたった二文字の返事だけで気分が高揚してしまう。


 今日みたいにみんなで帰るのを雫は望んでいるんだろうが、それでも俺は二人で歩くあの時間が好きだ。


 玄関のドアを開け家に一歩足を踏み入れると雫の家の方に目をやる。雫も丁度玄関のドアに手を掛けこっちを見ていた為目が合ってしまう。

 なにか言った方がいいのか考えていると、雫は慌てて目を逸らし、そのままバタンと勢いよくドアを閉めてしまった。

 いつもは手に取るようにわかる雫の気持ちは今日に限って理解できない。女性って難しいな。セインくらいみんな単純だったらいいのに……。


「あ、お兄ちゃんお帰り」

「おうただいま」


 脱いだ靴をつまんで揃えている俺の背中に、妹から声がかけられる。

 振り向くと双子の妹――辰巳たえの姿があった。

 学校から帰って来たばかりなのか制服の姿で髪も二つ結びのままでいる。

 

 幼稚園に通っていた時、見分けがつかないと先生に言われてから妙は二つ結びをするようになった。しかし家では髪を下ろしてしまうので当時の俺は妹たちを名前ではなく「妹」と呼んでいた。

 今でも声だけでは中々判別しづらいが、見た目に関していえば間違えるはずもない圧倒的に差のついた部位が一つ存在しているっていてーな! 誰だよティッシュの箱投げたやつ! 


「お帰りお兄ちゃん!」


 笑っているけど内心絶対笑っていない、不気味な顔で現れた双子の姉のたまは、「無性にティッシュ投げたくなっちゃってー」と意味の分からない言い訳をこぼす。


「ただいまってお前なあ……」


 ほんと中身は似てねえなこいつら。

 心の中で愚痴を言いながら俺は階段を昇り自分の部屋に向かった。

 部屋に入るとテキトーにカバンを放り、ベッドにダイブする。


 今日は本当に色々あったな……。

 というか今日に限らず本当に慌ただしい毎日を過ごしている気がする。

 どうか大人になってからは凍らせたポカリを飲んだ時の最後らへんみたいにうすーく平穏に過ごしたいもんだ。わかりにくい例えですまん。


「お、お兄ちゃん。ちょっといいかな」


 そんなくだらないことを考えていると妹の声が聞こえてきた。


「ああいいぞ」

「失礼しまーす」


 入ってきのは妙。まあさっきの態度からして環なわけねーよな。

 ベッドから反動を付け身を起こすと


「どうかしたか?」


 ともじもじする妙に早速用件を尋ねた。


「その、この前あったテストの結果なんだけど……」


 手に持っていた紙を俺に方に差し出す。俺は片手で受け取るとどれどれとその結果に一通り目を通した。

 

 うん……悪くは、ない。どの教科も平均いくかいかないかで順位もそれに伴い真ん中らへんだ。中学三年生の初めでこのくらいならまだある程度は巻き返せる学力だろう。


 妙は俺と雫が現在通っている市之宮高校に入りたいと以前話をしていた。

 偏差値もそこまで高くないし、家から通える距離だという理由で受験した俺とは違い、「事務関係の仕事に就きたいから商業科がある市之宮高校がいい」と将来を見据えた殊勝な理由で妙は市之宮高校を希望している。


「大丈夫だ妙。このくらいの学力なら心配する必要ないぞ。あれだったらお兄ちゃんも教えてやるしな」


 たまにはお兄ちゃんらしいこともしてあげないとな。妹の為ならそのくらいお安い御用だぜ。


「あと、これもなんだけど……」

「ん、まだあるのか」


 そういって差し出されたのは体力テストの結果だった。

 

 これは……擁護しようもない。

 ほとんどが平均の一回り程下回っている。ハンドボール投げが砲丸投げ並みの記録だし五十メートルは俺の百メートルの記録とトントンだ。

 苦い顔で見る俺を妙は更に苦い顔で見守っている。


 ホチキスで留められた紙の一枚目を見終わり、ペラっとめくり二枚目に目を通すとそこには事前に取ったアンケートの結果らしきものと身長やら視力などが載っていた。


「へー身長160いったんだな妙」


 体力テストの結果こそ悪かったものの、健康状態に関してはなんの心配もなさそうだ。


「うん、そうだよ! ていっても去年から一ミリしか伸びてないけど……ってそこはダメエェ!!」

「ぐはっ……」


 女の人に――しかも妹に腹パンを入れられるなんて……まあ環には何回も食らっているんだが、妙からは久し振りだ。


 痛みに悶えながら妙を見ると、涙を浮かべ憎らしそうにこっちを見ている。くそ、かわいいから許すけどさ……。

 恐らく体重やらスリーサイズがそこに記されていたんだろう。できれば俺に渡す前に気付いて隠すなりしてほしかった。


「ゴ、ゴホン! とりあえずお前は俺に成績の悪さを相談しに来たってことでいいのか?」

「うん、そうなの。あと……の大きさがちょっと」

「ん、すまんもう一回言ってくれ」

「……も、もういい! お兄ちゃんのバカ!」


 え、ええ……。


 またもや急に怒り出した妙は乱暴に俺の部屋から出て行った。わからん、女わからん……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る