16話 感服する雫

「雫ちゃん、その、ごめんね」

「えっ、なにが?」


 エマは並んで歩く雫に伏し目がちにそう言った。

 

 今日来たばかりの転校生と二人で話をしているなんて、昔の自分が知ったらさぞびっくりすることだろう。

 

 榎並恵真――実際はエマ・クリンベルトという違う世界からやってきた魔法使いらしい。同い年だというのに大人びた雰囲気を醸し出す彼女は、確かに今どきの女子高生っぽくはない。

 最初見たときは含みのある笑みから人をおちょくって楽しむ女王様のような印象を受けたが(実際にそういう面もあった)、こうしてマンツーマンで話を聞いてみると思いやりが人一倍ある優しい人なんだと印象がガラリと変わった。


「その、二人の邪魔しちゃって」

「邪魔なんてそんな。みんなで帰った方が楽しいよ」


 後ろをみると満面の笑みでもう一人の転校生の姫宮聖――エマと同じく異世界からやってきたセイン・クナーシャは拓実の腕を抱き枕並みに心地よさそうにして掴んでいる。


 拓実はそれをうんざりした表情でいながらもどこか微笑ましい様子で拒むことなく受け入れている。


 その光景を見て雫は胸が張り裂けそうに気持ちになる。

さっきまで独占できていた拓実の隣は、今やセインが独り占めしている。  

 さっき雫が一緒に帰ることを了承しなければこんなことにはならなかったかもしれないが、拓実の口から答えを聞くのが怖かったのだ。

 そしてこんなに嫉妬の念を燃え上がれせている自分が一層嫌になっていた。


 拓実の横にいるだけで胸がいっぱいで、ただただ前を向いて歩くことしかできないでいる雫に拓実は何も言わずに足並みを揃えてくれる。

 たまに話をしようと勇気を出すがいつも二、三回の会話のキャッチボールで終わってしまう。


 でも、それだけで嬉しくて、頭の中で会話を反芻して、その日の嫌なことなんて忘れてしまって――だから去年の一年は本当に雫にとって辛いものだった。

 何度拓実がいなくなったことを忘れて家の前で待っているところをたまちゃんやたえちゃんに「お兄ちゃんいないよ」と悲しげな顔で言われたことか。


 そして四月からまた二人で通学することができて本当に本当に嬉しかった……だけど拓実はどうなんだろうか。


 無口で無愛想な自分なんかと一緒に歩いて、時には好きでもない私と噂なんか立てられて迷惑に思ってるんじゃないか。

 自分が一緒に通学することを決めた手前「やめたい」と言い出せないんじゃないか。毎日毎日嫌々ながら一緒に学校に通っているんじゃないか。


 だからさっきのセインの提案に雫は拓実の答えを聞く前に賛成したのだ。

 拓実がもし快諾でもしようものなら私の推測は概ね当たっているようなものだ。

 というかたぶん当たっているだろう。拓実からほとんど話し掛けてこないのがその証拠だ。


 しかし、本人の口からは聞きたくはない。心の準備ができていない、というか一生そんな多大な精神的ダメージに耐えうる心の準備なんてできないだろう。

 雫にとってそれは死刑宣告を受けるようなものだ。


「エマはセインと一緒に住んでるの?」

「うん、そうだよ」

「その、お金とかってどうしてるの?  私すごく気になってさ」

「お金とかはあっちから持ってきた珍しめの宝石を売ってなんとかなってるかなー」

「へーそうなんだ。今度見せて貰ったりとかできるかな?」

「……雫、無理しないでいいよ」

「……」


 エマは優しい笑顔でそういった。

 思いやりが人一倍強いエマは観察眼もそれなりに長けているらしい。口下手で愛想笑いが下手な雫がわかりやすいだけかもしれないが。

 

「私がこっちに来た本当の理由、雫だけに教えるね」


 ――本当の理由? 

確かエマは、セインの拓実に会いたいっていうわがままを聞いて付き添いみたいな感じでこっちの世界にやってきたといっていた。

 首を傾げる雫の耳に口を近づけると


「妹を探しにきたんだ」


 そういって私の耳から口を遠ざけると、


「まあ詳しいことは追々話すよ。でもこのこと知ってるのは雫と私の二人だけだよ。誰にも言わないって約束。ね?」


 と驚いてリアクション一つ取れないでいる雫に小指を向けてきた。

 数秒のタイムラグはあったが、雫はふと我に返り、小指を同じように差し出す。


「指切りげんまん。嘘ついたら針千本飲ーます! 指切った! これで、合ってるよね? 昨日見たテレビでやっててさ」

「うん……合ってるよ」

「そっか。よかったよかった」


 同い年とは思えないエマの行動に感服してしまう。

 中々人には言えないであろうと雫の気持ちを察したエマは、セインにも告げていない秘密を雫と共有することで、仲間意識を強制的に生み出し、落ち込んでいる私の心の支えになろうとしてくれたのだろう。


「あれ、エマ今指切りしてたのか? なんか約束でもしたの?」

「拓実には教えないよーだ。ね、雫?」

「う、うん」


 エマはおどけた様子で雫に同意を求めた。その顔はすでにいたずら好きな普段の表情にシフトしていた。


「うわ、エマもう雫ちゃんと仲良くなったの? 雫ちゃん私も呼び捨てで呼んでいい? 私のこともセインでいいから!」

「……どうしようかな」

「えー雫ちゃんのいじわる! なんかエマみたいだよー」


 嘆くセインとは反対に雫たちは声を出して笑ってしまう。その間にもセインは顔を膨れさせて感情を剥き出しにしている。

 

 ――たまにはこうやって大勢で帰るのも、悪くないかも……。

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