14話 理想、しかし現実は……

「タクミ、どうしたの?」


 怪訝な表情を浮かべるエマを引き連れ戻ってくるとセインは不思議そうにそう言った。


「なんでもないよセイン。さあ話の続きだ。質問ないか雫?」

「……ありすぎて、ちょっと」


 雫はジトっとした目で俺、ではなくセインを見つめている。

 セインは「セイン……セイン」と自分の名前をフフッと微笑みながら口ずさんでいる。

 ごまかす必要もなくなり、俺が「姫宮さん」から「セイン」に呼び名を変えたことがよっぽど嬉しかったらしい。

 かわいらしい光景の筈なのだが、雫は尚も心中穏やかではない様子でそれを見ている。

 もしかして嫉妬なんかしてくれているのか、ってそんなわけねーか。


「じゃあ僕からもう一ついいかな」

「お、修君ってば興味津々だね~どうぞ!」

「なんか呪文唱えたりとかそういうことするときに名前とか技名みたいなのないのかな」

「精神年齢低い質問だな修。お前らしくもない」

「い、いいだろ別に」


 ま、かっこいい技名とか高校生になっても憧れるよな。わかる、わかるぞ。


「えーと名前はあるけどたぶん修君が思ってるものはないね。魔法使ったりするとき喋ったりするイメージなのかな?」

「そう、呪文を唱えるとか詠唱っていうやつ。でもそうか、ないんだ」

「うん。転移する魔法は『転移魔法』っていうし空を飛ぶ魔法は『飛行魔法』っていうよ。それ以外の別名でかっこよさげな奴はないよ。そもそも『呪文を唱える』とかって言葉がないんだよね」

「…………」

 

 わかる。お前の気持ちは痛いほどわかるぞ修。俺も最初は落胆した。あっちの世界じゃ戦闘中にほとんど言葉を発したりしないんだ。


「よく考えてみなよ。アニメとか漫画みたいに命賭けて戦ってる最中に、あんな滑舌よく話せるわけないよ。それに――」

「エマ、もうやめてあげてくれ。少年の心にこれ以上傷を付けるな」


 普段クールぶっている修だが、昔は一緒にテレビの前でヒーローもののアニメを見てはしゃぎ合い、真似をしたりして遊んだ仲だ。

 作り笑いを浮かべることが精一杯の修をこれ以上は見たくない。


「ああ、でもタクミはそういうのやってたよね」

「え、そうなのかタクミ!」

「え、あ、まあな……」


 エ、エマ。その話はちょっとマズいって。


「あっちの世界では生まれながらにして『天職』っていって、その人に最も適した役職が決められてるんだ。天職以外の役職を目指しても中々強くならないから大体は天職に従って腕を磨いていくんだよ。ちなみに私たちの天職は私が『魔法使い』――魔法全般に特化した役職で、セインが『魔法剣士』――身体能力を向上させる魔法を使いながら戦う役職だよ」

「へ、へーそうなんだ」

 

 おっ修の心の傷が癒えてきたみたいだ。よかったよかった。


「勇者として召喚されたタクミは『天職』が無くて全ての役職に適していたんだよ。で、タクミが最初に選択した役職が『言霊使い』だったんだけど――」

「ちょ、エマもういいよ」

「ここまで来て止めるなよ拓実。いいとこだろ」

「『言霊使い』は言葉に込められた思いなんかを打撃に変換して戦うすごく珍しい役職で、けっこう楽しそうに戦ってたんだけど―、ある日急に役職変えたんだよね。そういえばあれ、なんだったの?」

「…………」

「何か言いなよ拓実」


 いや、言えるわけねーだろあんな黒歴史を! 思い出したくもないわ! 


「あ、私それ知ってるよ! 確か『ビフォーアフター』って名前付けて戦ってたよ! で、決めゼリフ? みたいなのがあって『なんということでしょう。タクミの華麗な話術によってあれだけ息巻いていた姿が見る影もありません』とかなんとか」

「誰か殺してくれ」

「なんで? 私はけっこう楽しかったけど」

「セイン。お前は本当にいい性格してるよ」


 修は再び作り笑いを浮かべ雫は少しだけ俺から顔を背けた。ああ死にたい。セインのバカ野郎。


「うお! 拓実に修。そして転校生二人に雫も……こ、これは修羅場ってやつなのか」


 

 沈黙がしばらく続いたこの空間に足を踏み入れたのは、噂を言いふらしまくった幼なじみの雄牙だった。


 助かった。ひとまずこの気まずい沈黙から逃れることができたぜありがとう雄牙。

 心の中でそう礼を言う俺を、雄牙は全身をワナワナと震わせながら指差し、


「お前ら一日でどんだけ青春謳歌してんだよ! もういい、学校中にいいふらしてやる!!」


 そういってまたもや目に涙を浮かべ走り出してしまった。

 もう、どうにでもなれ……。

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