1話 終わりと別れ
「これで、トドメだぁーーーー!!」
俺の振り下ろした剣は魔王エリオルガの胸元に深々と突き刺さった。
「あああああああああぁぁ!!」
エリオルガの叫びは断末魔と称するに相応しいものだった。それと同時に俺たちは魔王軍の壊滅を確信する。
ついに、ついにやったのだ!
勇者としてこの世界――アルガルドに召喚され波乱万丈、前途多難、紆余曲折に一期一会とあり約一年、ようやく勇者の使命である魔王エリオルガの討伐を果たしたのだ!
叫ぶ気力も失いエリオルガは最後、天を掴むように右腕を掲げるとやがて黒い煙となって跡形もなく姿を消した。
黒いゴツゴツとした鎧を全身に纏っていた魔王の素顔はついぞ拝むことはできなかったが、これでこの世界にも平和が訪れるに違いない。
リーダーを失った魔王軍は戦いを放棄し、背中に逃げ傷を負いながらも必死にこちらとは反対方向に駆けていく。
「タクミー! やった、やったよー!」
「あいててて! ちょ、ひっつくなよセイン!」
俺の背に勢いよく乗っかってきたのはセイン。
魔王と死闘を繰り広げた後にこの衝撃は少々応える。痛みはもちろんなんだがその、そんなに密着されると、ね?
「ごめん、嬉しくてつい……」
出会った頃は男らしい口調だったがすっかり牙は抜け落ちて、女の子らしい口調になっている。
あんなに恥ずかしがっていた素顔も今では隠しているのが珍しいくらいだ。
王女として毅然に振舞っていたセインだが、実は感情豊かな恥ずかしがり屋の女の子だと知ったのはつい最近だ。
「タ、タクミ。私、実はずっと言いたかったことがあって……戦いが終わってから言おうと思ってたんだ」
俺の背から離れるとセインはやけにもじもじしながら上目遣いでそう言った。
「言いたかったこと?」
「うん、私ね。タクミのことが好――」
「セイン、ダメだよ。その先は掟違反だ」
「エ、エマ……だって! 今言わなきゃ!」
「今だからこそ、だよ」
セインの言葉を遮ったのは魔法使いとして魔王討伐に参加していたエマ・クリンベルト。
この世界ではものすごく珍しい女魔法使いだ。
普段の俺なら露出度の高い服装に目元のほくろなんかを見て色気を感じずにはいられないのだが、今は雰囲気的にそういう気持ちは起きなかった。
「タクミ。まずは魔王を倒してくれてありがとう。本当に感謝してるよ。タクミがいなかったら今こうして立っていることもできなかったかもね」
「いやいや、そんなことねーよ。逆にエマがいなかったらと思うとゾッとするぜ」
おどけたように言うと、エマは少しだけ口元を緩める。が、すぐにキリッとした表情に戻り、話を続ける。
「ありがと――じゃあ早速本題に入るね。魔王討伐の使命を果たした勇者には二つの選択肢があるの。一つはこの世界に残り暮らすこと。その時は勇者として第一貴族と同等の地位を約束されるよ。二つ目は、タクミがいた元の世界――ミラクレアに帰還すること。難しい選択だと思うけどこの場で決めてくれるかな」
エマはそう言い終えると申し訳なさそうに俺を見る。
転移魔法を得意とするクリンベルト家の血を引いているエマは勇者召喚の際、若くして指揮を執っていたらしい。
そして勇者が使命を果たした後のアフターケアもエマの役割の一つなのだという。
この瞬間を迎える覚悟はしていた。エマは旅の道中この話を何回か俺にしてくれていたのだ。「その時になって後悔しないよう今のうちに決めておいてほしい」と。
だから一応の答えは決まっている。決まっているのだが――。
「…………」
なにか言いたそうに口を開いては慌てて抑えるを繰り返すセインは恐らく、「行かないで」と言ってくれようとしているのだろう。
自惚れかも知れないがセインは恐らく俺のことを好いてくれている。さっきもきっと思いを伝えてくれようと勇気を振り絞って違いない。
だがそれはこの世界の掟に反することなのだ。勇者が魔王討伐後、迫られる究極の二択をどちらかの選択に対して促すような発言があるとその者は重い刑に処されることになっている。
セインは自分が「行かないで」と叫べば……駄々をこねさえすれば、俺の気持ちが揺らいでしまうのを知っている。
しかしこの世界――アルガルド最大の領土を持つカルサス王国の第三王女たるセインがそんなことをしてしまうと国民に示しが付かず、信用を失ってしまうだろう。最悪の場合王国の衰退に繋がる恐れもある。
セインの気持ちに応えてあげたい、そういう俺もいる。
だが、向こうの世界でやり残したことが俺にはある。そしてこの世界の住人でない自分が貴族の地位を得てこのまま暮らしてしまっていいのか――そんな後ろめたい気持ちもある。
セインは見た目も中身も文句なしに綺麗だ。嫁ぎ先は引く手数多、そう考えると俺がいなくても、というか俺がいない方が幸せに生きていけるだろう。
「俺は……俺は元の世界に帰りたい」
「急かせておいてなんだけど、後悔はないね? タクミ」
「……ああ」
口を必死に抑えながらセインはその場に崩れ大粒の涙をこぼす。その姿を見ていられず咄嗟に目を逸らした。
――大丈夫だセイン。俺のことなんかすぐ忘れるさ。
「わかった。最後に言い残すことはない?」
エマは杖を構え尋ねる。既に呪文は発動されているようで、こちらに召喚された時と同様に魔法陣が足元にうっすら現れている。
「……大丈夫だ、やってくれ」
「うん。回復魔法かけておいたから、ミラクレアに戻るころには体の痛みも消えていると思うよ」
「ありがとう。恩に切るぜ」
ありがとう、セイン。そしてみんな。
口に出してしまうと悲しみが増幅してしまう。涙をぐっとこらえる俺の目線は召喚された時と同様にぐんぐん下がっていった。それと共に意識も朦朧としてきた。
意識が途切れる直前、魔王の断末魔に似た叫び声が聞こえたのは……気のせいであってほしい、
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