俺のことを好きで、かつて冒険を共にした異世界の王女が転校してきたんだが……

伊角せん

一章 転校

プロローグ 異世界召喚

 えっと……状況が全く理解できない、なんだこれ。


 ま、まあ落ち着け俺よ。こういう時は冷静に現状把握を行うことが大切だ。


 俺の名前は辰巳たつみ拓実、中学三年生。今日は卒業式があり、今は来賓のじいさん方に勝るとも劣らない親の長ったらしい世間話に耐えきれず、幼なじみの東雲しののめしずくといつもの帰り道を歩いていたところだ。よし、ここまでは理解できる。


 問題はその次だ。


 雫の提案で昔よく寄り道していた公園に足を向けると突如、円状のまばゆい光が俺の足元に現れたのだ。

 

 円の中には見たこともない文字がびっしりと並び、中央には星っぽい図形がでかでかと描かれている。

 そして更におかしなことに、その円の中に吸い込まれるような――そんな感覚が俺の体を支配している。

 

 あれ? いつもより雫の背が高くなったような気がするな。中一の頃確かに抜かしたはずなのに第何次成長期だよコイツ……。


 そんな雫は口をぽかんと開け、驚いた表情で俺の顔を凝視している。あまり感情が表にでない雫にしてはリアクションしている方だ。

 にしてもあんまり見られるとその、照れるな。ま、まあ雫がそんなに見たいっていうならいいんだけどもっ!


 とか気持ち悪いことを考えてる間に雫の顔はどんどん遠ざかっていく。なんだ、成長期にも限度がるぞ雫……ってそんなわけはない。流石にこれ以上の現実逃避は無理そうだ。

 そう、急激に雫が大きくなってるわけじゃなく、恐らく俺が円に吸い込まれて沈んでいるのだろう。

 さっき俺の足元に現れたのは魔法陣――そう仮定すればこの状況もギリギリ説明がつく(たぶん)。


 呆気に取られた幼なじみの顔をしっかりと目に焼き付けながら俺の意識は視界と共に暗闇の中へ消えていった。


◇ ◇ ◇


「おお、成功だ! 勇者様の召喚に成功したぞ!」


 朦朧とした意識の中、耳に飛び込んできたその声を聞いて俺は無意識に瞳を開いた。

 目が慣れてはっきりした視界には学校の体育館程の空間に十、いや二十人以上の杖を持った奴らが俺を取り囲んでいる姿が映った。


 いやいやいや、ないないない。

 

 きっとまだ寝ぼけているんだろう。最近ライトノベルを読み始めたからとはいえ理想と現実を混同してしまうとは……。中二病まっしぐらかよ俺。


 やれやれと自分に苦笑しながら目を入念に擦った後、もう一度辺りを見回す。

 

「コイツ、なんでニヤニヤしてんだ?」

「気持ち悪いな。今回の勇者はハズレだな」

「がっかりだぜ全く。俺のマナ返せや」


 フードを目深まぶかにかぶった魔法使い然とした奴らは、俺に先ほどとは異なる視線を送っている。どうやら現実だったらしい。

 こっちも言わせてもらうとそんな厳かな見た目で軽口を叩いているのには心底がっかりだけどな!


「異世界から召喚されしものよ! 名は何と言う?」


 ジャカジャカと音を立てながら魔法使い達の間を縫って現れた全身鎧の奴は、俺の前まで来るとそう問い掛けた。

 腰に巻いた剣を見るに恐らく剣士、そして一人だけ違う装いであることからこの中で一番偉いやつなんだろう。


「……拓実です」

「タクミか! 喜べタクミ! お前は魔王を倒す力を秘めた勇者としてこの世界を救うべく召喚されたのだ!」


 …………は? 

 

 発せられたその言葉を数回反芻するも理解力に乏しいせいか脳の処理が追い付かないでいる。

 

 勇者? 魔王? 世界を救う? 

 

 なにがなんだがわけがわからない……どういうことだ。


 ――とでもなればそれらしくなったのだろうが、残念ながらなんとなくそんな予感はしていた。

 さっきの魔法使い達の言動と最近読んだライトノベル(異世界転移モノ)のお陰だろう、むしろ待ってましたって感じだ。

 クラスの陽キャ共に挿絵を見られ、変態だのロリコンだのバカにされた苦い思い出もこの時の為の伏線か。


「よしわかった。じゃあまずこの世界のことを色々教えてくれ」

「お、おういいだろう」


 「さあ驚くがいい!」みたいな言い方をしてた鎧の剣士は俺が異様に冷静で逆にびっくりしたようだ。ざまあみやがれ。


「なんかあいつやけに冷静じゃね?」

「あそこ面食らうパートだよなあ」

「今回の勇者は一味違うな……」


 俺の冷静な様子に魔法使い達も驚いているようだ。

 勇者を「あいつ」呼ばわりはいかがなものかと思うが……まあいいだろう。


「おおっとすまない、そういえば挨拶がまだだった。私の名はセイン・クナーシャ。この地を統べるカルサス王国の第三王女兼勇者護衛統括だ」


 予期せぬ事態が起こったとはいえ、挨拶を忘れるなんて王族のくせに礼儀がなってないな。ていうか王女って……女にしては声低すぎんだろ。


「おう、よろしく。だけど兜くらい取るのは筋じゃないか? これから共闘する身としては隠し事はなしにしてもらいたいね」

「か、兜を……わかった。確かにその通りだな。すまない」


 セインは兜に両手をかけたまましばらく動けないでいる。その様子を全員がピタッと私語を止めて見守っている。

 

「勇者というだけあって勇ましいな」

「お前王女様の顔見たことあるかよ?」

「一回だけ。でもあれは小さいころだったからなあ」


 なるほど。これはアレだな。声が低いのから察するに顔のできが悪すぎて公の場で兜取れないパターンだな。ここに居合わている魔法使いども、この俺に感謝しろよ。


「どうした? なにか不都合でも?」

「い、いや大丈夫だ」


 明らかに最初の余裕のある感じとは違う、困っているのが言葉からも伝わってくる。

 だがセインは次の瞬間、意を決して兜を勢いよく取り外した。


「これで、いい……か?」


 ……ちょ、ちょっとまってくれ。情報量が多すぎる。


 ええっとまず声だ。兜を取ると先ほどの低い声は嘘のように女性らしい――というか女の子らしい声に変わった。

 

 そして顔なんだが――うっすらと赤色の髪は肩まで伸びて後ろ髪はきれいに結われている。金色の瞳はくりくりしていて、肌は白く頬は人前で顔を出すのが恥ずかしいからか、ほんのり赤く染まっている。


 まあつまり、かわいいのだ。ここにいる誰もが思っているはずだが誰一人として声をあげる者はいない。というかあまりの美貌に声が出せないでいる。


「も、もういいだろう?」


 セインは視線に耐えきれなくなり再び兜で顔を隠した。

 

「お綺麗だったな!」

「ああ、それだけに惜しいよな、なんで剣士になったのやら」

「全くだ、って申し訳ありませんっ!」


 兜越しでもわかるほどにセインはこそこそと話す魔法使いをギロリと睨み付けた。


「貴様ら、今のは忘れてやる。だが、顔を覚えたぞ。次はない」


 兜を被った為に低い声に戻ったセインの言葉に戦慄が走る。

 

「すまない。ではタクミ、付いてきてくれ」

「あ、ああ」


 セインはジャカジャカと音を立てながら歩を進め俺はその後ろに言われた通りピタッとついていく。


「タクミ、一つ質問していいか?」

「お、おう。なんだ?」

「タクミのいた世界では女性というのは男性と比べてやはり身分は低かったりするのか?」

「……一概にはいえないが男女平等を謳ってはいる。だけど正直女性の方が下に見られてしまってるのは事実だな」


 嘘を付くこともできたがあえてそうはしなかった。舞い上がっていたとはいえ、隠し事はなしだといった自分がいきなり嘘を付いては人として失格だ。

 いつもより四割増しで調子に乗っていたさっきまでの自分を殴ってやりたい。本当は真面目でいい子なんです、信じてくれ!


「そうか、わかった。ありがとう」


 そう答えたセインの背中は鎧を身に着けているというのにやけに弱々しく感じられた。

 そういえばさっきの魔法使い達もフードを被っていた為全員かはわからないが背格好を見た感じ、ほとんどが男性だったように思う。


 最後に頬をつねってみるが予想通り痛みが頬を走った。

 やはりこれは紛れもなく現実の出来事だと再確認すると急に緊張で胸が苦しくなる。

 俺は今から勇者として魔王を倒さなければならないのか……。


「どうかしたか?」

「あ、いやなんでもない」


 無意識に足を止めた俺は、セインの声を聞いて再び歩き出した。

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