Z 第一次動乱①
ゾーイは甲板を蹴り、勢いよく相手の懐に飛び込んだ。拳銃の発砲音がする。後方から渦巻く強風が吹き抜けて、銃弾をゾーイから逸らし散らしていった。余裕をもって、
一段落つけて顔を上げれば、背後に人の気配があった。背中合わせ。敵ではない。気配で分かる。ヴィックだ。
「怪我はないか?」
「余裕、余裕」
言葉を交わし合ってすぐ、背中の気配が遠ざかっていく。集団戦闘は仲間との呼吸の合わせ方も重要だ。
人型のときも獣型のときもゾーイの武器は
〈
敵は左舷から渡し板を渡って続々とこちらの船に移ってきた。どいつもこいつも
また馬鹿な海賊が、刀を振り上げて襲いかかってきた。無駄に高い雄叫びを楽しそうに上げている。
目障りだし、耳障りだ。
「【
言霊を口の中で唱えると、
ゾーイの
敵は目前に氷の柱が迫ってきたのに慄いて、
ゾーイが爪を振り下ろそうとしたところで、横から一刃が飛んできた。銀の軌跡が敵の首を裂いて、瞬く間に絶命させる。人の獲物を横取りした男は、
ヒューだった。
「やってるな」
「横取りしてんじゃねぇよ!」
ゾーイは素直に怒りをぶつけた。きっとこいつはゾーイ以上に相手を殺している。それでいて疲れた様子も見せず、悠長に足を止めてゾーイに声を掛けてくる余裕まで見せているのだ。
「喋ってる暇があるなら、殺せよ!」
噛み付く勢いで叫ぶゾーイに、ヒューは淡い笑みを浮かべて、またまた余裕を見せつけた。返り血の付着した顔で笑う様にはすごみがあった。
「機嫌悪いな。そんなに心配か?」
一息つくように小首を傾げて、短剣の柄を肩に置く。ゾーイはそんなヒューを正面から睨みつけてやった。
どこからかヴィックの声がする。海賊など問題にもせず、どんどん戦果を重ねているようだ。
「信頼してやれよ」
「ああ?」
「あいつらも子供じゃないんだ。信頼してやれよ」
そう言い残して、ヒューは去って行ってしまった。その背中にゾーイは怒鳴り声をぶつける。
「んなこと、分かってるよ!」
ヴィックもエルバも、よくやっている。
「くそっ」
ゾーイは八つ当たりするべく次の敵を探した。相手はすぐに見つかった。未だ、こちらをただの貨物船の護衛か何かだと思っているのか、侮りを隠そうともしない。まだ気付かないのか。こいつら馬鹿なのか。
爪を大きく振り上げて上から攻撃を仕掛ける。敵は体勢を低くして受ける構えだ。ゾーイは苛立ちをすべて込めて、力任せに爪を振り下ろした。外れた。相手が避けたのだ。
「くっ」
勢い余ってゾーイは甲板に転がる格好になる。受け身が取れず、横腹を敵にさらす。敵がにやりと笑みを浮かべて一歩を踏み出した。海賊刀が振りかぶられる。斬られる。
敵の腹と胸に続々と穴が開いた。小さな穴だった。全部で五つ。
敵の目から残忍な光が消えて、ゾーイに覆いかぶさるように倒れてくる。
「余計なことするな!」
振り返りながら叫ぶと、ウォードが肩をすくめていた。
「そうか。余計なことだったか」
ウォードは近寄ってきて、ゾーイの上に乗った敵の体を持ち上げてくれた。その頃には少しばかり、ゾーイの頭も冷えていて、自分の怒りが理不尽であることを自覚しつつあった。しかし、素直に謝ることはできなかった。
そんなゾーイに、ウォードは手を差し出してくる。
「戦場で油断するな」
「余計なお世話だ!」
不要な一言にゾーイの頭にまた血がのぼる。ウォードの手を払いのけて、自力で立ち上がった。ウォードは微苦笑して手を引っ込める。その表情にまた腹が立つ。
「敵の数が減ってきたようだな」
ウォードが
たしかに船の上も随分と落ち着いてきたようだった。今のゾーイとウォードのように、立って周囲を見渡している者もいる。敵も味方も減っているが、生き残っている者は味方が多い気がした。戦士たちはほとんどが天印持ちだったらしく、死体も血痕も残らないので、船の上は意外なほどすっきりしている。
「そろそろ、エルバのところへ行くか?」
期待を込めて尋ねたが、ウォードの注意は
「この船がお前の墓場になるとは皮肉だな」
聞こえてきただみ声には哀れみの響きが感じ取れた。オレンジ色のモヒカンの横顔が見える。どうやら敵と言葉を交わしているらしい。
「結局、お前は戻ってくるのか。威勢よく出て行ったくせに」
「うるせぇ!お前の船だと分かってたら、乗り込みゃしなかった!」
威勢だけで突っ走っている若者じみた声が返事をする。そちらに目をやれば、声通りの見た目をした男が、
「海賊の船は襲えねぇってか。堅気の船しか襲えねぇか。弱虫のしみったれは治ってねぇようだな」
ディランの方は、刀を構えてもいない。右手で持って、切っ先を床にぶらりとさげている。
「挑発しようったって無駄だぞ!」
その通りだ。相手の男はもう充分にいきり立っている。
「挑発?お前相手にそんな小細工が必要なもんかい」
ディランはここにきてようやく、ゆらりと海賊刀を構えた。
「そんな回りくどいことしなくても、俺はお前を細切れにできる」
「こんにゃろうー!」
男は顔を真っ赤にして、ディランに打ちかかっていった。
「おい、何を見物してんだよ!」
その攻撃を難なく受け止めたディランが、こちらを振り向きもせず、声を張り上げる。
「見世物じゃねぇんだぞ!そろそろ潮時だろうが!嬢ちゃんのところに行ってきな!」
ゾーイははっとして渡し板の方へ目を向けた。板を渡る敵の姿はすでになかった。
ウォードと並んで板のもとへ走ると、ディランの声が聞こえていたのか、ヴィック、ヒュー、クロエと五人全員が集まってきた。
「行こう」
ウォードが言って、ヴィックが大きく頷く。
船上には強い風が渦巻くようにして激しく吹きつけていた。
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