E エルバにしかできないこと
海賊の情報網は馬鹿にはできない。
たったの一晩で、海賊団〈
「海賊団ルーキーズだ」
ディランはその名を口にしたとき、臭いものを飲み込んだかのような不快げな顔をした。
〈
「あんたらの乗っていた遊覧船を襲撃したのは間違いなくルーキーズの連中だ。攫われたハーフのガキもこいつらが連れているとみて間違いないだろう。……なんだがなぁ」
据え付けられている立派な椅子にも座らず、部屋の中央に立ったまま、ディランは落ち着かない様子で、がしがしとモヒカン頭をしごいた。
「こいつらは他の団となれ合うような奴らじゃない。穏便に済ますのはまず無理だろう。戦って奪い取る、海賊なりのやり方が一番手っ取り早いし後腐れがねぇ」
「難しい相手なのか?」
冷静にウォードが勝算を尋ねている。
「勝てない戦にはならんだろう。名前の通り、若い単細胞ばかりが集まった賊だからな。殺して奪うことしか考えない馬鹿どもだ。こいつらに灸を据えてやりたいっていう奴もいくらかいてな。大義も充分だ」
エルバは遊覧船ゴッデス号が海賊に襲われたときのことを思い出していた。エルバを海に落とした海賊は喜色を浮かべて船員の身を切り刻んでいた。船の墓場で見たゴッデス号の惨状を思い出した。充満した血の臭いに、執拗なまでの暴力の傷痕は、無惨な虐殺の様子をありありと想像させた。
あの地獄を作り出した者たちと戦うことは、エルバの中の正義感を満たすことだった。
「正面から戦えば勝てるだろう。しかし問題はそこじゃねぇ」
ディランの説明は続いていた。
「追い詰められれば奴らは何をするか分からねぇ。最悪、人質を皆殺しにすることもあるだろう」
「そんなの、駄目だよ」
批難する相手はこの場にいないのに、エルバは批難するような口調になっている。
「んなこたぁ、分かってるよ」
ディランは落ち着けとでもいう風に左手を上下に振った。
「だから、絶対にこっちの目的を悟らせるわけにはいかねぇんだ。悟られたら最後、奴らは人質をみんな殺すだろう。そうなったら全部意味がなくなる。そこでだ、嬢ちゃん」
気安く呼びかけられてエルバは身を固くする。この海賊の長にはなんだか苦手意識があった。
「あんたは〈
「ちょっと待て。それは単騎でってことか?」
たまらずといった感じで前に出たのはゾーイだった。ディランが当然のように頷くと、柳眉を逆立てて声を高くする。
「そんな危ないことさせられるか!アタシも一緒に行く!」
「ミストには一人しか乗れないよ。私しか乗れない」
エルバは頭を振って、ゾーイを
ミストは大型の神獣ではない。契約者であるエルバしか背中には乗れないだろう。
エルバはもう決意していた。私にしかできないのなら、やるしかない。
「私、やります。人質を保護して、こっちの船まで連れて来ればいいんだよね?」
「いや、人質を保護したら、その場で待機しててくれ」
ディランはしきりにモヒカン頭をざりざりと撫でつけている。癖なのかもしれない。
「人質の正確な人数は分からんが、あんたらの探してるハーフの嬢ちゃんだけじゃないかもしれん。多数で敵船の中をうろつくのはよくねぇ」
「私だけで、人質を守るの?敵船が制圧されるまでの間?」
できないとは言いたくないが、不安が募る。
「いや、敗色を悟った敵さんに逃げられても厄介だからな。そこで出てくるのがあんたらだ」
ディランはこの場にいるエルバ以外の人員、ゾーイ、ヴィック、ウォード、ヒュー、クロエに丁寧に目を配った。
「この船の上での戦いが落ち着いてきたら、あんたら五人で敵船に乗り込んで操舵室を破壊しな。それが終わり次第、嬢ちゃんと合流して、俺たちが制圧するまで人質を守る。それくらいならできるだろ」
馬鹿にした物言いだったが、不思議と嫌な感じはしなかった。ただの照れ隠しのように思える。思想は相容れないとしても、絶対的な悪人ではないのかもしれないと思えた。
「分かった。任せてくれ」
ウォードが了承を返す。ディランはほっとしたように頷いて、エルバに目を向けてきた。
「いいか。あんたは敵の船が見えたら、神獣に乗って海に入ってくれ。俺たちは貨物船を装って近づき、ルーキーズをこちらに引きこむ。奴らがうちの船に乗り込んできてから、敵さんの船に侵入するんだ。いいか、早まるんじゃねぇぞ」
「分かった」
流れを頭の中で組み立てる。敵の船が見えたら、ミストに乗って海で待機。〈
作戦会議はひとまず終了した。細かい動きを確認する話し合いに移ったウォードとディランの傍らで、隣にいたヴィックがエルバを小突いてくる。
「エルバ、すっげえ。単独任務じゃん。いいなー、かっこいー。頑張れよ」
「あんたこそ、みんなの足を引っ張らないように頑張りなさいよ。誰の役割だって、重要なんだから」
ヴィックを前にすると、ついつい説教臭いことを口にしてしまうエルバだった。
ゾーイが何か言いたそうな顔をして、エルバをじっと見ている。このままではいけない。エルバはゾーイと向き合った。
「大丈夫だよ、ゾーイ」
「……仕方ないな。お前は、ほんとに」
ゾーイは納得していない様子ではあったが、淡く笑ってエルバの頭を撫でてくれた。ゾーイが狼の姿だったときは、エルバの方が撫でる側だったのに、立場が逆転してしまったらしい。
やめてとも言えず、エルバはされるがままになっていた。子供に戻ったような心地がして心の内側がくすぐったかった。
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