H 海賊島にて色を求めて①

 その島は海賊島かいぞくじまと呼ばれていた。


 海賊たちが物資や乗員、情報を求めて集まる島らしい。


 ユニオンもその存在を知らないのか、知っていて放置しているのか、少なくとも政府の統治下には入っていないという。いわゆる無法地帯というやつだが、それでもこの島なりの法というものはあるだろう。


 ウミネコがにゃあにゃあ鳴いている。もとは無人島だったのだろうか、島には自然が多く残っている。島向こうに落ちていく太陽が、すり鉢状の島のシルエットを黒く浮かび上がらせていた。


 夕刻に島に到着した〈海神わだつみ〉の船三隻は、島の周囲を巡るように作られたドックに停泊した。ドックはかなりの数が埋まっていた。海賊というのはヒューが想像した以上に人気の職種らしい。


 島には多くの人がいた。ビーティが多かった。


 フーマよりビーティの方が貧しいのは公然とした事実だ。七人いるユニオン委員は全員がフーマだし、どの町の貧民街も住民の大半がビーティである。


 だからビーティが多いことには驚かなかった。貧しき者は富める者と比べて格段に道を踏み外しやすい。賊に落ちる者も多いだろう。


 ヒューが驚いたのは結構な数の女がいたことだ。


 中にはきらびやかに着飾った女もいた。香水の匂いをぷんぷん漂わせ、お尻をふりふり振って歩き、丁寧に化粧を塗りたくった顔で、道行く男たちに秋波しゅうはを送っている。


 ヒューはそんな女たちを目にして、一瞬呆けて、次の瞬間、歓喜した。


 娼婦だ!娼婦がいる!


 下半身に滞った欲望が解放されるひと時を想像し、胸が高鳴る。


 すぐさま娼婦に声を掛けたヒューは、しかしあっさりと袖にされた。


 金のない男には興味ないんだよ!稼いでから出直してきな!


 海賊〈海神わだつみ〉に乗船料と称して金をふんだくられたので、懐が寂しかった。


 しかし、それでもヒューは諦めなかった。目的を果たすべく行動した。


 大衆酒場のような場所だった。がやがやと騒がしく、叫ばないと隣の人間にすら声が届きそうにない。卓と卓の間隔は狭く、それでいて数が多かった。上から見れば人がひしめきあっているように見えるだろう。


 ヒューはするすると目的の人物に近づいていった。オレンジ色のモヒカンの巨漢はこんな場所でも目立っている。


「なあ、ディランさんよ」


 ディランの卓には知らない顔が三つ集まっていた。全員ビーティで全員男だ。ヒューには興味もなさそうに、互いに言葉を交わしている。


「頼みがあるんだが」


 ディランはヒューに気付いているようだが、顔を向けようとしない。嫌われている。


「ちょいと、このあと行くところがあるだろう?」


「はぁ?行くところだと?」


 ディランは小心者ならすくみ上がるような声色で不機嫌に答えた。ヒューは気にせず続ける。


「そこに行くとき、オレも交ぜてくれよ」


 ディランはあからさまな舌打ちをしてはえを追い払うような仕草をした。


「行くところなんてねぇ。さっさと失せろ。酒がまずくなるだろうが」


「まあ、そう言うなって」


 ヒューは卓の上に尻を載せ上げた。居座る構えを見せたヒューに、ようやくディランが嘔吐物を見るような目を向けてくる。


「邪魔だ、どけ」


「嫌だね。頼みを聞いてくれるっていうなら考えないこともない」


「このあと俺が行くのは宿だ」


「そう。それだ。そこにオレも交ぜてくれ」


「お前は俺と寝たいのか!」


「おっさんと寝て何が楽しいんだよ。オレが興味あるのはおっさんの相手してくれる女の方だ。もうこの際、いっそ、お触りだけでもいいから、参加させてくれ。随分、ご無沙汰なんだよ」


 ヒューは拝む勢いで頼み込んだ。しかしディランは拒絶の意思を表情にすら乗せて、首と手を同時に振った。


「そういうことなら他所を当たりな。俺は女遊びはしねぇ」


 それはヒューにとって想像もできない境地だった。


「嘘だろ。そのナリで?」


「ナリは関係ねぇだろ。とっとと失せろ」


 ディランは卓上に身を乗り出すと、ヒューの襟首を掴んでいかにも簡単そうにひょいと持ち上げてしまった。まるで子供をあしらうように易々と卓の上から強制退場を食らったヒューは、大人の男として悔しいやら恥ずかしいやら。その意趣返しも込めて、去り際にわざわざ相手をあおる発言をする。


「もしかして、不能なのか?」


「好きに想像してろ。とにかく失せな。元義賊のブラックパンサー」


 卓についていたほかの三人が〈黒豹ブラックパンサー〉の名を聞いて興味深そうにヒューを見る。男の見世物になっても嬉しくねぇんだよ。敗北感と徒労感を抱えて酒場を出るしかなかった。

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