E アンデッドの増やし方

 太陽の光の下で見る朽ちた船の群れは、夜より幾分かマシではあった。ホラー映画でしか見ないような光景は、はっきり見えたところで現実感に乏しい。


 ただ、一人でいたときよりは格段に心強く、エルバの歩調はしっかりしたものだった。昨夜は震える足を叱咤してアンデッドと戦ったものだ。あれを超える恐怖はエルバの一六年の人生のどこを探しても見つからないだろう。


 エルバはヴィックとゾーイと肩を揃えて船の墓場を進んでいた。命を削る体験を共に乗り越え、ヒューやウォード、クロエとも絆を育んだが、やはり結局、古なじみで固まってしまう。少し先を歩く都会人たちは会話することもなく、もくもくと進んでいく。


 海鳥が頭上を大きく旋回し、獲物はいないかと目を光らせている。襲いかかってこないところを見ると、普通の海鳥なのだろう。怪物モンスターだったらこうはいかない。〈白海豚デルビー〉のミストはこの場所には人の死体がたくさんあると言っていたし、遭難する船は多いのだろう。海鳥たちはここが絶好の食事処だと知っているのだ。


 傾いた帆船の帆柱を渡って近代的な豪華客船の頂上へ移る。なかなかにスリリングな道行きに背筋が冷える思いがする。みんな、まだ暗い時間にここを渡ってやって来たのだ。エルバを助けるために。


 そう言えば、ヒューとウォードにまだちゃんとお礼を言っていない。きちんと感謝を伝えなければ。子供だろうと大人だろうと、人である以上、礼儀は大事だ。


「おい、ゾーイ」


 真っ二つに両断されたデッキチェアの横を通り抜けた辺りで、ヒューが足を止めて振り返ってきた。


「この音、聞こえるか?」


 ヒューの親指は進行方向を指している。


「こりゃあ、……破壊音か!」


 答えてから、ゾーイは顔色を変えた。前を歩いていた三人を追い越し、手すりに手を掛けてぐっと身を乗り出す。


「何が起こっている?」


 ウォードがヒューに尋ねた。二人はゾーイに追いつき、手すり沿いに三人が並んだ。


「オレたちが乗ってきた船の方角から破壊音がする」


 耳のいいビーティの訴えにウォードも顔色を変える。エルバはゾーイの横に立って前方に目を凝らした。みんなが乗ってきた船というのがどの船なのか分からないエルバだが、とりあえずそうして足並みを揃えた。


「呑気に喋くってないで、早く行くぞ!」


 ゾーイが急かして走り出す。せっかちなのは人型でも獣型でも変わらないゾーイだった。エルバも人のことは言えないが、破壊音が自分の耳に聞こえないうちは事態の深刻さを分かっていなかった。


 事態は一刻も争わないほど、もう充分に深刻だった。


 白いクジラのようだと話にあがっていたはずの船が、ボロボロになっている。船上では〈骸骨スケルトン〉や〈ゾンビ〉、鬼火そのものの〈人魂スピリット〉などが明らかに意図的に船を痛めつけて回っていた。手すりは折られ、甲板には穴が開き、あちこちで火の手が上がっている。船の墓場に元からあった船と比べても遜色ない壊れっぷりだった。


「なんなんだ、こいつら?」


「どっから湧いたんだか」


「これ、まだ動かせるの?」


「とにかくやめさせるぞ!」


 ゾーイ、ヒュー、ヴィック、ウォードがそれぞれに言って、それぞれの武器を具現化させて船に乗り込んでいった。不安そうな顔をしたクロエがそれに続いて、エルバもそのあとを追った。


『ねえ、ミスト』


 エルバは契約したばかりの神獣に話しかけた。神獣とは契約者の意思によって、頭の中でいつでも自由に会話ができる。


『これは何が起こってるの?』


『当たり前だよ~』


 お話できることが嬉しいのか、ミストの声は弾んでいた。


『船の墓場のアンデッドたちは積極的に仲間を増やそうとするんだ~。新しい船が漂流したら、その船に乗ってる人たちを襲うのはもちろん、船を破壊しようとするんだよ。帰れなくなるようにね~』


 だから、船の墓場にある船はどれもみんな等しくボロボロなのだ。そうエルバが気付いたときには遅きに失した。


 いや、まだ諦めるのは早い。エルバはスピアを具現化させて自分自身に喝を入れた。間に合うかもしれない。船は動くかもしれない。


 こんなところで遭難するなんて絶対に嫌だ。エルバは槍を振る。スケルトンの頭骨を突き破り、ゾンビの肉を抉って、スピリットの中心に槍を突き入れた。


 まだ間に合うはず。天に見放されるような悪行を、エルバはしたことがないのだから。

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