E レンジャーのお仕事②

 朝食を終えたエルバたちは、さっそく街に出て聞き込みをスタートした。


 冴えない見た目の現金泥棒が、防犯カメラに映ったという地点から聞き込みを開始したのだが、大した収穫もなく、太陽は中天に達しつつあった。

 海風は湿り気を運んでくるし夏を感じさせる陽射しの強さも相まって、エルバはじっとりと汗をかいていた。


「なあ、エルバぁ。もう、無駄だって。

 こんなことしたって、手掛かりなんてあがってこないよ」


 ヴィックはもはや、飽きている。エルバだってこんな作業、うんざりだ。


 この人物を見ませんでした?と知らない人に尋ね、大体がすげなく、エルバの手元を見ることもなく、見てませんと即答してくる。

 本当に?思い出してみて、などと食い下がろうとすると、鬱陶しがられ、手を振って立ち去られる。

 ため息もつきたくなる。

 

 エルバとヴィックは港に近い通りを歩いていた。

 輸送用のコンテナが視界を遮って路地を作る、人通りのあまりない寂しい場所だ。

 潮の香は漂ってくるが、波音は届かない。


「もう飯にしようぜ、エルバ。おれ、腹減ったよ」


「そうね……。それにしても、ゾーイ、どこ行ったのかな」


 ゾーイは先ほどから姿が見えない。

 あの賢い銀狼にはよくあることなので、大して心配はしていないが、なんとなくエルバは周囲に視線を配った。


「放っとけば、そのうちどっかから出てくるだろ。

 それより、飯行こうぜ。おれ、海鮮料理がいい。

 この匂い嗅いでると、どうも――」


「おい」


 背後から声を掛けられて、エルバはヴィックと共に振り返る。

 そして、目を瞠った。


「あんたら、人、捜してんだろ?」


 振り向いた先には、頭から三角の耳を覗かせる、銀色の尻尾を持つ女性が立っていた。


 ビーティだ。微笑の浮いた唇の右下にある、小さなほくろがセクシーだ。


 いや、もちろんそれは別にいいのだが、女性の格好が問題だった。

 彼女は日光が反射して眩しいほどの白肌を余すことなく剥き出しにしていて――、そう、つまりは、こんな屋外で一糸も纏っていなかったのであり、つまる所は、全裸、裸だったのだ。


 形のいい二つの乳房も、引き締まったウェストも、臀部にかけての曲線も、すらりと長い脚のラインも、惜しげもなく外気にさらして、それでいて女性は恥じらいを感じている様子もなく堂々としていた。


 エルバは隣にいるヴィックの目を手で覆い、盛んな年頃の少年の視覚を封じた。

 ほとんど、反射的な動作だった。

 ヴィックが「ぎゃっ」と悲鳴を上げる。


「捜し人は北に渡ったみたいだぞ」


 耳触りのいいアルトで女性は告げる。

 短い青銀の髪が、潮風に揺られている。


「北、って、北部……?」


 エルバがおそるおそる尋ねると、女性は頷いた。


「そう、マナティ行きの船に乗ったと。

 波止場で煙草ふかしてる阿保面に聞いてみな。

 そう、証言してくれるさ」


 伝えることは伝えたとばかりに女性は踵を返すと、熟れた白桃のようなお尻をこちらに向け、コンテナの角を曲がって姿を消した。

 臀部の左側に天印が刻まれていたが、彼女の格好の前にはそんなこと些事だ。

 呆気に取られたエルバは、黙って女性を見送るしかなかった。


「指が、目に、入った……」


 隣でヴィックが自らの目を押さえて苦悶しているが、エルバは気にもとめなかった。




 波止場で煙草をふかしている阿保面は、すぐに見つかった。

 鼻の下がやけに長い、ぷつぷつと髭の浮いた、あばたのある男だ。

 興奮した様子で「同じことを裸の女が聞いてきたよ!その女、いきなり凄んできてさぁ――」とまくしたて「おたくらの捜してる男ならマナティ行きの船に乗ったよ」と女性と同じことを証言した。


 エルバはさっそく港町マナティ行きの船のチケットを買った。

 マナティまでは数日かかる船旅になるし、決して安い金額ではなかったが仕方ない。

 

 いつの間にかゾーイは足元に戻って来ていて、近くにあったペット同伴可のレストランで昼食を済ませた。

 エルバはイカ墨パスタを、ヴィックはぶつ切り海鮮のごたまぜご飯、ゾーイには具沢山チキンサンドを頼んだ。


 ホテルに戻り、リンダの集落に残る祖父に向けて、マナティへ向かう旨の文を飛ばした。

 ホテルをチェックアウトし、荷物を持って再び波止場へ向かう。

 その道中、ヴィックは浮かれっぱなしだった。


「いやぁー、北部に行けるとは思わなかったぜ!

 ナルバエスのおっさんも、たまには役に立つなぁ」


「ちょっと、不謹慎よ」


「いいじゃん、いいじゃん。マナティだ!北部だ!大都会だ!」


 まるで祭りにはしゃぐ子供のように、ヴィックは飛び跳ね回転しながら街路を行く。

 一緒に歩いているのが恥ずかしいくらいだ。

 何度注意してやっても、ヴィックのハイは止まらない。

 仕方ないので、エルバはヴィックから少し距離を取って進んだ。


 ダイア大陸の全域を支配下に置く国家的組織をユニオンと呼ぶ。

 超経済資本主義を貫いており、政治を担うユニオン委員は経済界のトップが務める。

 カネがモノをいう体制を土台に敷き、富こそ正義とでも捉えられかねない姿勢を、エルバはどうしても好きになれなかった。


 港町マナティはそんなユニオンの領土の東の端に位置する港町である。

 エルバの故郷リンダの集落などと比べると、べらぼうに都会だが、ユニオン社会の中では田舎の港町に過ぎないらしい。


 マナティに向かう船内は快適だったが、エルバは激しいじれったさを感じずにはいられなかった。

 船上ではどうしてもすることがないのだ。

 あの泥棒が乗ったのは一日前に出発した便であり、すなわち聞き込みも意味を為さない。

 また他の都市へ移動されるのではないかと不安が頭を過るが、ただ到着を待つしかなかった。

 いらいらしては浮かれているヴィックに当たりもしたが、ヴィックは気にしていないようだ。

 それほど、北部に行けるのが楽しみらしい。

 

 船旅の中で気になることが一つあった。

 ゾーイの食欲が日に日に失せていくのである。

 元気も無くなっていくようで、ベッドの上に臥せっていることが多くなった。

 船酔いだろうかと思ったが、吐き気に襲われている様子はない。

 ゾーイの飼い主であるヴィックはペットの不調にも気付かず、やはりうきうきとしている。

 その様子がさらにエルバの苛立ちを誘った。

 

 そんなこんなで、ようやく午後にも港町マナティに到着するという日を迎えた。

 エルバはベッドに横たわるゾーイの体を撫でていた。

 ろくに食べていないせいで、骨が浮いてきたようにも思える。


「ゾーイ。どうしちゃったの、元気出してよ」


 エルバが呟くと、ゾーイは身を起こしてエルバの顔をぺろぺろと舐めた。

 自分は元気だよ、心配しないでとでも言っているようで健気だった。


 そういえば、ロンボの港に全裸で現れた女性は何者だったのだろう。

 何故そんなことを考えたかといえば、すぐ隣にあるゾーイの被毛の青銀が、彼女の髪の色と同じだったからだ。

 あの人のおかげで捜査は進展した。

 屋外で人前に裸を晒すような異常者だったにしても、感謝せねばならない。


「見えたぞ、見えたぞー!マナティだぁ!!」


 船室の扉を勢いよく開けて、ヴィックが飛び込んできた。

 どうやら甲板に出て、陸の到来に目を凝らしていたらしい。

 

 エルバはキャリーバッグの持ち手に手をかけて立ち上がった。

 この地で犯人を追い詰められるだろうか。

 それとも、また逃げられてしまうのか。

 どうにかして、前者にしてやると物言わず意気込んだ。


 エルバは、はしゃいでいるヴィックと、するりとベッドから降りていったゾーイの背を追って、船室をあとにした。

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