第5章: 王との対面

 セイントナンバー王国の首都ピタゴラスの朝は、いつもの数式の調べとともに始まった。しかし、この日はいつもと違う緊張感が街全体を包んでいた。アリア、ティモシー、マギウスの三人が、カルタン・ヴェクトリアス14世との謁見を許されたのだ。


 王宮に向かう道すがら、アリアは静かに言った。


「ニコラウス・コペルニクスの言葉を思い出すわ。『数学は、神が世界を創造するときに用いた言語である』と。でも、私たちの理論は、その言語にさらに新しい次元を加えようとしているのよ」


 ティモシーとマギウスは深く頷いた。彼らの目には、これから始まる重要な対話への期待と緊張が宿っていた。


 王宮に到着した三人は、その豪華絢爛な姿に圧倒された。黄金比に基づいて設計された柱廊、天井には複雑な幾何学模様が描かれ、壁には歴代の数学者たちの肖像画が飾られている。その一つ一つが、まるで生きているかのように鋭い眼差しを向けていた。


 大広間に案内された三人を、カルタン・ヴェクトリアス14世が温厚な笑顔で迎えた。国王は、数学者らしい鋭い眼光を持ちながらも、どこか慈愛に満ちた雰囲気を漂わせていた。


「ようこそ、セイントナンバー王国へ。諸君の理論について、大変興味深い噂を耳にしております」


 アリアたちは丁寧に礼をし、説明を始めた。アリアが黒板に複雑な方程式を書き始めると、カルタン・ヴェクトリアス14世の目が輝きを増した。


「この項は、魔法のエネルギーの量子化を表しています。そして、この部分で科学の法則と融合させることで……」


 アリアの説明が進むにつれ、国王の表情は驚きと興奮に満ちていった。


「素晴らしい! これは、まさに我が国の数学を新たな次元に引き上げる可能性を秘めていますね」


 しかし、その時だった。広間の隅から、老貴族の一人が声を上げた。


「陛下、この理論は我が国の伝統を根底から覆すものです。こんな危険思想を認めるわけにはいきません!」


 その声に呼応するように、他の保守派の貴族たちも次々と反対の声を上げ始めた。広間は騒然となり、議論は白熱していった。


 アリアは冷静さを保ちつつも、自分たちの理論が単なる学問を超え、国の根幹を揺るがす可能性を持つことを痛感した。彼女は、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「確かに、私たちの理論は従来の概念を大きく変えるものかもしれません。しかし、ジョン・スチュアート・ミルが言ったように、『新しい真理がその道を切り開くには、三つの段階がある。まず、それは馬鹿げているとして嘲笑される。次に、猛烈に反対される。最後に、自明のこととして受け入れられる』のです」


 アリアの言葉に、広間に一瞬の静寂が訪れた。カルタン・ヴェクトリアス14世は深く考え込む表情を浮かべていた。


「諸君の理論は、確かに我が国に大きな変革をもたらす可能性がある。しかし同時に、大きなリスクも伴う。私には、慎重に判断する責任がある」


 国王の言葉に、アリアは自分たちの責任の重さを痛感した。彼女は、国王の悩める表情を見つめながら、静かに答えた。


「陛下、私たちの理論は、この国の発展のためにあります。数学だけでなく、多様な才能を認め、活かす社会を作ることができるのです」


 カルタン・ヴェクトリアス14世は深くため息をつき、そして決意を込めて言った。


「諸君の理論について、さらに詳しく検討する機会を設けよう。王国の未来がかかっているのだからな」


 アリアたちは感謝の意を示し、退出した。王宮を後にする際、アリアは振り返って王宮を見上げた。夕日に照らされた王宮は、まるでこの国の未来を象徴するかのように、金色に輝いていた。


「私たちの理論が、この国にどんな変化をもたらすのか……」


 アリアのつぶやきに、ティモシーとマギウスも無言で頷いた。彼らの前には、予想を遥かに超える困難と可能性が広がっていた。セイントナンバー王国での彼らの挑戦は、まさにこれから本格的に始まろうとしていたのだった。

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