第1章: 驚きの到着
初夏の爽やかな風が、アリア、ティモシー、マギウスの三人の頬を優しく撫でていた。彼らは今、セイントナンバー王国の入国審査所の前に立っていた。その建物は、まるで巨大な数式が具現化したかのような外観を呈していた。複雑な幾何学模様が壁面を覆い、その精緻な構造は見る者の目を釘付けにする。
アリアは深呼吸をし、仲間たちに向かって言った。
「さて、いよいよね。ガリレオ・ガリレイの言葉を借りれば、『自然という書物は数学の言葉で書かれている』わ。この国では、まさにその言葉通りの世界が待っているのかもしれないわね」
ティモシーは少し緊張した様子で頷き、マギウスは黙って周囲を観察している。
三人が入国審査所に足を踏み入れると、そこには予想外の光景が広がっていた。天井まで届きそうな巨大な黒板が壁一面に設置され、複雑な数式が所狭しと書き連ねられている。審査官たちは、まるで数学者のように熱心に計算を行っていた。
審査官の一人が、アリアたちに向かって微笑みかけた。
「ようこそ、セイントナンバー王国へ。入国審査を始めさせていただきます。まずは、こちらの入国書類にご記入ください」
渡された書類を見て、三人は驚きの声を上げた。そこには通常の個人情報を記入する欄はなく、代わりに複雑な数式が並んでいたのだ。
「これは……微分方程式?」
アリアは眉をひそめながら言った。
審査官は優しく説明を始めた。
「はい、その通りです。我が国では、個人の能力や適性を数学的に評価します。この方程式を解くことで、あなたがたの数学的才能が明らかになるのです」
アリアは楽しそうにペンを手に取った。彼女の頭の中では、すでに方程式を解くための計算が始まっていた。ティモシーは少し戸惑いながらも、懸命に問題に取り組む。一方、マギウスは難なく解答を書き進めていった。
数時間後、やっとのことで入国審査を通過した三人は、首都ピタゴラスに向かう馬車の中で休息を取っていた。
「まさか入国審査で微分方程式を解くことになるとは思わなかったわ」
アリアは楽し気な表情で言った。
ティモシーは興奮気味に答えた。
「でも、すごく面白かったです! 特に最後の問題の√2の無理数性の証明は、ピタゴラスの定理を巧みに応用していて感動しました」
マギウスは静かに窓の外を眺めながら言った。
「この国の数学への執着は、単なる学問への情熱を超えているようだ。まるで、数学そのものが宗教のような地位を占めているかのようだな」
アリアは頷きながら答えた。
「ええ、その通りね。プラトンの『国家』の中で、『幾何学を知らない者は、誰も入ってはならない』という言葉があるわ。この国は、まさにその思想を体現しているようね」
馬車が進むにつれ、セイントナンバー王国の独特な風景が目の前に広がっていった。道路は完璧な直線で引かれ、建物は全て幾何学的な形状を持っていた。街路樹さえも、フラクタル構造を模して刈り込まれているようだ。
昼食時、彼らは地元のレストランに立ち寄った。しかし、そこでも驚きが待っていた。メニューは全て数式で表現されていたのだ。
「これは……積分記号?」
ティモシーは困惑した様子で言った。
アリアはメニューを注意深く観察し、微笑んだ。
「なるほど、巧妙ね。料理の名前や材料を直接書くのではなく、それらを表す数学的な関数を使っているのよ。例えば、この積分記号の中身を解くと、『トマトとシーフードのサラダ』という意味になるわ」
マギウスは感心した様子で言った。
「見事な発想だ。数学を日常生活のあらゆる場面に取り入れるなんて」
食事を楽しみながら、三人は街の人々の様子を観察していた。驚いたことに、人々は挨拶の代わりに数式を交換し合っているようだった。
「あれは……数学的相性を確かめ合っているのかしら?」
アリアは興味深げに言った。
ティモシーは目を輝かせながら答えた。
「まるで、数学版の占いのようですね! 素数の相性とか、互いに素な数の関係とか……」
食事を終え、三人は首都ピタゴラスの中心部に向かった。そして、彼らの目の前に突如として現れたのが、巨大な正十二面体の神殿だった。
その建造物の壮大さと精緻さに、三人は言葉を失った。神殿は純白の大理石で作られ、その表面には複雑な数式が刻まれている。太陽の光を受けて、神殿全体が神秘的な輝きを放っていた。
アリアは息を呑んで言った。
「これは……プラトンの立体の一つね。正十二面体は、古代ギリシャでは宇宙そのものを表すとされていたのよ」
ティモシーは首を傾げながら質問した。
「でも、なぜ正十二面体なんでしょう? もっと単純な正四面体や立方体ではダメだったんでしょうか」
マギウスが答えた。
「正十二面体は、5つのプラトンの立体の中で最も複雑で、最後に発見されたものだ。おそらく、その神秘性と複雑さゆえに、この国では特別な意味を持つのだろう」
アリアは神殿を見上げながら、静かに言った。
「ロジャー・ペンローズの言葉を思い出すわ。『数学の美しさは、芸術や音楽の美しさに匹敵する』って。この神殿を見ていると、その言葉の意味がよくわかるわ」
三人は、しばらくの間、ただ神殿の壮大さに圧倒されていた。その時、アリアの心に強い直感が走った。この国での滞在は、彼女たちの人生を大きく変えるような、予想以上に刺激的なものになるだろうと。
「さあ、私たちの新たな冒険が始まるわ」
アリアは決意を込めて言った。
ティモシーとマギウスも同意し、三人は神殿に向かって歩み始めた。セイントナンバー王国での彼らの物語は、ここから本当の意味で幕を開けるのだった。
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