第16話 ずっと叶わなかった、そして叶った願い

「もう、天使のお姉ちゃん何してるの! みーちゃんについてこないとダメ! こっち!」

「あああ、引っ張られる~。ふわふわあったかお手手に引っ張られる〜。これは不可抗力。そう、これが不可抗力という現象なのでしょう。主様、ニコラウス様、私はクリスマス会にお呼ばれされる運命に抗えないのです」

「お婆ちゃん、お菓子ありがと! またね!」

「またね、なのです~」

「はーい、またね。うふふ」


 待ちかねたクリスマス会に年上のお姉さんを連れて行こうとしっかりと手を繋ぐみーちゃんと、困ったようなそぶりを見せながらも嬉しさを隠せない『天使』と呼ばれた女の子を見送る。


 何故だろう。


 何故あの子はあんな事を言ったんだろう。



” 『祝福』を。さあ、今すぐに愛する者のもとへ向かいなさい ”



 一瞬だけ垣間見えた、まごうこと無き神々しさ。主様と呼ぶ存在、聖ニコラウスを尊ぶあの言葉。


 けれど。


 その意味を考える事に集中できない。手が扉に伸びてしまっている。


 もしかしたら。

 この扉の向こうで、もしかしたら。


「貴方!」

 

 ベッドと部屋を仕切っていたカーテンを夢中で引き開ける。














 小刻みな呼吸音。寒くないように、と整え直した体勢と掛け布団。そしてベッドの上にはいつもと変わらない、ここ50年変わる事のない、穏やかに目を閉じる貴方がいる。


「……そんな事、ある訳ないわよね。ふふ、可笑おかしい」


 何を期待していたんだろう。何て都合の良い事を考えてしまったんだろう。貴方が目を覚ましているんじゃないか。あの子が本当に神の御使いで、奇跡が起こる事を告げに来たのかもしれないんじゃないかだなんて。


「……貴方、ごめんなさいね待たせちゃって。可愛らしいサンタさん達と天使さんが来てくれたの、メリークリスマスって」


 あの子があんな風に芝居がかった素振そぶりを見せたのは、聖夜にまつわる何かのドラマや物語の真似をしただけなのかもしれない。


 私にもそうした経験がある。趣味が似ていた友達と子供の頃に、好きな物語のヒロインを演じあっては夢を見ていた。


 大人になってからもそうだ。物語の下訳をした時に登場人物の心情が掴みとれなくて何度も台詞を言い、演じたりもした。


 今日はクリスマスイブ。


 どんな夢の世界に浸ってもいいじゃないか。勝手に希望を持った私があの子達を責める筋合いなどどこにもない。それどころかむしろ、感謝してもいいくらいだろう。


 目覚めた貴方を想像して、胸が熱くなった。そんな可能性を見させて貰ったのだから。


「今年は家に帰ってサンタクロースを待つ事ができなかったあの子達だけど、美味しいものを食べて、いい夢を見られるといいわね……あらいけない、手紙」


 手のひらの中の感触で、子供達からの折り紙に改めて気づく。


「一生懸命に書いてくれたのね。貴方にも読んで聞かせてあげる。どれどれ、なんて書いてあるのかしら? 一番からね」




” はせがわ けいいち ”




「可愛い、平仮名で書いてある。あら貴方の名前、よ?」


 ……? 


 何で貴方の名前を知っているんだろう。

 

「ああ、個室の名札でもわかるわね、びっくりしちゃった。次は二番ね」




” はせがわ みお ”




 身体が震えた。これは……叶わなかった願い。まさか、こうやって貴方の苗字で名前を呼ばれる日が来るなんて思ってもいなかった。


 手紙を書く為に私の名前も聞きつけたのかもしれない。けれどこれがどんな意味で書かれたとしても、私にとっては嬉しいとしか言いようがない。


「ふふふ、今度は私の名前。でも長谷川澪って書いてある。嬉しい、嬉しいなあ……」


 

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