第15話 祝福

 看護師さんは、と……あ、丁度いい。師長さんがこちらに向かってきている。手が空いていたらお願いしよう。


「横田さん」

「吉川さん! どうされました?!」


 真剣な表情を見せる師長さんに慌てて首を振る。今夜峠を迎えるあの人の容態を気にかけてくれていたのだろう。


「いえ、この子達におすそ分けをしたいのでいつものようにチェックをお願いしたいんですが……」

「ああ、そういう事! 貴方達よかったわねえ~、素敵なサンタさんからプレゼント貰えて」


 まるで映画のワンシーンのように、大きな身振り手振りを交えて話す師長さんに子供達が笑顔を見せている。


「いいでしょー!」

「早く! 早く食べたい!」

「みーちゃん、ふあふあいっぱいがいい!」

「わ、私もにカステラが欲しいです……」


 子供達の様子に、師長さんが悪戯っぽく笑って紙袋の中に手を差し入れた。


「どれどれえ~……あ、これはみんなにはダメかなあ~」

「「「「え」」」」

「何てね! 問題なし!」

「もー! 早くちょーだい!」

「はいはい。吉川さんにありがとう、忘れないようにね?」

「「「「はーい!」」」」


 さすがだ。子供の扱いが手馴れている。愛情豊かに、優しさたっぷりに。命に携わる仕事をしている人は皆こうだ。一生懸命に人と向き合い、支え、共に悲しみ、喜びを分かち合う。


 私達も今まで、どれだけ助けてもらったことか。ましてや、私達は師長さんが新人としてこの病院に配属されてから、かれこれ20年以上はお世話になっている。


「はい、おしまい。でもクリスマス会でケーキが出るからほどほどにね~。……じゃあ、吉川さん」

「横田さん、いつもありがとうございます」


 私を見た師長さんが、一瞬だけ唇を嚙み締めたお辞儀をし、私もそれにならって頭を下げる。


「コールして下さいね。駈けつけますから」


 その言葉に顔を上げた時、師長さんは優しい笑顔に戻っていた。背中を見せてステーションに歩いていくその姿に、また頭を下げる。


 そう。


 あの人と長い付き合いだったのは私達だけじゃない。この病院で出逢った多くの人達が私達を見守ってくれた。支えてくれた。応援していてくれた。


 時が移ろうと、世の中が変わりゆこうと、それは何一つ変わらなかった。そしてそんな優しい想いの力は、こうやってこれからを生きるこの子達のいしずえとなり、きっと受け継がれていくのだろう。


「お婆ちゃん、ありがと! はい、これ!」

「いいえ~。こちらこそいつも遊びに来てくれてありがとうね……あら、これは?」

「お爺ちゃん達にね~、お手紙渡してほしいって頼まれたんだ!」

「みーちゃんは『一番』なの!」

「あら、お手紙なのね。ありがとう」


 ……手紙?

 一番?


 渡された三つの折り紙を見ると、確かに番号が振ってある。

 

「ね、ねえ。お爺ちゃん達って誰?」

「三人のお爺ちゃん!」

「サンタのカステラの事も教えてくれたんだ!」

「真っ白いおひげのサンタさんがいたの!」

「ええと、三人のお爺ちゃん? サンタさん?」


 訳が分からない。でもサンタのカステラがある事を知っているとしたら……もしかするとお見舞いに来たあの子が子供達に教えた? 


 いや、それはどうなんだろう。接点が見当たらない。


 あの子も来る度にお菓子を配っているのなら話は別だけれど……。三人のお爺ちゃんも見当がつかない。今日一緒に来たのは奥さんと娘さん、お孫さんの四人だった筈だ。


「クリスマス会が始まっちゃう! お手紙読んでね!」

使のお姉ちゃんも行くよね! 先行くね!」

「そ、も五回は口止めしましたよね……」

「みーちゃん置いてかないでえ!」

「あ、ちょ、ちょっと……」


 子供達が背中を見せ、駆けていく。が、全員じゃない。年上の女の子だけが、頭を抱え込んで立ち尽くしている。


「子供と秘密の関係性を思い知りました……」

「ね、ねえ、貴方」

「主様、ニコラウス様、お許し下さ……あ、はい」

「聞きたい事があるんだけれど……」

「それには及びません」


 持っていた折り紙を組み合わせた手の中に入れ、祈りを捧げている。


 さっきまでのどこかお道化た雰囲気とは違うその真剣な表情に、言いようがない神々しさが宿っているように見える。


 主様?

 ……ニコラウス様?


 ニコラウス……聖、ニコラウス? 

 サンタクロースのもととなった聖人だ。


「さあ、これを」


 祈り終わり、差し出してきた折り紙を手に取ると小さな両手が私の手を包み込んだ。


「あ、あの」

「最後に読みなさい。その中に貴方が知りたい答えがあるでしょう」

「……え?」

「『祝福』を。さあ、今すぐに愛する者のもとへ向かいなさい」


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