第13話 辿り付けなかった言葉

 この情景の数々は、私にとって何よりも嬉しいクリスマスプレゼントだった。忘れたくない、と必死に繋ぎ止めていた、消えかけていた思い出を取り戻す事ができた。


 零れ落ちていた、記憶の欠片達。



 むせ返りそうな程の雨の匂いの中、不思議な高揚感にはしゃぎながら手を繋いで走った。


 汗ばむ夜に星空と月を見上げながら、何度も顔を見合わせては肩を寄せ合って笑った。


 凍える寒さに震えながら一つのポケットの中でお互いの手を暖め合った、泣きたくなる程の幸福感。


 クラス替え、期待と不安を胸に貴方と見上げた掲示板。



 またね、の一言が言えずにゆっくりと歩いた帰り道。


 教室でふとした時に目が合う、気持ちが繋がっている感覚。


 どちらからともなく手を伸ばし、当たり前のように手を繋ぐ嬉しさ。


 心躍る、夢のような毎日だった。



 けれど。


 この欠片達が教えてくれたのは、それだけじゃない。



『縁側のある平屋って風情があるよね。最近はクリクリおメメのご近所の三毛猫ちゃんも遊びに来てくれるの。たまに貴方と一緒にオネムしてるの可愛いよ、ふふふ』


『今日は星が良く見えるわね。夜空、お月様、瞬く星、貴方、私。……時が経っても、見る場所が変わっても、安心して? あの頃と何も変わっていないわ、な~んにも』


『貴方……お義父様が…………。「澪さん、本当にありがとう。私達家族は貴方のお陰でかけがえのない人生を送らせてもらった」って……。お礼を言うのは私の方なのに……ううっ……』


『私も貴方も、白髪の方が遥かに多くなっちゃったわね。まさかお爺ちゃんとお婆ちゃんになってもどころか、毎日手を握ってるなんて……甘えてばかりで、寂しがり屋でごめんなさいね?』


『あの子、今日はお孫さん連れてきたわ。可愛い女の子。貴方が助けた命が、新しい命の護り手になるって素敵。……もう、手土産はいらないって言ってるのに、律儀過ぎなのよねえ』


『もし、ふさふさ真っ黒のポニテがちらり、と見えたらそれは私だから、立ち止まってくれる?』


『で、ね? ここからは少し真面目な話をしてもいいかしら』


『……本当は、怖いの』


『私は、貴方の言葉を、想いを。どれだけ、受け止めれてあげれなかったんだろう』



《平屋、縁側、庭、通りすがりの猫……素敵だね。猫と楽しそうに会話してる澪の顔、想像するだけでこっちまで楽しくなってくるよ》


《変わらないように思わせてくれてるのは君だよ、澪。君が僕らの想い出を、そして今の僕を、父さんや母さんをあの頃と同じように大切にしてくれているからだよ》


《父さん、ごめん……親不孝な息子で本当にごめん。いつかはもしかしたらと信じてはみたけれど、目覚める事さえ叶わなかった。母さん、父さん……僕は諦めない。だから、いつかまた……貴方達の息子にして下さい》


《澪、君は僕の夢を全て叶えてくれた》


《……僕は本当に幸せだった。どんなに感謝をしてもしきれない》


《そうだよ、澪の言うとおりだ。あの子が自分を責める必要なんてない。君が勝ちとった命だ。それは君の持っていた運と命の力でしかない。君が幸せなら僕も嬉しいし、僕も幸せな人生を送らせてもらった》


《もちろんだよ。次こそは絶対に君を幸せにする。必ず、君の元へ》


《澪……》


《そんな事はない! 君と生きたかった。君の願いは僕の願いだった》


《これは……澪と僕の記憶? 何て奇跡なんだ!》


《……違うよ澪》


《そうじゃない。君が自分を責める必要なんてどこにある?》


《息苦しい。もう僕は駄目なんだろう。でもこんな悲しい思いに囚われた澪を置いて死ぬ訳には! どうしたら……どうしたら!》


 …………


 ………………


 ………………………………












「………………」


 まぶたに、ほのかな光を感じる。

 貴方と私の声も途切れている。


 目を、開ける。


 ベッドに横たわる貴方、窓の外で降りしきる雪。夢うつつになる前とほとんど変わらない光景にホッとする。


 少しだけ速く苦し気になっている呼吸に手を伸ばして。


 手を、止めて。

 止めて。


 躊躇ためらった手を伸ばし、身体をさする。


「貴方……貴方、ごめんなさい…………」



 私は貴方の事を想って、本当の意味で寄り添ってきたのだろうか。過去の断片の中で、私は貴方の言葉を、気持ちを……何一つ汲み取れていなかった私が、だ。


 何一つ。

 何一つも、だ。


 50年。

 

 私に辿り着けなかった貴方の数々の言葉は、想いは……どうする事も出来ずに消えていった。


 本当なら私がもっと努力すれば、貴方と本気で向き合えば違う『今』があったんじゃないか。笑顔の貴方と過ごす未来があったんじゃないのか。


「私は……私、は……何て酷い……事、を……」


 息が苦しい。

 眩暈めまいがする。


 いや、苦しいのは貴方だ。

 辛いのも、辛かったのも貴方だ。


 せめて、貴方を見送るまでは。

 それ、までは。





















 こん、こん。





















「お婆ちゃーん!」


 ……………………え?

 

「メリークリスマス、サンタだよ! お菓子ちょうだい!」

「あー! みーちゃんも! みーちゃんもお菓子ぃ!」

「サンタの甘いふわふわ下さい!」

「こ、こら~。みんな、し、静かにしてえ~」

「「「はぁ~い…………お・か・しぃ~」」」


 ……子供達?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る