第10話 今だけは

 また、場面が切り替わった。


 学校の校庭。


 夜空を見上げながら、その美しさに声が出ない私を映し出している。これは付き合い始めた頃に初めて、二人で星を見に行った時だろう。


『ふおおおお……。” 今日は星がよく見えるよ ” って、この事だったんだ! 誘ってくれてありがとう! めちゃめちゃ綺麗だあ……って、長谷川君は星見てる?』

『あ……星と同じくらい吉川さん、キラキラしてるなあって』

『おおおぅ……』


《うう……思わず本音が出てしまった。でも、本当だよ?》


 あれは強烈な殺し文句だったなあ。私、耳まで熱くなったのを今でも覚えていますよ、貴方。



 海。貴方の視線がどことなくぎこちない。私や風景を交互に見たり、砂浜を見たり。初めて水着を見せた時かな? ああ、私も随分と挙動不審になってるわね。パーカーに手をかけて真っ赤っかになっている。


『いっせーのせ! で、いいい、いくよっ、圭一けいいち君!』

『は、はいですみおさん』


 いっせーの、せ!!


『『きゃあああああああ!!』』


《……あああ、直視できない!》


 うん、覚えてる。二人して叫んだなあ。


 貴方が実際にそんな事を考えていたらと思うと笑ってしまう。とはいえ、私も貴方に背中を向けてました。思っていたよりも筋肉質だった貴方に。


 楽しい。

 懐かしい。

 嬉しい。


 また、映像が切り替わる。



「真っ暗……」


 これは?

 さっきまでの光景が噓のように、一面が闇に包まれている。


 そうだ。


 走馬燈であれば、これは私の命が尽きる迄の映像でしかない。もし、私の命が今この瞬間に尽きようとしているのなら。


「このままじゃ嫌。最後は貴方の傍で……貴方? 貴方?!」


 周りを見渡したつもりでも、何も見えてこない。胸が締め付けられる。不安が募っていく。


『こんにちは! 圭一君、具合はどうですか!』


 えっ?


 暗闇の中に、声だけが響いた。


『もう、無茶しちゃって。でも男の子はかすり傷だけだったって。だから安心して起きてきてね? 私ちょこちょこ来ちゃうんだから。圭一君が目を覚ましたら、お説教しちゃおうかな! なーんてね! ……もう。心配したんだから……ずずっ……あ! トイレ行ってくるね!』


《…………澪? ……ここは? 身体が動かない。目が開かない。声が出ない。男の子? 事故? …………あ、あの男の子、助かったんだ。よかった》


 貴方の声。


 まさか……事故の後?

 続いてる?!


 真っ暗な視界の中で、聞こえる声だけを懸命に追う。



『こんにちは! 圭一君はまだ寝坊助ねぼすけさんですね~。でも……車の前に飛び込む時、絶対怖かったよね。今はゆっくり寝てね。私、圭一君が起きるの、笑ってくれるの待っててもいい?』


《澪、ごめんね。もう少し、もう少しだけ時間が欲しいんだ。僕、頑張るから。絶対に頑張って目を覚ますから》


 声が。

 声だけが。


 矢継ぎばやに聞こえてくる。


 まるで、あの頃の私達を照らし出すように。



『こんばんは! 皆勤賞継続中! 三か月目には賞状くれますか! ……鬱陶しかったら、こらあ~! って怒ってもいいからね?』


《何も変わらない。何もできない。なのに声だけは聞こえてくる。事故から三ヶ月。もしかしたら、僕はもう……》


 ……これは私の妄想なのだろうか。それとも本当に貴方の想いなのだろうか。


 わからない。

 わからない。


 でも。


 聞きたい。

 聞いていたい。

 久しぶりの、愛しい貴方の声。

 

 せめて、せめて…………今だけは。

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