第9話 貴方の

「え? ね、ねえ! 私の事、見えてるの?!」

『あ、あの……』


 何を話そう。

 何て話そう!


 未来の私だって言っても……生徒の父兄、いや定年で退職した教師とかはどうだろうか。


『あ! いや、その……吉川さんいきなりごめんね。いつも熱心に本を読んでるのなあって……ぼ、僕も本読むのが趣味で! もしよかったらおすすめの本、教えてもらえないかな!』


 ?!


 ……


 …………


 ………………まさかこれ、貴方の目線?!


 そういえば、これはあの時じゃないか。緊張のあまりに早口でまくし立てて話しかけてしまったと、照れながら教えてくれたあの日。


 懐かしい。

 大好きな貴方の、大好きな声。


『は、はあっ?! ……せがわ君も本が好きなんですか? それは奇遇ですねっ……お、おすすめ?! ちょちょちょ、ちょっと待っ……あ! あああ、おすすめの本、今日持ってます!』


《よし! ちゃんと話しかけられた……って、えええ?!》


 顔を真っ赤にして通学カバンの中から次々と本を取り出していく私と、慌てる貴方に笑ってしまう。


 そう。


 自分から友達を作ろうとして何度も失敗をした私は、それでも諦めきれなかった。誰かがこうして私に話しかけてくれる事を、ずっと待っていた。






 待っていたんだ。






 映像が切り替わる。


 学校帰り、公園のベンチで肩を並べて座る私達がいる。



『え? 今度の週末?』

『もし、よかったら。よかったら! なんだけど……駅前広場で古本市やるんだって。吉川さん、一緒に行かない?』

『え、行きたい! けど……、でも、その、長谷川君。わ、私は平気だけど? こうして仲良くしてくれるのは嬉しいけど? ……もし一緒にお出かけしてるところを見られたら、みんなに勘違いされちゃうよ?』


《……いきなりだし断られちゃうかな。でも一緒に出掛けたいんだ。君の喜ぶ顔が見たいんだ》


『お願いします!』

『えええ?! 私の話、聞いてた?』

『吉川さんと行きたいんだ! それに勘違いは見た人の勝手でしょ?』

『もう! ……は、はい。喜んで』


 初めてのお出かけは古本市だった。嬉しかった。本の貸し借りをするようになって、しばらくしてからの事だ。



 人ごみの中で何度も手が触れて、そっと袖を握ったら躊躇いがちに手を繋いでくれた、あの時の私達。


《ど、どうしよう。あまりの可愛い仕草につい思わず……。吉川さん、嫌がって振り払ったりしないかなあ……もう少しだけ、もう少し》


 結局はご飯を食べにお店に入るまで気付かない振りをして、二人とも手を繋いだまま離さなかったんだ。


 手を離したらもう二度と繋げないんじゃないかって……お互いに思ってたなんて、ね。



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