第8話 走馬燈?

 昔の記憶?

 夢でも見てるの?


 ……走馬燈?


 私が?

 私の命も、今日までだったという事?


 でももし、そうだとしたら……。



 もしもの時に貴方の後を追おうか、と考えた事が無い訳じゃない。


 魂でなら、話ができるのではないか。自ら死を選んだ私と貴方の行き先は違えども、最後の別れができるのではないか、と。


 でも。


 私に貴方への愛情を、想いを託していった皆が、果たしてそんな未来を望んでいたかと思うと、持ち直す事ができた。


 皆が、貴方が目を覚まして残りの人生を幸せに生きる未来を、起こりうる奇跡を、私達の幸せを願ってくれていた。


 そして。


 何より、貴方が私を許さないでしょう。


 私ももちろん、そんなつもりで貴方と生きてきた訳ではない。


 けれど。


 今日この日が運命だったのなら、喜んで受け入れる。

 貴方と同じ日に、眠りにつく。


 最後に、ほんの一言だけでも。

 本当に幸せでした、の言葉だけでも。


 伝えて、貴方を見送る事ができるのなら。



「ああ、懐かしい……ブレザーだから高校の時ね。貴方が出てこないかしら……」


 私の声に、あの頃の私が振り返る事はない。それはそうだろう。


 これは走馬燈なのだから。


 陽が陰り出しただいだいの光の中で、あの頃の私は英和辞典を机に広げて外国の小説と格闘している。


「あはは、涙目。原典と英和辞典とどっちをメインで読んでいるのかわからないくらいね。あの頃はスマホなんてなかったし……」


 同級生が部活や勉強、恋愛に流行りのものの話で盛り上がっている中で、私は本が友達で恋人だった。


 自分に自信がなく引っ込み思案で、クラスメイト達との共通の話題と丁度いい距離感を掴めなかった私は、中学でも高校でも教室の置物のような存在になっていた。


 そう。 


 貴方が私に声を掛けてくれるまでは。


「何を読んでたんだろう、この時は。……それにしても、まるでカメラマン気分。映されている私はヒロインには程遠いけど、こう見るとまるで主役ね。ふふふ」


 背中までの黒髪に、目を隠すように前髪を垂らしている私に、ゆっくりとカメラが近づいていく。


 ポニーテールにしたのは、貴方が似合うって言ってくれたから。それまではこんな風に、前髪を上げた事すら無かった。


 たくさんの元気と、猫背を伸ばして前を向く勇気と、好きな人と寄り添って歩いていく夢と……溢れん程の愛しさを、貴方が教えてくれた。


 あの頃の私を眼前に見下ろす位置で、動きが止まる。必死に原典を訳そうとしている私と英和辞典、原典と窓の外の樹を交互に映し出していく。


「……いっそ、あの頃の私と会話できたらいいのに。……おーい、吉川みお~。未来の私とお話をしません? なーんて」







 ぴたり。







 英和辞典をめくっていた手が止まった。


 恐る恐る、といった感じでゆっくりと見上げてくる、私。


 目が、合った。


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