太陽さんの過去⑤

『私たちの勝ちだ』という、負けフラグにしか聞こえないセリフを放ったものの、試合は危なげなく勝つことができた。


伊集院さんも強かったけど、相手が悪すぎた。


このまま、試合に勝って、めでたしめでたしとはならなかった。


それは


「キャーー! 月さん、かっこよすぎー!!」

「月さん、抱いてーー!!」

「私をお姫様抱っこしてーー!」


そう。女子たちの黄色い声援である。

目立たないようにしないといけなかったが、めちゃくちゃ注目を浴びすぎてしまった。


うんこれは、少しやりすぎてしまった。

いや、少しどころではないか?


でも、これくらい本気を出さないと20点なんて得点差は跳ね除けられないわけで...。



そして、さらに僕を悩ますのは、目の前で忠誠を誓う騎士のように、膝をつく伊集院さん。


「月さん、完全に私の敗北ですわ。この学校生活貴方にすべて捧げますわ」


「えっいいですよ」


「いいえ、負けた者は勝った者に従うのが道理ですわ。どんなことでも仰せのままに!」


「……どんなことでも?」


ってことは、例えば――あんな命令とか、こんな命令とか……ふふふ。


頭の中で都合のいい妄想が展開される。目の前にいる伊集院さんが、僕のあんなお願いやこんなお願いに従う姿……!


『わかっているとは思うけど、変な事を言ったらわかってるよね?』


妄想を働かせていると、イヤホン越しに月からの牽制が入ってしまった。


「うーん、それじゃあ私と友達になってくれないかな?」


「そっそんなことでよろしいのですか?」


驚きで目を見開く伊集院さん。

そんなに、驚くような内容かな?


「ええ、伊集院さんに興味を持ったので」


なんとなく、彼女と接していてわかったことがある。

伊集院さんは、ちょっと不器用なところがあり、一生懸命すぎるだけでそんなに悪い子ではないということ。


これを機に月の友人になってもらうのが良いだろう。

さすがに、あのコミュ力のまま放置していては、将来が心配だし。


そして、あわよくば女友達を紹介してもらえれば完璧だ。


「……月さん、友達に……なれるなんて光栄ですわ! この伊集院明日香、全力で友情を捧げます!」


全力で友情を捧げますってなんだよ。その言い回し、いかにも伊集院さんらしいけど。


まあ、これで月の人間関係も少しは豊かになるだろうし、僕の生活もちょっとだけ楽しくなるかもしれないな。





あの後、オリエンテーションも大きなトラブルを起こすことなく終えることができた。


打ち上げに誘われて、二つ返事で行こうとしたが、月から止められてしまった。


うーん、女の子の知り合いを増やすための、内部工作をしようと思ったのに。


そんなこんなで、しぶしぶ帰宅。


「ただいま」


玄関を開けると、月が仁王立ちでいる。


ものすごく嫌な予感がしたので、回れ右して逃げ出そうとしたが、「太陽」と呼び止められる。


声がめちゃくちゃ冷たい。


「はい」


「これを見て」


見せられた、スマホの画面には、ダンクシュートやダブルクラッチでゴールを決める自分が映し出されている。


「バスケをしている自分だね」


「そんなん言わなくてもわかるよ!いったい、どういうこと!?なんでこんなに目立ってるの?」


「でも、実力を出せと言ったのは、月じゃない?」


「いや出せとは言ったけど、やり過ぎだよ!!!!こんなん、あたし学校に登校できないじゃん!!!!」


「まあ、病弱設定で行くんだし、なんとかなるんじゃないかな?」


「どこに、ダンクシュート、ダブルクラッチ、アンクルブレイクなんてプロ顔負けの技が出せる病弱の女子校生がいるの!??」


「ほっほら、ここは実は眠ると強くなる雷の呼吸の剣士みたいな、特異体質ですって言い訳を」


「できるか!!!」


「いやほら、世の中には僕たちみたいに特異体質の人がいるじゃん」


「そんなにいねぇんだよ!??私たち以上のやつなんてほぼいないよ!」


「うーん、確かに...」


「このまま、あたしが登校したら、絶対に運動ができないのが露見しちゃう...だからといって、保健室登校もきつい」


「そうかな?」


「というわけだから、こうなったらしょうがない。太陽は私の代わりに3年間女子校で過ごしてもらおう」


「いや、僕には通信制の高校に通いながら、だらだらと過ごす野望があるから」


「これ見て」


スマホの画面には、女装させられあられもない自分の姿。


「こうすれば問題ないね」


すばやくスマホを奪い、写真を削除。


「クラウドにアップ済みよ」


「.......」


「言うこと聞かないと、これ5chに貼るよ」


こいつ人の心とかないんか?


「わっわかったよぉ」


拒否権はなかった。

こうして、僕は女装して高校生活を送ることになってしまったのだった。


 



「とまあ、こんなことがあって今も月として高校に通っているんですよ」


太陽さんの話がようやく終わり、俺と姉は同時に叫んだ。


「「いや、それなんてアニメ!!???」」


時々、急展開すぎて話題についてこれなかった。

特異体質って何!??

いや、ツッコミどころが多すぎて何から突っ込んでいいのかが、わからない。


「まっまあ、今日のことは、他のバイト仲間には内緒にしておくよ」


「あっありがとうございます莉乃さん」


姉がようやく口を開く。俺も完全に同意だ。

こんなこと他の人に話したら、大騒ぎになる。


「ただし、今日みたいに女装を悪用につかったらわかってるね?」


「わっわかりましたぁ」


釘を刺され、シュンとなる太陽さん。


「まあ、とりあえずこれからバイト先でもよろしく太陽さん。それで本物の月さんの方もよろしく」


「よっ……よろしく」


おずおずと返事をする月さん。なんだろう、この反応、ちょっと新鮮だな。


……いや、今日は本当に色々ありすぎた。


元々は姉のデート作戦を手伝うだけのつもりだったのに、まさか太陽さんと月さんのこんな真実を知ってしまうとは。


うーん、これから今まで通りに接することができるんだろうか。


いや、絶対無理だよね。


俺は頭を抱えながら、そっとため息をついた。








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