太陽さんの過去②


「そっ、それで、太陽さんは入学式どうしたの?」


話の続きが気になりすぎて、思わず前のめりになってしまう。

姉も同じように興味津々だ。


「えっとですね…」


太陽さんは語り始めた。





「ここが、白百合女学院かぁ…」


目の前に広がる豪華な校舎に、思わず立ち尽くす。さすが、お嬢様学校。まじで、アニメやゲームにそのまま出てくる感じ。


『おーい、何立ち止まってんの? 早く入れって』


イヤホン越しに聞こえるのは、遠隔でサポートをしている月の声。

気分は、○タルギアのスネー○だ。


「いやいや、男子禁制の場所に踏み込むってのは、精神的にキツイんだけど…」


白百合女学院は男性職員もおらず、完全な男子禁制だ。

そんな場所にいるのだから、比較的メンタルが強い自分でも、緊張してしまう。


『大丈夫だって。今のお前は完璧に女の子だ。ほら、自信持って』


「そう言われても…」


いくらそう見えるって言われても、心はまだ男子だし。そんな風に尻込みしてると…


「あの、どうかしましたか?体調が悪いんですか?」


「えっ?」


振り返ると、そこにはお嬢様オーラ全開の美少女が!

さすが白百合女学院、顔面偏差値まで高いとは。


「えっと、その…」


やばい、完全にパニクっている自分。こういう場合、なんて返事をすればいいんだ!?

月、指示をくれと、イヤホンごしの反応をうかがうが、返事がない。

…あれ、無反応?


「本当に大丈夫ですか?保健室に連れて行きましょうか?」


焦っている自分の表情を見て、さらに追撃してくるお嬢様。


「あの~どうかされましたか?」

「体調が悪い方ですか?」

「先生をお呼びしましょうか?」


そのうえ、他の生徒たちも次々と集まってくる。やばい、このままだと正体バレる!

女装して女子校に侵入した性犯罪者になってしまう。


「全然大丈夫ですわ!ごきげんよう!」


「えぇぇぇぇ!?って、すごく足早っ!!」


完璧なアドリブをキメて、全速力で退散。

今の自分の速度なら、ウマ○にだって負けない。





ひたすら走って、ようやく人通りの少ない場所にたどり着いた。


「はぁ、ここなら誰もいないよな……。おい、月!なんでさっき、黙ってたんだよ!」


『し、仕方ないでしょ!同世代の子と話すなんて、本当に久しぶりだったんだから!』


こいつ、月は、中学の時から授業が面倒くさいって理由で家に引きこもりっぱなしだった。結果、コミュ力はゼロに近い。


「それにしてもさ、作戦くらいは考えておけよ。僕の天才的なアドリブがなかったら、今頃バレてたかもしれないんだぞ?」


『はぁ!?天才的なアドリブ?何がよ!今どき「ごきげんよう」なんて挨拶を使う女子校なんてないからね!?』


「そ、そうだったの……」


お嬢様学校って聞いたら、つい「ごきげんよう」だと思っちゃったんだけど、どうやら違ったらしい。僕の女子校に対する幻想が一つ、音を立てて崩れた。


「えっと……旧校舎の近くで、何してるんですか?」


「んえ?」


また声をかけられた。僕がこんなに女の子から話しかけられるのは久しぶりだ。一ヶ月分の女運を一気に使い切った気がする。


「いえ、なんだか誰かと話してるように見えたので……」


やばい、見られてたか。どうする?どう対応する?とりあえず月からの指示を待ってみる。


『………………』


イヤホン越しに、沈黙。おい、月。返事がない……。もういい、どうなっても知らない!


「私、実は幽霊が見えるんです!」


「えっ……」 『はぁ???』


目の前の女生徒がポカンとした表情を浮かべ、イヤホン越しに月の困惑した声が聞こえる。まあ、当然のリアクションだよな。


「実は今、目の前にいる見えないお友達と会話してるんですよ」


「そっ…そ、そうなんですか?入学式が始まるので、急いだほうがいいですよ。それでは…」


そう言い残して、女生徒は急ぎ足で去っていった。どうやら作戦は成功したみたいだ。


『何言ってんの、太陽!?』


「しょうがないだろ。こうするしかなかったんだよ。」


『にしてもさ、その言い方!これじゃ私が頭のネジが外れてる変な子に見えちゃうじゃん!』


「え、外れてないの?」


『いやいやいやいや、私はまともだから!』


頭のネジがちゃんとしてる子は、薬を使って脅迫とかしないと思うんだけどなぁ。


「でもさ、もともと保健室登校する予定なんだろ?だったら別に問題ないんじゃないかな?」


『まぁ、関わることがないならいいけど……でも、これ以上は本当にやめてよね?』


「了解了解」


少し肩をすくめながら、これ以上の問題を起こさないように、慎重に行動しようと心に決めた。





あの後、なんとか無事に入学式の挨拶を乗り切ることができた。これも全部、事前に月が用意してくれていた原稿のおかげだ。


さて、挨拶も終わったし、帰ろうかと思ったその時、思ってもみない事態が起こった。


「はーい、それでは、新入生オリエンテーションを始めます!」


学年主任の先生が、にこやかにアナウンスする。


……え?

オリエンテーションって、聞いてないんだけど?


『ご、ごめん……入学式のパンフレット、ほとんど読んでなかった』


「えぇぇぇ、確認しておいてくれよぉぉ!」


『と、とりあえず、無難にやり過ごして!』


「いやいや、人任せかよ……」


その後、始まった新入生オリエンテーションは、僕の人生を大きく狂わせることになる。


これが、まさか僕を女装生活へと引きずり込むキッカケになるとは――その時の僕には、まだ知る由もなかったのだ。







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