デート作戦開始
『すみません、お待たせしました』
イヤホンから、姉のものと思われる声がする。
姉のものと表現したのは、いつもと声のトーンが大分違うからだ。
なんか、男性に媚を売ってる女って感じだ。というか媚を全開に売っている。
『あっ全然大丈夫ですよ!それより、莉乃さんメニューどうぞ。僕はもう決めたので』
対面にすわっている太陽さんの声も、はっきりと聞きとれる。
さすがは、高性能なイヤホンだ。
このイヤホンは、姉に借りたもの。
絶対に壊すなと念を押されたので、通販サイトで調べてみたら、5万円もした。
俺のバイト代、5日分。
まあ、高額なだけあり、集音性能は抜群。
それに5万のイヤホンと聞くと、音質も違うような気がする(おそらくはプラシーボ効果)。
『あら、ありがとう。何を食べようかしら』
「ぶふぉっ」
あまりに猫を被った姉の喋り方に、思わず吹き出してしまう。
これは、反則すぎる。
あんた、普段「〜かしら」なんて、絶対に言わないだろ。
「ちょっ、凛さん急に吹き出さないで」
「ごめんごめん」
「そうだ、イヤホン片耳貸してくれない」
「そうか、聞こえないもんね」
片方イヤホンを差し出す。
「ありがとう」
イヤホンを装着する月さん。
イヤホンをシェアするって恋人っぽいな。
「なにか、変なこと考えてない?」
「えっなっなにも考えてないよ」
「ふぅーん」
姉の会話は今のところ、問題ない。
いつもと比べ、声が一オクターブ高いことを除いては、いたって正常だ。
会話内容もお互いの学校のことなど、当たり障りがないものがほとんど。
まずは、お互い探り合いといったところか。
『太陽くんは、何か好きなアニメがあるの?』
踏み込んだ質問をする姉。
こういった質問はかなり回答に悩む。
メジャーな誰でも知ってるアニメか、マイナーなアニメのどちらを言うべきか。
メジャーなアニメにすると、こいつ浅いオタクって思われそうで、オタクとしてのプライドがちょっと許さない。
だからといって、マイナーなアニメを選べば、オタクキモ...っとなってしまう、可能性がある。
『うーん、そうですね。最近だと、ウマ嫁が好きですね』
『ふーん、なるほどねーウマ嫁ねー』
ついに来た!
この日に備え、姉と簡単な合図を決めた。
姉が、『なるほどねー』というセリフを言った時、自分が返事を考え答えるというもの。
「ウマ嫁は、私も好きだよ!」
『そうなんですか、同じものが好きで嬉しいです!莉乃さんは、なんのキャラクターが好きですか?僕は、ワンハッタンカフェが好きです』
「そうですね、1番好きなキャラクターは、アグニスタキオンですかね。最初は、ただのマッドサイエンティストのキャラかなと思ったんだけど、全然そんなことはないんですよ。実は、誰よりも熱い思いをもってて、諦めが悪いってところが本当に素敵なんですよね。その、諦めの悪さというのが、根性の成長補正にもかかっているのが、本当に熱いんですよね。それと、あと私生活がダメダメなところとかも、いいんだよね。お世話をしてあげたくなる感じもあってね。ああ、将来慣れることなら、タキオンのお世話をしたいなぁ。タキオンって本当に、独占欲も強いからさ、お互いにダメダメになりたい。タキオンと共依存になりたい。タキオンの全てを管理したい。それで、こう言わせるんだ。『トレーナーくんには、下の毛まで管理されてるねぇ』ってね。そういうところ含めてタキオンが1番好きなウマ嫁かなぁ。まあ、もちろんみんな好きだけどね。ワンハッタンカフェもなんなら大好き!」
言った後に、ハッとする。
やっちまった...。
フェアリーガーデンで接客している時と、つい同じノリで喋ってしまった。
やはり、ウマ嫁について話すと、熱くなりすぎてしまう。
対面に座っている月さんは、うん、ドン引きした顔をしている。
ちょっと、フェアリーガーデンでは、あれだけニコニコしてくれてたのに...。
『すっすごい熱量ですね。僕はそこまで、細かく見てなかったです』
やべぇ、太陽さんドン引きしてるよ。
声音でわかるよ。
確かに、メイドカフェに来てくれるお客さんなら、それくらいの熱量でも大丈夫だけど、一般人にそのノリはきつかったかぁ。
いや、それよりも気にするべきは姉だ。
さっきから、イヤホン越しから、ものすごいプレッシャーを感じる。
『あはは...、ちょっとアルバイト先に連絡していいですか?』
にこやかにスマホを、いじる姉。
レインが鳴る。
メッセージはもちろん姉から。
内容は『言葉に気をつけろ』それだけ。
やべぇ、超怒ってるよ。
文字が少ないのが、逆に不気味だよ。
これ、下手したら殺される勢いだよ。
『ごめんね、連絡終わりました』
『全然大丈夫ですよ。それで....』
再開する2人の会話。
イヤホン越しからの圧が強いので、無難な返しを努めることにしよう。
学校での、陰キャである凛のスイッチをオンにし、無難な返しをする。
あれから、三十分ほど無難な会話をこなした。
突然だった。
会話の中で、とんでもない爆弾が投下されたのだ。
『実は月は百合なんだ』
『それって、女の子が恋愛対処として好きってこと?』
『そうなんだ』
「えっ?マジ?」
思わず、月さんの方に目をやってしまう。
月さんは慌てて、
「いや、違っ」
月さんの言葉を、姉の返答ここが遮る。
『そっそうなんですね。でも、まあ性嗜好は人それぞれだからね』
戸惑ったような姉の声。
当然の反応。
いきなり『妹が同性愛者なんだ』を告白されたら、誰だって戸惑う。
俺だって戸惑う。
『ありがとうございます!莉乃さんが、同性愛を否定しない人で本当に嬉しいです!』
『まあ、女の子が好きでも、月ちゃんは大切な同僚だからね。気にしないよ!』
『本当に月はいい同僚をもったんだね』
おそらく、忖度抜きで発した姉の言葉に太陽さんも感動している。
月さんにいたっては、感動のあまり俯いて、プルプルしている。
「月さん、いいお兄さんを持ったね!俺も同性愛とかは気にしないから大丈夫だよ!」
「......」
太陽さんは続ける。
『だから、フェアリーガーデンで月に会ったときは、抱き締めてあげたりしてほしいんだ。それを他の従業員にも伝えてほしいな』
『えっと、それくらいでしたら全然』
月さんの体の震えが、一段と大きくなった。
大好きな女の子とのスキンシップが増えて、喜んでいるのかな?
『ありがとう!それと、話といっちゃ、なんだけどキスとかも軽くしてもらえると月も喜んで....』
太陽さんがさらに、大きな要求をしたところ。
バンッ
店の中に大きな音が響く。
月さんが机を思いっきり叩いて、
「ちょっとあんた何言ってんのよぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」
店内に月さんの絶叫が響き渡った。
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