練習の日々

ダンス同好会のコーチに就任して、早くも数日が経過した。ここでは、基本的な動きを教えることが主な仕事だ。難しい振り付けやテクニックはとても教えることはできないので、月さんとのレッスンで学んだことをそのまま伝えるスタイルを貫いている。


「うーん、日向さん、激しい動きの部分ではもう少しキレを出した方がいいかな」


「ありがとう!うーん、やっぱり後半になるとどうしても動きが鈍くなっちゃうね」


観察してみると、ここにいる全員ダンスが下手というわけではないのだ。個々が自分なりに練習を積んでいて、振り付け自体も悪くはない。しかし、やはり気になる点がある。


「やっぱり、体力作りや筋トレをもっとしっかりやった方がいいかもしれないね」

と提案してみた。


「体力作り?」と、日向さんや他の部員たちが疑問の顔を浮かべる。


ダンスには基礎体力も欠かせないと感じた俺は、思い切って提案を続ける。


「ダンスには、基礎体力も必要だからね。とりあえず、今日は走り込みに行こう!」


「えー」と、不満げな声が上がる部員たち。


まあ、走るのはダルイから、気持ちもわかる。


「体力も作りも重要な要素だよ!」


「わかったよぉ…」


部員たちはしぶしぶ頷いた。





ランニングを終えた。


「ふう、よく走った」


「ぜえぜえ、疲れた」


他の部員たちはヘトヘトになっている。


「みんなもお疲れ様。さあ、ダンスを踊ろう」


「ちょっと待って休憩させてぇ」


「ていうか、井ノ崎君なんでそんな体力あるの?ほかの男子と比べても遥かに細いのに」


日向さんが息を切らしながら言う。


部長含めた、他の部員たちは自分の体力を見て、信じられないという顔をしている。


「いやぁ、俺もそんなに体力はある方ではないんだけど、一応週三回から四回くらいは走ってるかなぁ」


ちなみに走っている理由は、姉の大学デビュースタイルの維持のために、無理やりにつきあわされたからだ。なぁにが、夜のランニングは変質者に襲われるから怖いだ。ふざけろ。

おかげか、シャトルランの回数が、中学の頃と比べ二倍くらいになってしまった。


「すごいなぁ、それがダンスを上達するコツ……」


「まあ、体力あれば、踊り続けられるからね。とりあえず、休憩してていいから、俺のダンスも見てくれないかな」


そう言い、ダンスを踊り始める。


こうやってコーチをするがてら、自分のダンスを見てもらっている。


「ふぅ、どうかな?」


「やっぱり、井ノ崎君ダンスうまいね」


日向さんに続いて、他の部員も自分のダンスを称賛してくれる。


「はは、ありがとうございます」


「そう言えば理由を聞きそびれてたんだけど、どうしてここの同好会に入ったの?」


そう言えば、結局、入部の際にダンスを見せたりしたりしたが、入部理由は言っていなかったな。


「そうだね、仕事でダンスが少しスランプになっちゃって。その弱点を克服するのにも、学校の同好会で練習してきた方がいいと、アドバイスをもらって」


「へぇ、あれだけダンスがうまくても、やっぱり息詰まることがあるんだねぇ」




また、別の日。


「井ノ崎君、部活に行こう!」


日向さんが教室で声をかけてくる。


「ごめん、今日は仕事なんだ。部長には言ってあるから」


「わかった、頑張ってね!」


そう言うと、日向さんは部室に向かって行った。


『おいおい、噂は本当だったんだな』


『うん、井ノ崎君がプロのダンサーだという噂』


『そうそう、それでうちのダンス同好会を全国に連れていこうとしているらしい』


なにか、クラスでも変な噂が流れている気がしているが、まあ別に大丈夫だろう。

まあ、この噂が後々、大きなトラブルになってしまうのはまた、別の話。





もう一か月近くフェアリーガーデンでアルバイトをしたおかげで、すっかりメイドさんが板についてきてしまった。


萌え萌えキューンももうほとんど抵抗なくできるようになってしまった。


最近では、女性ものの下着を身に着けてみないと、香音さんに提案されているが、何とか最後の砦は死守している。


「凜ちゃん、このオムライスとライブのセットお願い」


「かしこまりました。ご主人様♪」


「今日は凜ちゃんライブやるのかな?」


常連のお客さんが、尋ねてくる。


「えーっと、そうですね……」


「あー、ごめんなさい。まだ、ライブ練習中で、その代わりに私が踊りますよ!」


答えに躓いていると、姉が助け船を出してくれた。


普段、家の中や外では俺のことをいいように使う暴君ではあるが、こういったところもあって実はなんだかんだ優しいのだ。あれ、普段厳しくして、時々優しくするのってDVの常套手段じゃなかったっけ?


「そうなんだ。梨乃ちゃんのライブも全然いいけど、早く凜ちゃんのライブも見たいな!」


「すぐに練習してできるようになるので、待っててください!」


こういった感じで、ライブができない間は、月さんや姉さんが主に、自分の代わりにライブをしてくれている。


いち早く、自分もライブをこなせるようにならなくては。





休憩中。


「僕の愛馬がずきゅんどきゅん」


カフェの休憩時間も、俺は練習をしていた。


練習の甲斐あって、1人で踊っている時には、なかなか様になってきた。


「わぁ~すごい踊れるようになったねぇ」


「うおっ香音さん」


どうやら、香音さんに見られていたみたいだ。

ちょっと恥ずかしい。


 「私も休憩~。凜ちゃん、練習の成果出てきてるね。そろそろ、ライブを披露してもいいんじゃないかな?」


「そうですね。でも、一人での時は踊れるんですけど、やっぱり、他の人の前になるとかなり動きがガタついてしまうんですよね……」


「うーん、それでも全然大丈夫だと思うんだけどな~」


「でも、お金をいただいている以上は、しっかりとライブをしたくて」


 香音さんは少し、考える仕草をし、


「そうなんだね。うーん……、そうだ、凜ちゃん明日時間空いてる?」


「明日ですか?空いてますけど」


「よかったら明日私とデートしない?」


「へ?」

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