入部テスト?
「テストですか?」
「あの……部長、うちのダンス同好会に入部テストなんてありましたっけ?」
ジト目になる日向さん。
「いやぁ、人生では一回は言ってみたくて」
てへと照れる部長。
どうやら、入部試験は冗談のようで、内心ホットする。
「あっそれなら、入部テストはないんですね」
ライブの緊張に慣れるために、ダンス同好会に入るのに、そのためにテストが必要なんてなったらとんでもない。
「まあ、テストはないけど。どうしてうちの同好会に入りたいのか教えてはくれないかな?」
部長は真剣な顔つきで聞いてくる。
「うーん、そうですね」
そもそも、同好会に入ろうとしたのは、月さんにアドバイス受けたからなんだよなぁ。
でも、それを正直言うわけにもいかないし……。
「そうですね。理由は、ダンスで語りますよ」
という訳で、よくプレイで語るみたいなことを言ってみた。
なんとなく、部長はノリが良さそうな気がしたから。
「ふふ、自信ありだね。それじゃあ、見せてもらおうかな」
やはり、部長は乗っかってきてくれた。
この人、少年マンガとか好きそう。
「望むところです」
「井ノ崎くんは、得意なダンスある?」
しばし、考える。
得意なダンスといえば、嫁ぴょい伝説でもいいが、さすがにやめておいた方が良さそうだ。というわけで、大衆向けアニメの曲にした。
曲の名前は「火あそび」というバンドの「ウマドル」だ。
「それじゃあ、踊りますね」
教室内にいる他の部員の注目も集まる。
少し緊張をしてしまうが、ステージに上がるのと比べるとまだまだなんとかなりそうだ。
緊張してしまったせいで、少し動きがガタついてしまったけど、それでも自分の中ではベストな演技をしたつもりだった。
「どうでしたか?」
「………」
返ってきたのは沈黙。部長の口から何も言葉が返ってこない。
「あの…、やっぱりダメでしたかね?」
「ごめん、びっくりした」
部長がようやく口を開いた。
それに合わせるかのように、日向さんや他の部員たちも首をたてにブンブンと振った。
「えっ、どうしてですか?」
もしかして、あまりにも下手だったのだろうか?前回フェアリーガーデンでのライブに比べたら、全然動けていたはずなんだけど。そんな不安に駆られる俺を見て、部長は再び口を開く。
「……だった」
「えっ?」
「とても上手だった‼」
部長が興奮した様子で叫んだ。それはまるで、月さんのパフォーマンスを見た観客のような反応だ。
日向さんを含めた他の部員たちも同じように驚きと感嘆の声を上げている。
「井ノ崎君、ダンスすごい上手かったんだ‼習っていたの?」
「そ、そうですね。」
メイド喫茶でメイドさんとして働きながら、そのステージで踊っていることなど、口が裂けても言えない。
「仕事でダンスやってます」
少しごまかすことにした。まあ、メイドのライブも仕事のうちだし、嘘ではないよね。
空気がピタリと止まる。
「すごーい!!!!!」
「いや、ダンスでお金をもらってるって、もうプロじゃん」
賞賛の嵐が止まらない。
なにか以上に持ち上げられている気がする。
「いや、でもまだ半人前だし」
「いやいやいや、もうお金をもらってるってことはプロ同然だよ!」
「もしかして、クラス内で一人で過ごしているのが多いのも、仕事のリフレッシュをするためだったり?」
どうやら変な方向の勘違いをしているようだ。
だが、これを機に自分のイメージを払拭するいいチャンスかも。
「まっ、まあ、そんなところだね」
すると、日向さんが申し訳なさそうな顔になり、言葉を絞り出す。
「ごめん」
「えっ、どうした急に?」
「私、井ノ崎くんのことを何も軸のない人間だと決めつけてた」
「いやいやいや、別にいいよ。あの、これならダンス部にも入れるでしょうか」
部長がニコニコと笑みを浮かべながら
「ううん、君をダンス同好会の部員として迎えるわけにはいかない」
その衝撃的な言葉が、ダンス部の部室に響き渡った。
「えっ?」
「井ノ崎くんには、部員としてではなく、コーチとしてこのダンス同好会に入ってもらうよ!」
「え?」
「君にはこのダンス同好会のコーチになってもらうんだ」
「いやいやいやいや、無理ですって。俺がコーチなんて、とても……」
「いや、大丈夫。君がこの中で一番うまく踊れることは知ってる。君にコーチしてもらえれば、私たちはもっと上に行けるんだ」
部長の言葉に、心の中で違和感が広がる。
「あの…そこまでダンスがうまくなりたいなら、チアリーディング部に入った方が良かったんじゃないですか?」
「うーん、入れればそうしたかったんだけど…」
部長が目を泳がせる。よく見ると、他の部員たちも微妙な表情を浮かべていた。
「えっ、うちのチアリーディング部って、何か問題があるんですか?」
「実は、ここにいるメンバー全員、チアリーディング部の入部テストに落ちちゃって…」
「そんな、テストとかあるんですか?」
「うちのチアリーディング部はすごく強いんだ。だから、県外からもたくさんの人が入ろうとしているんだよ」
「初めて知りました」
俺がこの高校を選んだのは、中学の知り合いが少なそうだから、という理由だったからなぁ。
「その分、多くの部員を抱えられないから、入部する人数を絞っているんだ」
「なるほど」
部長はさらに続ける。
「でも、やっぱりダンスがしたくてこの学校に来たわけだし、どうしても諦めきれなくて、こうやってダンス同好会を立ち上げたんだ。でも、ちゃんと教えてくれる人がいなくて、なかなか上手くいかなくて……。もし井ノ崎君がよければ、ダンスを教えてくれないかな?」
部長が頭を深く下げる。それに続いて、他の部員たちも一斉に頭を下げ始めた。
「ちょっと、顔をあげてください。いや、その、持ち上げてくれるのは嬉しいんだけど……」
自分の実力を認めてもらえるのは素直に嬉しいが、自分にはこの役目が重すぎる気がして断ろうと思った。しかし、顔をあげた皆の真剣な視線が、何かを訴えかけてくる。
「わっ、わかりました。俺でよければ、簡単なコーチくらいなら」
「ありがとう、井ノ崎君!これからよろしくね!」
部長が嬉しそうに言い、他の部員たちも拍手で喜びを表現する。
こうして、思いもよらずダンス同好会のコーチとしての役割を引き受けることになったのだった。
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