月さんとライブ特訓
今日は月さんとのダンスレッスンの日だ。女性と出かけたのは、姉とコミケに行ったときくらいしかない。そもそも身内を女性とカウントしてもいいのだろうか……。
まあ、とにかく、楽しみ過ぎて昨夜はドキドキしすぎてよく眠れなかった。
私服も今ある中で一番オシャレだと思うものを選んだ。だけど、いざ着てみると自分のセンスに自信がなくて、大学デビューした姉に何度も確認をお願いしてしまった。すると、姉はため息をつき、
「何回も確認させないでよ!」と呆れた様子で怒っていた。
姉はどうやら、大学デビューをするときに何度も服や髪型をチェックさせたことをすっかり忘れているらしい。
待ち合わせ場所はフェアリーガーデンの最寄り駅。改札を出ると、月さんの姿が目に入った。
「あっ、凜君、こっちです!」
「お待たせしました!」
月さんの私服は、白いニットが基調で、まるで雪の精霊のように清楚で美しく、見惚れてしまう。
『その私服可愛いね』と褒めようと思ったけど、行ったらキモがられそうだからやめておく。
「それじゃあ、ダンスの練習場所に行きましょう!」
「練習場所って、どこに行くんですか?」
「どこだと思います?」
月さんは楽しげに笑いながら言う。
この近辺にダンススタジオなんてないし、フェアリーガーデンは営業中だから練習には無理だから……。
「うーん、近くの公園とか?」
「確かに公園でも練習はできますけど、違いますね。正解は……見えてきましたよ、あそこですね!」
月さんが指差した先には、意外にもカラオケ店が見えていた。カラオケはよく見かけるチェーン店。クラスのリア充たちがよく行っているのを知っている。
「予約していた桜井月です」
月さんはどうやら予約をしてくれていたようだ。可愛くて気が利くのは最強だ。カラオケの受付から案内された部屋に入ると、そこは広々としたパーティールームだった。ダンスの練習にはぴったりの広さだ。
「パーティールームに入るのは初めてだけど、広いな。これなら、ダンスの練習もたくさんできそうですね」
「ふっふふ、私の秘密の特訓場所です」
月さんが得意げに言う。
「特訓って、月さんも練習してたんですね」
「そうなんです! 私も兄妹と一緒にここで練習していたんですよ」
「月さんって、兄弟がいるんですね」
「ええ、双子の兄がいます」
「そうなんですね。お兄さんって、どんな方なんですか?」
「とてもカッコイイんですよ。彼女がいないことが悩みらしくて……。梨乃さんあたりでも紹介してもらえたら、ありがたいんですけど……」
月さんはちらりとこちらを見ながら、その目に少しの期待を込めているのを感じた。
「あんなのでよければ、いつでも紹介しますよ。デートのセッティングもお手伝いしますから!」
俺がそう言うと、月さんの目がキラリと輝いた。
「本当ですか!? ぜひ、お願いします!」
「全然構いませんよ!」
月さんのお兄さんのデートの約束を取り付けたついでに、思い切って月さんをデートに誘ってみようかとも考えたが、断られた時のダメージがあまりにも怖い。
しばらく迷った末に、
「それじゃあ、練習を始めましょう!」
ひよった。
さすがに、この流れでデートに誘うのは、陰キャにとってハードルが高すぎる。
万が一にも断られたら、ずっと引きずるレベル。
まあ、なにはともあれ、ダンスレッスンがスタートした。
「それじゃあ、まずは私が踊りますね」
月さんがそう言って、踊り始めた。ダンスとともに流れてきた局は、以前も踊った『嫁ぴょい伝説』。やはり、月さんのダンスは圧巻だった。メイドカフェのステージで踊ったのと大差もなく、ステップひとつひとつが完璧だった。
「ふぅ、どうでしたか?」
月さんが息を整えながら、期待と少しの緊張が入り混じった表情で尋ねてくる。
汗をかいているその姿は少し、エロい気がする。
少し見ちゃいけないものを見ちゃった気がして、目を逸らしながら、
「やっぱり、すごくうまいですね。何かスポーツとかやっていたんですか?」
以前から感じていたが、月さんの運動神経は正直に言って尋常じゃない。羽交い絞めにされた時もびくともしなかったし、もしかしたら、どこかの戦闘民族なんだろうか?
「うーん、スポーツはいろいろやってましたけど、特にこれといってやっていたのはありまませんね。でも、体を動かすのは、好きですね」
「なんか、もったいないですね。何か球技でもやったら、結果残しそうですけど」
実際に月さんが、何かしらのスポーツをやったら、全国どころか、オリンピックにすら出場できるような気がする。
「そうですね、でもフィジカルギフテッドの私が、スポーツをやったら、不公平な気がして……できないですよね」
「マジのギフテッドなんすか⁉」
「てへ、冗談です」
彼女は軽く肩をすくめて、自分の才能に冗談混じりに言った。
その運動神経でその冗談はやめてね。まじの、天与呪縛かと思っちゃうから。
「まあ、冗談はさておき。凜さん、踊ってみてください」
月さんが真剣な表情で言った。俺は大きくうなずき、「はい、コーチ」と返事してから、『嫁ぴょい伝説』を踊り始めた。
三時間ほど、みっちりと練習をした。
月さんの教え方はとても上手で、最初に比べたら大分上達した気がした。
「うん、大分よくなりましたね」
月さんが微笑みながら評価してくれる。
「確かに、今までよりも踊れるようになったね」
俺は少し自信を持ちつつ、うなずいた。
たしかに、最初の方に比べたら、かなり良くなってはいるが……。
「あとは、本番ですね」
月さんが続ける。その言葉に、少しの緊張感が走る。
「そうですよね」
そう、問題は本番だ。
本番では練習の80%しか出せないと言われるが、自分は50%すら出せないかもしれない。
以前、フェアリーガーデンでライブをした際は、家で踊れていた箇所もまったく踊れていなかった。
「やっぱり、大勢の前というか、知らない人の前でも踊り慣れた方がいいかもしれないですね」
月さんが考え込みながら言った。
やっぱり、必要なのは緊張を和らげるための訓練のようだ。
「うーん、そうですよね」
俺は納得しながら答えた。スポーツはメンタルが重要だから、理にかなっている。もし本番で60%くらいの力を出せるようになっていれば、ライブも成功できるかもしれない。
「ちなみに、何かいい方法は?」
月さんは、運動神経もいいが、その上頭がいい。
彼女が通う高校は、都内トップの進学校だ。
運動神経抜群で、頭も良い、そして可愛い、さらに、天使のように優しいとか、どこのラノベヒロインだろうか。
そんな彼女が提案する特訓方法なら、めちゃくちゃ効率が良さそうである。
「そうですね、都心で路上パフォーマンスを行うというのはどうでしょう?」
「いやいやいや、無理ですって。死んじゃいます」
前言撤回。
優しくないわ、この特訓は鬼だわ。
「むっそうですか?都心の路上でパフォーマンスできるくらいになれば、カフェのステージくらいなら、大分楽に感じそうなのですが……」
「いや……それ、泳げない子を、太平洋のど真ん中に放り投げるようなものですよ……」
「ん―でしたらこれはどうでしょうか」
「まあ、それなら」
月さんが提案した案は、なかなか難しそうではあったが、路上パフォーマンスよりかは何とかなりそうだった。
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