初めてのライブ

『フェアリーガーデン』でバイトを始めたとはいえ、生活に劇的な変化はない。学校では相変わらず、目立たないチー牛として過ごしているし、クラスメイトと話すのは授業のグループワークくらいのものだ。

変わったことと言えば、週に三回ほどアルバイトに行くようになったことくらい。


放課後、『フェアリーガーデン』に向かった。


「おはようございます!」


「おはよう、凜ちゃん!」


香音さんが、ほんわかとした雰囲気で迎えてくれる。しかし、その内容に少し戸惑いを覚える。


「その、男の格好の時は、君付けで呼んでくれると助かります……」


今の自分は、学校の制服を着ている。

どこからどう見ても、男のはずなんだけど……。


「ごめんね、ついつい。凜君、本当に可愛いからつい」


正面から褒められると、どうしても照れてしまう。照れ隠しに俺は言った。


「あの、更衣室は空いていますか?着替えたいんですけど」


「もちろん、大丈夫だよー。月ちゃんもさっき着替えたから」


「それじゃ、着替えてきますね」



 


 着替えを終え、いざバイト開始。最初は香音さんや月さんに手取り足取り教えてもらいながらメイクしていたが、今では一人でもなんとかできるようになった。だんだんとメイクの腕が上がったのは、男として複雑な気持ちだ。


「いらっしゃいませ、ご主人様!」


「おお、凜ちゃん!また会いたくて来ちゃったよ!」


以前、ウマ嫁について語り合ったあのお客さんが、再び来てくれた。

またウマ嫁について話せるのは、楽しみだ。


「ありがとうございます!それじゃ、席にご案内しますね」


しばらくウマ嫁の話に花を咲かせた後、お客さんの注文を伺う。

注文は、メイドさんのライブ付きオムライス。

『フェアリーガーデン』では、オムライスが人気メニューだ。


以前、まかないで、食べた時は、あまりのおいしさに感動した。メイド喫茶ではなく、オムライス専門店でもやっていけるレベル。


オムオプションのライブは、以前、代理で入った時にはやらなくてよかったが、正式に入った以上はこなさなくてはならない。少しだけ研修や家でダンスの練習をしたので、何とかこなせるだろう。


「それじゃ、踊りますね!」


お客さんのリクエストはウマ嫁の「嫁ぴょい伝説」だ。

これが俺の大好きな曲の一つでもある。

心の中でワクワクしながら、ステージに立ち、振り付けを始める。





ライブの出来は、想像を絶するほどひどかった。

家での練習は上手くいっていたはずなのに、実際にステージに立って踊るとなると、まったくダメダメだった。

振り付けが途中で忘れてしまったり、ステージ上で大転倒してしまうという醜態…。


ライブが終わったあとは、放心していた。

あぁ、これヤバいな怒られるかも・・・。

だが、呆然と立ち尽くしている自分にかけられたのは、批判の言葉ではなく、温かい励ましの声だった。


「すごい、一生懸命でよかった!」


「次はもっと素敵なライブを期待してるよ!」


その声に必死で応えながら、「すみません、次はもっといいライブをします!」と返事をしたけれど、心の中ではまだ少し引きずっていた。


その様子を見てか、月さんが優しく声をかけてくれた。


「初めてのことは誰でも失敗するから、気にしないでくださいね」


「あ、ありがとうございます。でも、ライブ代をいただいたのに、本当に申し訳ないです」


メイドさんのライブは、一曲当たり千円くらいのお金がかかっている。

今の自分のライブにはその価値もなく、お客さんに損をさせてしまった気分になってしまう。


「その気持ちがあれば十分です。あとは私に任せてください」


そう言って、月さんは笑顔でステージに向かって歩き出した。


「それじゃあ、今度は私が踊っちゃいまーす!」


月さんは軽やかなステップで「嫁ぴょい伝説」を踊り始めた。





月さんのライブは、まさに圧巻だった。

まるでゲームのウマ嫁たちが現実に飛び出してきたかのような臨場感があった。

振り付けも、原作の再現にとどまらず、それを超えるほどの完成度だ。


現実が二次元を超えるなんてあり得ないと思っていたけれど、月さんのパフォーマンスはそれを実現してしまったのだ。


彼女の笑顔が、お客さんたちに向けられる度に、切れのある動きをした時に、ステージのボルテージがどんどん上がっていく。


ライブが終わると、お客さんたちは一斉に歓声を上げた。


「最高―!」


「もっと踊ってー!」


その大絶賛の嵐に、月さんは笑顔でお辞儀をする。


「皆さん、ありがとうございます!」


興奮が冷めやらぬまま月さんに声をかけた。


「あの、月さん、本当にありがとうございました。すごかったです!!」


月さんは優しく微笑んで応えてくれた。


「ありがとうございます。練習すれば、もっとできるようになりますよ」


その言葉には、次回への期待が込められていて、もっと頑張ろうと思った。





とは言ったものの、家でいくら練習しても、うまくいかないことに悩んでいた。勤務後、一人でそのことを考え込んでいた。


「うーん、どうしようかな…」


「どうしたんですか?」


「うおっ、月さん!」


振り返ると月さんが居た。

うーん、誰もいないと思って呟いた独り言を聞かれると、少し恥ずかしさがこみ上げるんだよね。


「すみません、何か悩んでいるような気がしたので」


「あ、そうなんですね。ありがとうございます、心配してくれて」


「もしかして、今日のライブのことを気にされているんですか?」


月さんが的確に悩みを指摘してきた。


「はい」


「ふふ、凜さんは本当に真面目な方ですね」


「いえ、やっぱりお金をもらっている以上、しっかりやらないと」


「そういうところが、真面目なんですよ。よろしければ、私がライブの練習をお手伝いしましょうか?」


「えっ、いいんですか?」


思わぬ提案に驚き、ドキッとする。

異性に誘われたのなんて、ほとんどなかったしね。


「はい、私も凜さんともっと仲良くなりたいと思っているので」


「ありがとうございます。でも…あまり、勘違いさせるようなことを言わないでくださいね」


おそらく月さんは純粋な善意で言ってくれているのだろうが、これが多くの男子を勘違いさせてしまうことを知っている。中学時代の自分なら、告白して振られるまでがセットだ。


「ふふ、確かに気を付けますね」


そう言うと、月さんはいたずらっぽく笑った。


「それじゃあ、明日は仕事が休みなので、一緒に練習しましょう」


翌日は、月さんと一緒にダンスレッスンをすることになった。

明日が楽しみだ。

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