第5話 今日初対面のはずなのだけれど……

 オーギュドステファ殿下とわたし。


 オーギュドステファ殿下はどうやらわたしと会った記憶があるようだ。


 それどころか、オーギュドステファ殿下のこの言い方からすると、楽しくいい思い出を作ることのできるほど親しい関係だったように思える。


 しかし、わたしは、ボドルノール王国のブルトール侯爵家の中で育った人間だ。


 この人生でオーギュドステファ殿下と会っているはずがない。


 今日初対面のはずなのだ。


「オーギュドステファ殿下、それはどういう意味でございましょう? オーギュドステファ殿下とわたしは今日初めてお会いしたという認識でございますが?」


 わたしがそう言うと、オーギュドステファ殿下は、


「お前とわたしは今回、初めて会ったわけではないよ。以前、会ったことがあるんだよ。それを思い出してごらん」


 と言って、いたずらっぽく笑う。


 わたしはその言葉を受けて、一生懸命、オーギュドステファ殿下と昔会ったことがないかどうか、思い出すことにした。


 しかし……。


 どんなに思い出そうとしても、思い出すことができない。


 わたしは、


「オーギュドステファ殿下、申し訳ありませんが、わたしには思い出すことができまません。というよりも、わたしには、オーギュドステファ殿下と会ったことがあるとは到底思えないのです。第一、わたしはボドルノール王国の中で今まで生きてまいりました。ギュールボファテール王国にはここに住むようになるまでは一度も訪れたことはございません。オーギュドステファ殿下は、ボドルノール王国を訪問されたことはおありでしょうか?」


 と言うと、オーギュドステファ殿下は、


「何度かある。公式の招待でね」


 と応えた。


「しかし、その時もわたしと会ったということはないはずでございます。公式のご招待であれば、わたしのようなものと会う機会はまずないと思いますので」


「そこはお前の言う通りだな。まあ、通常の人であれば、そういう反応をするだろう」


 オーギュドステファ殿下は少し残念そうに言ったが、すぐに微笑み、


「今日はまずあいさつだけにさせていただこう。これからお前はわたしと付き合うことになるのだ。わたしはお前のことが好きだ。それも、ずっと前から。その意味は、今はわからないだろうが、その内わかってくる。そして、お前はきっと、わたしのことが好きになる。わたしはお前のすべてを自分のものにしたい。来週の休日、わたしが住んでいる部屋のそばにある庭で、お前を二人きりのお茶会に招待する。私的な招待だから、堅苦しいものではないし、緊張する必要はない。迎えの馬車をよこすから、絶対に来てほしい。心の底から楽しみにしている」


 と言った。


 そして、


「じゃあ、またな」


 と言ってこの場を去っていった。


 後に残されたわたしは、しばらくの間、呆然としていた。


 オーギュドステファ殿下は、わたしに対して、一方的にその想いを伝えた後、あっという間にこの場を去ってしまった。


 しかも、お茶会に招待するという言葉を残して……。


 わたしが承諾するのはあたり前だと思っているのだろう。


 そして、わたしがオーギュドステファ殿下のことを好きになるのは当然という言い方もしている。


 こうして強引に物事を進められ、わたしの心の動きを決めつけられることは、決して心地いいものではない。


 とはいうものの、全面的に嫌だというわけでもない。


 わたしに対する好意はあるものだと思うからだ。


 また、オーギュドステファ殿下が言った、以前わたしと親しくしていたという言葉はどうしても気になるところだ。


 でも、現時点では思い出そうとしても、思い出せない。


 わたしは記憶喪失になってしまっているのだろうか、とさえ思う。


 それにしても、わたしはこれからどうするべきなのだろうか?


 わたしはオーギュドステファ殿下のことについて、まだまだ知っていることは少ない。


 わたしが今体験したように、全体的に強引なところが目立ち、評判が悪いという話は聞いてはいるものの、わたしとは関わりのないお方だと思ってきたので、それほど関心があったわけではなかった。


 それがいきなり、「付き合ってほしい」という言葉を言われてしまったのだ。


 あまりにも想定外の言葉だと言わざるをえない。


 まずオーギュドステファ殿下が本気で言っているのかもわからない。


 わたしに対して、気まぐれな気持ちで言っている可能性はないとは言えないのだ。


 まずオーギュドステファ殿下のわたしに対する気持ちの確認から始めることになってしまう。


 その確認をする為にも、お茶会には参加をせざるをえないようだ。


 なんか少しガックリとせざるをえない。


 とにかく、今日はもう帰るしかない。


 わたしは馬車に向かって歩いていった。

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