【第七夜】
ねぇ、ねぇ、起きてくださいよ、せっかく本当に会えたんですから。そんな声に意識が浮上してきて、瞼を開ける。そこは、これまでの夢とは違う、真っ白な世界だけが続く、場所であった。誰かの肩に、頭を預けていることに気づく。はっとして横を見ると、そこには妻がいた。俺が一番見慣れた、晩年の姿であった。
あなた、私にすがり過ぎなんですよ、思わず夢に化けて出ちゃったじゃないですか。なんて笑うあなたを見て、夢の中だけれど、この人は、本物のあなただ、と確信する。俺の記憶の中なんてものではない、都合のいいものではない。俺がずっと求めていた、だ。
もう二度と逃したくなどない。反射的にそう思考して、体が勝手に動く。自分でも見たことのないような速さで、あなたに手を伸ばして腕の中に閉じ込める。
ずっと一緒にいてくれると言ったじゃないか、いなくならないでくれよ。
ごめんなさい、どうしようもなくって。
嫌だ、頼むよ。そばにいたい、いてほしいんだ。なんでもするから。
すぅ、と体を離して、妻が、黙りこくる。眉間にシワを寄せて、何か難しいことを考えているようだった。一体何をしてるいんだろうか。どうした、と顔をのぞき込んでも黙りを決め込まれる。
待つこと数十分、ずっと黙っていた妻は、唐突に、ねぇ、と絞り出したように声を出した。
じぃ、と、何かを試されるように見つめられる。
本当に、何でも、できますか。
本当だよ、ずっと一緒にいれるのなら、なんだってする。
そうですか。
ああ。
じゃあ、ひとつだけ方法があります。
あるのか、本当か、一緒にいれるのか、
ええ、ただ、あまりいい方法では、
いい、何でもいいから、あなたといられるのなら、なんでも。
わかりました。
おもむろに、手を繋がれる。随分ロマンチックなやり方だな、なんてからかえば、ここまで一緒にいたいと願う時点で、ロマンチックなんてものはとうに通り越しているでしょう、と真顔で突っ込まれる。そうだな、と返して、顔を見合わせて、ふっと、二人で笑った。
体が浮遊感で染まってゆく。手だけじゃないほうが、嬉しいな、と言うと、ええ、もちろん、なんて笑われて、腕が伸びてくる。お互いにお互いを、抱きしめる。ぐりぐりと頭を妻に押し付けて、愛しているよ、ええ、私もです、と伝え合う。
これが、俺の人生で最後の、この世での記憶であった。
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