魔女の宿願11

 岸とカナンキの中間地点にエレナは立つ。足元には小さな岩がいつの間にか生えており、足場としているらしい。


 セルマはちらりと背後を見やる。激しい音が響いている。レイヴンが倒されたわけではないようだ。ゴーレムたちをけしかけて、エレナ一人がセルマたちを追いかけてきたらしい。


「ええ、わたしは『あなたたち』を否定するわ。この世界はエレナ姉さまた、グレース姉さまが望んだ世界でもない。なら、これ以上街を存続させておく意味はない」


 アーシュラの周辺に石礫が次々と現れ、エレナの周囲にも同じく現れる。


 合図は、飛んできた葉が水面に着地する一瞬。いっせいに両者の石礫が飛んだ。


 突然とはじまった交戦にセルマは身を低くしてやり過ごす。時折、互いの石がぶつかり合って飛んでくる。しかし、他に身を隠せる場所がない。アーシュラもエレナも両者一歩も引かず、互いに傷を作りながら、応戦している。


 両者の石礫が途切れたあたりで、先手を打ったのはエレナだった。先ほどよりも一回り大きい岩が出現させると、こちらへ飛ばしてくる。


「あらあら、もうおしまい?  先ほどまでの威勢はどこにいったの?」


 愉快そうに笑うエレナに、アーシュラは防御魔法で身を守り時に岩を砕く。先程と打って変わって防戦へと転じる。


「所詮は口だけだったのかしら?」


 アーシュラは防御魔法と解くと、地面から大きな岩の壁が作った。飛んできた岩がぶつかりすぐに崩れ落ちる。しかし、壁の先に彼女の姿はなかった。エレナが一瞬目を見開く。すぐに視界を上へと向けると、アーシュラが箒に跨って空に浮いていた。彼女はエレナが攻撃につかった岩を空間移動させる。頭上に数多の岩を降らせたしかし、素早く展開された結界により、落ちてきた岩は弾かれ水面へと消えてゆく。


「そろそろ終わりにしましょうか」


 散らばっていた石や岩が固まり、大きな手を作る。手は勢いを持ってアーシュラへと襲いかかった。何度か攻撃をかわすも、大きな手が素早く捕えてしまう。


「アーシュラ、もう一度だけチャンスをあげるわ。もう一度わたしたちのために願って?」


「……いや。姉さまたちに願うならまだしも、お前たちための願いごとはないわ」


「そう……、なら今すぐに死んでしまいなさい」


 エレナが杖を振れば、握りしめていた手がますます力を込める。圧迫感にアーシュラは顔を歪めるも口元は笑みを浮かぶ。


「あらあら、死にゆくのになにがおかしいの?」


「別に。……ちゃんと周りを、……見たほうが、いいんじゃない?」


 アーシュラの言葉にはっとして周囲を見る。いつの間にかセルマの姿がなくなっている。


「残念。ここだよ」


 背後から声が聞こえた。振り返ればセルマがちょうど腕をつかんだ。いつの間にか湖には、飛び石ができており、伝ってエレナの側まできたらしい。気付いたところでもう遅い。


「この夢、そろそろ解かせてもらおう」


 つかまれた箇所が淡く光る。弾けて花が舞った。鮮やかなマリーゴールドの花雨を降らす。腕をはじめ、伝播するように次々と体が花となって崩れゆく。


 ――このまま、消えてしまうの?


 そう問い掛ければ、数多の大地の魔女が叫ぶ。


 嫌だ、と。


「まだ、終わらない。……いえ、まだ終われない!」


 魔女の執念に呼応して、カナンキが震える。


 コキコキコキ、と乾いた音が辺りに響き、木々の間を縫い、黒い靄が噴き出してくる。靄は花となり朽ち果てかけていたエレナも容赦なく呑み込んだ。


 音がとめどなく響き渡り、天を切り裂く絶叫が長い尾をたなびかせ、ノルタニアに降り注ぐ。


「セルマ!」


 靄がセルマさえも呑み込もうとする。危機一髪でアーシュラが回収し、箒の後ろに乗せ難を逃れた。


「ありがとう、助かったよ」


「あなた、魔女なら箒に乗れないの!?」


「残念ながら私は紛いものの魔女だから。君たちが普通にできることも、わたしはできないんだよ」


「なにそれ……」


 突風が吹いて靄が晴れる。カナンキを冠とした、巨大な女性顔岩が現れた。大きく口を開くと先ほどと同じく高い声を上げる。


「……大地の女神像」


「最終形態ときたか。見てみなよ、あれが魔眼の映した姿だ。その気になれば魔物にもなれるのだから、面白いと思わない?」


「どこが面白いのよ。あなたの考えることはわからない」


 大地の女神が叫ぶ。すると水面から勢いよく水柱が吹きあがり、大地からは槍として岩が突き出す。二人を乗せた箒はギリギリのところを避ける。


「あんなとどう対峙すればいいの!?」


「さぁ、わたしもここまで大掛かりな魔眼の力を見たのは初めてだ。詳しい攻略方法はわからない」


「なっ、もう一人の彼は?  元々は彼の私物だったのでしょう」


「レイヴンは魔眼を鎮める力は持たないよ。この『目』もってなら、あるいは……」


 会話によって不注意になっていたらしい。


 攻撃の一部が箒に当たり、バランスを崩す。二人は地上へと真っ逆さまに落っこちる。地面に叩きけられる寸前にアーシュラは杖を出す。二人が落下する地点に植物を生やし衝撃を緩和する。


「何か策があるなら、実行しなさい。足止めはわたしがする」


 アーシュラは素早く体制を整え、大地の女神を見据える。セルマは口を開きかけるも、何も言わずに口を閉じると来た道へと走り出した。


「任せたよ。サボり魔を急いで回収してくるから。だから、死なないでね」


「そういうフラグな台詞を口走らないでよ。でも、いいわ。罪は償わないといけないのでしょう?」


「……やっぱり、前言撤回。少しの間、よろしく。アーシュラ」


 ベリー色の瞳を丸くするもすぐに勝気な瞳へと変わる。


「えぇ、任されてあげるわ。セルマ」


 走り去るセルマの気配を感じながら、アーシュラは口元に小さく笑みを浮かべる。

 

 柄にでもない言葉を口走った気がする。自分の実力は姉たちに比べれば足元に及ばないのに。


「さて、大口を叩いたからには、時間稼ぎはしっかりしないと……」


 なにせ相手は祖先だ。アーシュラ一人の力では攻撃では、傷をつけることすら難しいだろう。なら、彼女にできることはそう多くない。再び箒を呼び出すと大きく空へと浮き上がる。


「わたしにできるのは、本当に足止めと時間稼ぎだけよ」

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