魔女の宿願 5

 アーシュラからの返事はなかった。背を向けた二人はしばらく黙って歩く。先に口を開いたのはレイヴンだ。


「よかったのかい、一方的な言い方をして。いずれにしろ、アーシュラ嬢の協力は必要不可欠になるだろう。もうこの世にはいないエレナ嬢にもグレース嬢にも頼めない」


「いざという時はわたしがどうにかする。仕方がないよ。まわりくどい言い方をしたところで結論は変わることはないのだから」


「君は幸せに暮らしていたところに、突然と現実を突きつけてくる。彼らに覚悟を決めさせる猶予も与えない。そういうやり方は褒められたやり方ではないと思うけど」


「実際に猶予なんてないじゃないか。レイヴンは優しくておきながら突然と背後から突き落すタイプだよ」


「弾けて消えてしまう夢だ。セルマと違って、夢を見続ける時間は与えてあげるべきだと思わないかい?」


「そういうところが、けだものなんだ」


 レイヴンは口元に三日月を描く。歩いているとふと影が浮かび上がった。視線をあげるとグレースがもの言いたげな表情を浮かべて行き先に立っている。


「あの、アーシュラがなにか失礼を……?」


 様子がおかしいのに気付いて、気を揉んでいたらしい。間に挟まれるかたちの彼女はなにかと気苦労が多そうだ。弱々しい表情を浮かべているが、いざという時は対立をいとわないだろう。


「実はレイヴンがエレナさんに、好意を抱いていると思っていたらしくて。お互い誤解を解くのに、少し言葉が過ぎてしまったのです。お姉さん思いの素敵な妹さんですね」


「す、すみません。あの子が早とちりしてしまったようで」


「いえ、もう互いに誤解は解けていますから安心してください。レイヴンも勘違いしてもおかしくない言動をとっていたのですから。お互い様です」


 セルマが小さくほほ笑むと、アッシュゴールドの髪から覗くシャンパンゴールドの眸がほっと安堵する。


「すみません。よかったら、おすすめの宿とかありましたら教えてくださいませんか? 実はノルタニアに到着してからまだ宿をとれていなくて」


「それは大変です。そうと知らず引き留めてしまい、重ね重ねなんとお詫びをすればいいのか……少しお待ちください、すぐに宿を用意しますので」


「いいんですか。とても助かります」


 何度も頭を下げながら、グレースはエレナたちに事情を説明するために去ってゆく。彼女を待つ間、レイヴンはじとりとセルマを睨んだ。


「ひどいな、僕をだしに使うなんて」


「でも、嘘は言っていない」


「本当のことも言っていないけれど」


「お待たせしました。宿までご案内させていただいところなのですが……」


 視線がちらりと後ろへ向けられる。未だに川辺に佇んでいるアーシュラが気がかりらしい。


「ご紹介いただけただけで十分です。まだじっくりと街を観光もできていないので、観光しながら向かわせていただきます」


「お気遣いいただきありがとうございます。来訪した初日にさまざまなことがありお疲れでしょう。普段はもっと落ち着いた街なのですよ」


「いえいえ、初日早々に刺激的な体験ができるなんてそうそうないですよ」


 グレースから紹介された宿の情報が載ったメモを受け取る。会場を離れると、半円を描く道を歩いてゆく。向こうははまだ解散をする気配もない。このまま夜通し行っていそうな勢いだ。少し離れると周囲はのどかな野原が広がり、暮れはじめた太陽が目前に見える海を染めてゆく。


「そういえば、別荘地はどこに建てられているのだろう? 南街道の方?」


「南街道の方は、耕作地が広がっているだけた。別荘を建てるには、少々不便じゃないか。一番適していると言われれば……」


二人して歩いてきた道振り返る。広大な緑地の側に流れる川。街からも遠くない場所は絶好の候補地のように見えた。


「宿に向かう前にもう少し尋ねてみようか、セルマ」


「同感」


 街に辿り着くと二人は紹介された宿を目指しながら、大通りを歩く。夕暮れに差し掛かっても街は湧き立っていた。


「さぁ、見て行ってくれよ。大地の魔女様を表したありがたい品々だよ!」


 露店を広げた人々は店仕舞いをするなか、意気のいい掛け声が聞こえてくる。声がするほうに視線を向けると、店主が三色の布を広げている。イエロー、オレンジ、レッドの布には共通した花が描かれていた。セルマが露店へ足を向けると店主が愛想よく出迎える。


「いらっしゃい、どうだい? 大地の魔女様を表した色布だよ。左から順番にエレナ様、グレース様、アーシュラ様だ。他にもステンドグラス風のシルエットの肖像画もあるよ」


「おじさん、色布に描かれている花は?」


「お嬢ちゃん知らないのかい? マリーゴールドだよ。ほら、あちこちに置かれている花壇にも必ず咲いている? この花はグランヴィル家を象徴する花でもあるんだ。なにより見ていて元気がでる色だろう? ミニブーケと一緒にどうだい? ちょっとしたプレゼントにも最適だよ」


 言われたとおり視線を向けると、道端に置かれた花壇には必ずマリーゴールドが咲いている。可憐な花は時折吹き抜ける風に揺れる。視線を再度、店主に戻すと疑問をぶつけた。


「もうひとつ教えてほしいことがあるんだ。ノルタニアといえば、別荘地として有名だと耳にしたんだ。みんなどこに建てているのか知っている?」


 話題を振れば、先程まで快活に振舞っていた店主の動きが止まる。彼は素早く辺りを見渡すと先程の呼び声とは違い声を潜めた。


「お嬢ちゃん、本当になにも知らないのかい? 確かに昔は別荘地とかはあったが、今はないよ。大地の女神様の怒りを買ったのさ」


「大地の女神様の怒りを?」


「そうさ。詳しい原因は忘れてしまったけど、大きな火事があって建物は全焼。幸いにも死者がでなかったため、改めて建設しようと話になった。しかし、今度は湖が真っ黒に染まってね。そりゃぁ、大騒ぎさ。なんせ湖から川を下って海まで黒く染めたもんだ。結局、黒く染まった理由がわからずじまいだったが、みんな気味悪がってね。建てたがる者はいなくなったんだ」


「それは確かに不気味だ」


「いいところのお嬢さんなのか知らないけど、ノルタニアでその話題をださない方がいい。なかには過敏になっている者もいるからね。この先にあるカナンキの湖があるんだが、不用意に近づかないことだ。大地の女神様の怒りに触れては適わないからね」


「親切にありがとう。気を付けるよ」


 セルマは手前に置いてあったブーケを手にするとお代を払って露店から離れる。少し離れた場所で待っていたレイヴンと合流した。


「どう? なにか有意義な話は聞けたかい?」


「そうだね、本来あった別荘の話はなくなったらしい。ところで、グランヴィル家って街を代表するほどの家だったのかな?」


 手元のマリーゴールドで作られたミニブーケを弄ぶ。


「さぁ、本来魔女は忍ぶ者が多いと思うけど。なかには力を誇示する魔女もいてもおかしくはないだろう。グランヴィル家はどうだろう」


緩やかな坂を上ると小高い丘の上に紹介された宿が見えてくる。ノルタニアを見渡せる眺めのよさそうな宿だ。


「明日はカナンキの方に足を延ばしてみよう。湖までなら許されるでしょう」


「万が一、咎められてもセルマはしらばくれるつもりだろう」


返事の代わりに口元に小さく笑みを浮かべる。温かな色を浮かべた扉を開けば、やわからい光が二人を出迎えた。

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