魔女の宿願 2

『ノルタニアで起こっている不思議な出来事ですか? そうですね……、思い当たる出来事はないですね。なにせこの街は大地の魔女様によって守護された街ですから!』


『ノルタニアの異変? そうだな、妻が最近一層と綺麗になったことかな。昔から綺麗な人で、歳を重ねるごとにさらに……え? そういう話ではない? あははは、冗談だよ。異変ね。まぁ、なにかあっても大地の魔女様がいるから。気にしたことはないかな』


『最近、変わったことや不思議なことかい? そうだねぇ、そういうのは感じる前に大地の魔女様が対処してくださるから。気付いた時には片付いた後だったと、多いんだよ。わるいね、力になれなくて』



「誰に聞いても同じ回答しか返ってこない」


 テラス席から通りを行き交う人々を眺めながら、セルマはすっかりくたびれ果てた様子で呟いた。

 彼らの探し物は異変の先にある。しかし、聞き込みも虚しく、成果は芳しくない。


「誰と話しても、必ず大地の魔女の名前が挙がるね。魔女の名をここまで好意的な意味で聞くとは。魔女は畏怖の対象か、厄介な存在か、はたまた勝手に神聖化された存在だと思っていたのに」


「セルマ、それは偏見だよ。ノルタニアは代々グランヴィル家が守護する土地。そして、彼女らは色三原 赤と黄の譜系を持つ『大地』の一族。そういう変化に敏感なかもしれない」


「ふうん。起こる厄介ごとはすべて、グランなんとか家の魔女が解決してくるわけだ」


「グランヴィル家だよ。証拠に見てごらん。トリストン国内髄一といっても過言ではない、溢れるばかりの自然豊かさ。彼女たちの恩恵が強いからだろう」


 通りのあちこちに溢れんばかりに花々が咲き誇り、店の多くの側には大きな大樹が覆いかぶさって枝を伸ばしている。色彩を欠かさない街並は美しく、非日常な風景を作り出していた。 

鮮やかな色彩はセルマの遠い記憶を呼び覚ます。ノルタニアの風景に負けない、色彩に溢れた花畑が目に浮かぶ。無邪気になってはしゃぎ回る姿が目に浮かんだあたりで、ゆっくりと瞬きをした。もう見ることのない景色にふたをする。


「……そうだね。ところで、わたしはどちらかと言うと花より団子派なんだ。そのケーキいらないならもってもいい?」


 セルマが指した先にはまだ口をつけていないケーキが鎮座している。素直な申し出に応じると、すぐさまケーキから一口分消えた。甘すぎない味が気に入ったらしい。次々と面積を減らしてゆく。その姿を眺めながらレイヴンは笑みを浮かべる。

 そうしていると年頃の娘と変わらない。しかし、彼女の時間は二度ともうこない。レイヴンは、椅子の背にもたれると長い足を組んだ。


「この後はどうするつもりなのかな? 諦めずに聞き込みをする?」


彼女はスポンジに差し込みかけていたフォークの動きを止めると、首を横に振る。


「いや。彼女たちの存在をここまで誇示されいるんだ。これ以上の有益な情報は出てこないと思う。無駄足になるとわかっていて続けても仕方がない。別の手段を考えよう」


「ふむ。では、グランヴィル家へ直接訪ねてみるのはどうだろう。手っ取り早く事を運ぶことができるだろう?」


「それで、相手が応じるとでも?」


 セルマは眉をしかめる。身も知らず者が突然と尋ねてきて、好意的に対応してもらえるはずがない。しかし、レイヴンはそう思っていないようだ。


「確証は持てないが、いきなり門前払いを受けることもないだろう。現当主様はセルマとそう歳の変わらないお嬢さんだ。話は聞いてくれるかもしれない」


「わたしはときどきお前の飛躍した考えに驚かされるよ。見知らぬ人間が突然と尋ねてきて、歓迎されるとでも? 不審者扱いをされて終わりだよ」


セルマは吐き捨てる。彼は不思議そうに首を傾げ、それから自信満々に胸元へと手を当てるとにっこりと微笑んだ。


「おや? 僕なら歓迎するよ。こんなにも誠実そうな好青年なんて早々に見かけないだろう?」


「……そういうところだよ」


 呆れてものも言えないでいると、くくくと忍び笑いが聞こえてきた。二人が視線をそちらへ向かう。先には席に腰かけていた紳士が小刻みに肩を震わせているところだった。

 黒髪の混じり灰色の髪色が印象的な男であった。彼の席に同席者の姿はなく、周囲も彼をのぞいて近くに客の姿はなない。セルマたちの会話を聞いていたらしい。

 紳士は視線に気がつくと「失礼」とすぐに詫びをいれた。しかし、余程笑いのツボに入ったらしい。かけた眼鏡を押し上げて目尻に溜まった涙を拭っている。彼は落ち着くのを待つと改めて口を開く。


「すまいね、盗み聞きをするつもりはなかったんだ。しかし、あまりにも君たちの会話が面白くて。君たちは大地の魔女様たちに会いにきたのかい?」


「えぇ、実は我々はこれでも魔女の末端を担っておりまして。各地の魔女様に会って見聞を広めているところなのです」


 これ幸いと、息をするようにレイヴンは嘘を吐く。そんな彼の行動にセルマは睨みつけるが、彼は気にした様子はない。紳士もレイヴンの内容が興味深かったらしい。話題に食いつく。


「ほう。では、そちらのお嬢さんも魔女様なのですか?」


「えぇ、彼女は辺境の地で師である魔女と二人で暮らしていました。魔女の知識はあるが、魔女のことは師でしかほぼ知らないのです」


「それゆえ、今は各地を巡っていると。自分のもとから旅立たせてるとは、なかなかできないことだよ。魔女である彼女たちは執着深いところがあるからね。君の師匠は余程君を信頼しているのだろう」


セルマは曖昧な笑みを浮かべると、少し俯く。


「どうでしょうか。わたしは正統な譜系を持つ他の魔女に比べたら、若輩者です。ほとんど、ただの人間と変わりありません。先生に破門扱いされていなければよいのですが」


 テーブルの下でレイヴンの足をブーツの踵で思いっきり踏みつけながら、当たり障りのない返事をする。紳士は眼鏡越しに小さな瞳を見開くと、興味深そうにセルマを見つめた。


「そうなのかい? わたしはてっきり、色三原 青の譜系持ちかと思ったよ。光源の血を汲む魔女は瞳に譜系の色が現れやすいと言われているだろう」


 セルマは眸の色を思い出す。鮮やかな“あお”は見る人にとって捉え方は様々だ。


「わたしは……譜系の中で最弱の魔女です。色三原 青の譜系の魔女様の足元には全くおよびませんよ」


「光源の三原を網羅した白の譜系を持つ魔女は希少だよ。もっと自信を持てばいいのに。あぁ、でも最弱の意味ではセルマの場合は否定できないか」


「さっきからお前は余計なおしゃべりが多いな。気が立っている。余計なお喋りをするなら黙っていろ」


「おや、失礼。うちのお嬢様は真綿に包まれた言葉をご所望だったとは」


一瞬にして場の空気が数度下がった。紳士が場をとりなそうと口を開くも、素早くセルマが残りのケーキへフォークを容赦なく真上から刺した。


「――よかろう。今日こそお前を殺して食べてやる」


「さすが。腐れ魔女が育てた魔女だ。発想も発言もが安直かつ物騒で困る。僕がいなくなると困るのはセルマ、君だろうに。できもしないことを口にするべきではないよ?」


「そういうお前もその腐れ魔女にうまく利用された身だろう。わたしがいなければ、お前はただのけだもの同然だ」


 けだものが嘲りの笑みを浮かべ、最弱の魔女がふてぶてしく笑う。横合いから口を挟むのはためらわれた。一触即発な二人の応酬を見守るしかない。

 しかし、膠着状態は突然と終わりを告げる。急に雲ひとつなく晴れていたが急に暗くなり、時を同じくして耳をつんざく音が鳴り響く。皆の視線が一気に空へと向かった。

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