花庭に魔女は笑う

緋倉 渚紗

魔女の宿願

魔女の宿願 1

 長い船旅を終えて埠頭に降り立つと、セルマの視界一面に色鮮やかな景色が展開した。景観を整えた美しい都市が出迎え、建物のウィンドウボックスを彩るマリーゴールドが日の光に照らされ眩しい。奥地には長大な山脈が広がっている。


「ここがトリストン国の避暑地。春は咲き誇る花、夏は涼しい気候、秋は落葉樹林による美しい紅葉、冬は豊かな雪。美しく移ろう四季の街。……巷の風聞ふうぶんどおり綺麗な場所」


「これほどにも美しい街なのに、探し物が存在しているとは非常に残念だ」


 風で乱れた黒髪を手で押さえていると、隣に細身の長身の男が立つ。夜天にも似た真っ黒な衣に身を包み、ブルーグレーの髪を好きに遊ばせている。


「お前でも残念と感じる心があるとは。意外だね、レイヴン」


「それは心外だな。僕にだって憂える気持ちはあるさ」


 眼帯で覆われた隻眼がこちらへ向く。ピーコックブルーの眸を見つめながら、セルマは素っ気なく返事を返す。


「……どうだか。今一度、鏡で自分の顔を見てから同じ台詞を言いなよ」


 言い捨てると長く伸びた髪と深い青色の外套をはためかせながら、色鮮やかな街へ交わってゆく。レイヴンは肩をすくめるとすぐさま大股でセルマに追いつくと並ぶ。


「四季の街ノルタニア。四季折々の美しさを際立たせる景観が整備された大通りに、季節ごとに表情を変える耕作地。夏は避暑地になるため別荘地としても知られている。ここまでは一般的に認識されていることだけれども、他にも見どころがあるのを知っているかい?」


 ちらりと視線だけを向けられ、レイヴンはさらに口を開く。


「奥に進んだ先に大きな湖があって、中心に小島がある。禁足地と知られる場所の名は『カナンキ』。大地の女神が眠っているそうだ。そして彼女から大地の力を与えられたのが、僕たちの目的の魔女。『大地の魔女』の由縁」


 よくできた話だ。とレイヴンは冷ややかにこぼす。そういう存在を信じない彼からしたら滑稽な話に聞こえるのだろう。


「ひとまずはいつもどおり異変について聞き込みをしよう。カナンキについては、確証が得られるまで話題にはださないように。下手に触れて警戒されても困る。いいね、レイヴン」


「すべてはお嬢様の仰せのままに」



 四季の街 ノルタニア。

 大地の魔女によって守護された平和な景観が広がる今は亡き街。 

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