2-5 聖女は道化師とのレスバでコテンパンにされました
城内に入るなり、私は兵士たちに怒鳴られた。
「なんだ、お前たちは!」
「私はアイネス。フォブス王子の実弟です。どうか入れてください……」
「ちっ……。あの無能王子様か……まあいい、入れ」
一国の王子ともある相手になんて態度だ。
私はそう思いながらも、憮然としつつ城に入った。
「兄上!」
「フォブス王子……これは……ひどい傷……」
そこではフォブス王子たちが苦しそうな表情で傷口を抑えていた。
肩口をバッサリと斬られたのだろう、服の上からは傷痕は見えないが、フォブス王子は苦悶の表情をしていた。
「お前は……」
私は以前よりもしっかりとメイクをしている。
もっともこれは、アイネス王子からの希望でもあったのだが。
それにフォブス王子は私に興味を持っていなかったはずだ。
だからだろう、フォブス王子は私を見ても『聖女メリアだ』とは言ってこなかった。
「そいつは新しい道化か……アイネス」
「ええ。……そんなことより兄上、早く手当を……」
「いらん。この程度かすり傷だ」
そう言ってアイネス王子の手を払い、立ち上がる。
「……そんなことより、ここももうすぐレイペルド公国軍が攻めてくる。お前たちはすぐに帰れ」
「兄上! そんなお怪我ではもう無理です! ここは私が……」
「ダメだ! ……この戦争の責任者は俺だ! お前が口を出すな!」
「兄上……」
そういうとアイネス王子は少し落ち込んだ表情を見せる。
「分かりました。では、ちょっとあちらでお話をしましょう……」
「ああ……」
「まってください、私も!」
「女は入ってくるな!」
……やっぱりだ。
フォブス王子は相変わらず私が入室しようとしても拒んでくる。
そう思いながらも私はちらりと怪我をしている兵士たちを見た。
よく見ると、レイペルド公国の兵士たちも一緒に治療を受けていた。
恐らくは捕虜として捕らえておくためだろう。
私は思わず、捕虜の一人に対してつぶやいた。
というより、ずっと前から言ってやりたくて仕方がなかったことだ。
きっと、ネイチャランドの兵だって同じことを想っているはずだ、道化としてそれを代弁するつもりで私は尋ねた。
「なんで、侵略なんてしたんですか? 私たちは平和に暮らしたいだけですのに!」
「は?」
「だと、てめ……」
だが、その一言で周囲の空気が凍り付くのを感じた。
……いや、凍り付いたのはレイペルド公国の捕虜の側だけではあったのだが。
そして彼らは、私のことを睨み付けてつぶやいた。
「道化が……侵略者はお前達だろう!」
「貴様らがレイペルド公国にこなければなあ! 俺の息子は死ななかったんだよ!」
「捕虜として捕らえたことを後悔させてやろうか? もう俺には愛する妻はいねえんだ!」
捕虜たちは、そう口々に叫んできた。
……どういうこと?
そう思ったが、周りは怪我をしている状態であるにも関わらず立ち上がり、こちらにゆっくりと近づいてきた。
「ああ、すみませんねえ、勇敢なるレイペルド公国の皆さま! この小娘、少々若く口の利き方がならないもので!」
そういって、隣からやってきたのは道化師ベラドンナだった。
以前と変わらない嫌みったらしい表情でこちらを見て笑みを浮かべてくる。
「ちょっとこの子はもの知らずな模様。ただいま歴史を説明するので、しばしご退場させていただきたく……」
「……ちっ!」
そう舌打ちしながらも、敵国で治療を受けている身である敵兵たちはおとなしく引き下がってくれた。
「まったく、世話が焼けますね、ライア様。……ちょっとこちらへ」
そして私は、城の片隅にある資料室に案内された。
「え? ……侵略者は、私たち?」
そこで私は衝撃的な事実を聞かされた。
「ええ。やっぱりご存じありませんでしたか……」
「だって、そんなことシスターは一度も……」
「シスター?」
……そこで私は、致命的な一言を口にしたと気が付いた。
知った顔と、いつものようなやり取りをしていたことで忘れていたが、今の私は『道化師ライア』だ。
だが、道化師ベラドンナはそのことを気にせずに、ふっと笑った。
「……まあいいでしょう。だから、私たちはあまりレイペルド公国を『侵略者』なんていうのはまずいってことです……」
道化師ベラドンナによると、ことの起こりは100年ほど前。
もとはウィザーク共和国に住んでいた私たちの祖先は、当時未開の地だったレイペルド公国の南部に移動し、そこを実効支配していた。
当時レイペルド公国も難民を受け入れるような形で黙認をしていたが、気候変動と共にその地域の収量が上昇し、逆に公国側の収量が減少していくと次第に不満が高まっていった。
レイペルド公国は土地の返還を要求したが我々の祖先は『開墾は我々が苦労してやったものだ』と、当然それを受け入れず、公国側には大量の餓死者が出た。
そして「元は我々の地域であったその土地を奪還する」という名目で、レイペルド公国が戦争を仕掛けたという経緯だ。
「この国が……ネイチャランドって、変な名前なのは、そう言う理由だったのね……」
「ええ、『自然からもたらされた国』だと我々が主張するために、そういう名がついたのです」
つまりこちらから見れば、向こうは『祖先の代から住んでいる土地を奪いに来る侵略者』であるが、向こうから見ても『先祖代々の土地を奪って実効支配している侵略者』だということになる。
歴史と言うのは視点によって被害者と加害者が入れ替わる。
私ももし、自分の家を誰かに奪われたら、それを奪還するために戦うだろう。
仮にそれが10年前に奪われた家だとしても、だ。
それに対して、奪った奴の子孫が私のことを「侵略者だ」と言ってきたのなら、憤慨する。
即ち、この戦争はどちらも自国の視点では『侵略戦争』ではなく『防衛戦争』だということだ。
「けど、そんな昔に起きたことなら、もうレイペルド公国の人には関係ないんじゃない?」
「いえいえ、やった方は忘れても、やられた方は忘れません。そんなことも分からないので?」
「う……」
私は、そう言われると一言も返せない。
中学生のころに私をいじめていた相手に対して大学時代に再会したことがある。
その時に、向こうは私を苛めていたことをきれいさっぱり忘れていたことを思い出したからだ。
「さらに、ネイチャランドの南部地域は穀倉地帯。飢餓で苦しむ相手にとっては、格好の餌ですから。立場が逆なら、あなたはみじめな生活をしながら餓死を待つのですか? しかも死ぬのは、体の弱い子どもからなんですよ?」
「…………」
そう言われて、私は確かに間違っていたのかもしれない、と気が付いた。
『戦争なんて愚かなこと、するものじゃない』
これは、現代社会で『お腹いっぱいご飯を食べて、ぐっすり眠りながら将来のことを考えることができる人』の概念……悪い言い方をすれば、現状を維持したい人の概念だ。
食糧もろくになく、治安も悪いこの世界では、戦争が『愚かな行為』ではなく生きるために仕方ない手段なのかもしれない。
……だが、
「けど、私は……やっぱり戦争はするべきじゃないと思う」
「ほう?」
「戦争をしなければ、きっと……みんなが幸せに暮らせる時代が来ると思うから」
安っぽい理想論なのは分かっている。
それでも私は、そう言うべきだと思った。
……そして私のその発言に対し、道化師ベラドンナは嘲るような、或いはどこか諦めたような口調でつぶやく。
「おや、素晴らしい考えですねえ。確かに戦争がなくなって、そして飢餓もなくなる時代が来れば、それに越したことはありません」
「……何か言いたいことがあるみたいね……」
含みのある言い方をする道化師ベラドンナに、私は口を尖らせた。
「この大陸の農作物の生産量、ご存じで? あなた様の言う『新しい時代』を作るには、この戦争で『死んだ方がいい命』の口を減らさないと難しいのでしてねえ……」
「なに、その『死んだ方がいい命』って……!」
信じられない発言に私は怒りを覚えた。
だが、ベラドンナは気にする様子もなく続ける。
「たとえば以前死んだギルト。彼は貧農の5男でしてね。親に捨てられるところを当時幼かったフォブス王子に拾ってもらったんですよ」
「え?」
「この土地では、産まれすぎた子どもは邪魔者でしかないですから。うちの近衛兵はそんな子ばかりですよ?」
子どもを邪魔者扱いするなんて、信じられない。
私はそう思い、抗議した。
「だったら、もっと計画的に子どもを作ればいいじゃない!」
「その通りです! 飢餓や疫病で我が子が全滅する未来、老後に野垂れ死にする未来、これを潔く受け入れるべきです! ……そう言いたいのですよね、メリア様は?」
「う……」
そう言われて、私は言い返せなかった。
この世界には『予防接種』を行うような文明が進んでおらず、医術もろくに進んでいない。おまけに栄養状態も悪いので抵抗力を高めることすら難しい。
インフルエンザやはしか、梅毒に結核に破傷風。そういう病気の恐ろしさが現代とは比べ物にならない。さらに言えば、この世界は『明日のご飯は何にしよう』ではなく『明日はご飯を食べられるかな』というレベルだ。
子ども一人を成人……いや「七五三」ができる年齢まで生かすことがどれほど難しいのか、想像もつかない。
そして何より健康保険や年金のような社会福祉の文化もなく「生産性のない人間は生きる価値がない」として、国は簡単に見捨てる。
そのため、年老いた後は子どもに養ってもらうしか生存する道はない。
……私の世界の『当たり前』では、この残酷な世界の常識は図れないのだ。
道化師ベラドンナは続けた。
「ギルト将軍は、常々申してましたよ。フォブス王子のために命を捨てられるなら、本望だと。レイペルド公国の侵略を防ぐために『残虐だ』と汚名を被って、子どもの遺体を飾っていたのも、その忠誠心故なので……」
そう、流石の私もすでに理解していた。
ギルト将軍の「死ねって言っている」という言葉は、将軍自身に向けたものだったのだ。
そして、あの遺体を飾る行為もレイペルド公国に残虐さを見せつけ、侵攻を遅らせるためのものだったということだ。
一通り話した後、ベラドンナは一言伝えた。
「……なので、あなたがた美しい女性は、南部で新しい時代に備えてください。この戦争が終われば、どのみち忙しくなりますからね……」
「ベラドンナ……」
彼女の目を見れば分かる。
……おそらく、もうじきこの戦争は終わるのだろう。そしてその後に、新時代の到来と言う名の新しい戦いが始まるのだ。
だが彼女は、フォブス王子に殉ずる覚悟なのだろう。
「私が死ぬのは気にしないでください。……そしてメリア、あなたはさっさと帰ってください……お前ばかり王子の寵愛を受けているのが、癪に障るのでね!」
最後の一言は、道化師ベラドンナとしてではなく、一人の女性としての発言のように汲み取れた。
王子に愛される?
……確かに私はアイネス王子に愛してもらえているような自覚はある。
だが、その言葉のもう一つの意味を数分後、私は知った。
「兄ちゃん! 早く服を脱いでよ!」
「やめろ、アイネス!」
その発言が、フォブス王子の私室から聞こえてきたのだ。
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