2-4 聖女はフォブス王子にどう落とし前をつけさせるか悩んでいます
「なに、兄ちゃ……兄上が?」
アイネス王子はそう一言つぶやくと、慌てた様子で立ち上がった。
「兄上の容態は悪いのか?」
「傷自体は命に別状はないようです。ですが、その……」
伝令兵は少し考えた後に、つぶやいた。
「ギルト将軍は……討ち死にされたとのこと……」
ギルト将軍のことはよく覚えている。
確かいつも国境線に子どもたちの遺体をつるし上げていた狂人だ。
……だが、死んでくれてせいせいした、とは流石に思わない。
顔見知りが命を落とすのは、あまりいい気持ちではない。
「そうか……分かった。私はすぐに北部に向かう」
「は!」
そういうと伝令兵は出ていった。
……これは、ある意味チャンスだ。
戦の混乱に乗じるやり方は好きではないが、フォブス王子に出会う格好のチャンスでもある。
私に酷い目に合わせた彼に復讐するチャンスだ。
私はアイネス王子に尋ねる。
「あの……私も連れて行ってはくれませんか?」
「ダメだ。……この旅は危険だ。だから……」
だが、私はそう言い終わる前にナイフを取り出して左手に持ち、右手で王子を押し倒して首元に当てた。
「……何のつもりだ?」
アイネス王子は冷静に訊ねてきた。
……やはり、普段のうろたえやすい様子も演技なのか。
こんなところを誰かに見られたら、命はないだろう。
だが、私の立場は『道化師』だ。
多少ヤバい行動をとってもとがめられることは少ない。
「アイネス王子、あなたはこんなに弱い方じゃないですか? 護衛が多い方が良くないですか?」
「しかし……」
「私の愛するアイネス王子が、私のあずかり知らないところで無残に殺される。そんな場面は嫌ですからね」
勿論これは方便だ。
……別に私はアイネス王子のことを好きではない……のか?
いや、それはともかく、私はこのアイネス王子にずいぶん立ててもらっていた。その恩返しも必要だという気持ちは嘘じゃない。
「ライア……しかし……」
「それに、暴君とされるフォブス王子に私も一言言いたいことがありまして。もし嫌だと言ったら、こっそり後からついて行きますよ?」
そこまで言われて、アイネス王子はようやく折れてくれたようだ。
少し顔を赤らめながらも頷いてくれた。
「わかった……連れていくことにしよう。ところで、その……」
「なんですか?」
「ライア殿。その、そなたの素顔が近いと照れる。……少し、離れてくれないか……」
「え? あ、はい……」
そう言われて私は慌てて体を離し、ナイフを仕舞った。
アイネス王子は立ち上がって少し考えた後、恥ずかしそうにつぶやく。
「その……こういう言い方をするのは失礼だとは分かるのだが……」
「私の方がよっぽど失礼なこと言ってるんで、何なりと」
「そうか。ではいうが……」
そういうとアイネス王子は顔を背けながら口にする。
「そなたの素顔は……その……美しすぎて、正気を保てなくなる。出来れば、化粧は落とさないでおいてくれないか?」
「え? ……はあ……」
……美しすぎるなんて、ずいぶん極端な言い方だ。
けど、そんな風に言われるのはそこまで嫌な気分にはならない。
「分かりました。それじゃあ、部屋に戻ります」
「ああ。明朝にここを発つから、それまでに準備しておいてくれ」
「はい。……アイネス王子。どうか死なないように気を付けてください」
フォブス王子への復讐のためにアイネス王子のことを私は利用している。
今回の同行も本当はアイネス王子のためではなく、フォブス王子への復讐のためだ。
……だけど、私はアイネス王子に死んでほしくはない。
カリナが悲しむとか、民心が離れるとかそういう理由もある。
だが、一番の本音は単に王子のことを慕い始めているのだ。
自分がこんな風に相手を好きになるのは初めてだったので、それに少し驚いた。
そう言って私は部屋に戻り、準備を始めた。
そして翌日。
「よし、みんな! 準備は良いか」
「はい!」
「ええ!」
アイネス王子のお供は大体100人前後。
「私たちの力を見せてやりましょう!」
「ええ、鋼の肉体美を見せるチャンスですから!」
「ライア殿、私たちがしっかり守るのでご安心を!」
すべて今まで私が出会った、マッチョマンたちだった。
暑苦しい連中だと思ったが、これも確かに重要だ。
(マッチョばかり集めていたのも、けん制効果を強めるためなのね……)
「スリムでかっこいいイケメンの剣士様」は確かに魅力的だし、戯曲に出るのはそんな奴ばっかりだ。
だが、蛮族のような連中にとっては、彼らの存在は「小賢しいキザ野郎」「剣に頼らないと戦えない弱虫」に映りかねない。
それより『素手同士なら負けそうな、分かりやすく強そうなやつ』が国内を巡回する方が、はるかに良いだろう。
無論、ジョギング……という名目の警備に必要な人数は最低限残しているので、王子が不在でも致命的な問題は起きないだろう。
そもそも、アイネス王子曰く、大臣は『自分が無能のふりをしているだけ』であることを知っているとのことだ。
その為、彼が何とかカバーをしてくれるはずだ。
「よし、出発だ!」
そういうと、私たちは北部地方に向けて出発した。
それから数日の間、私は行軍の最中も歌や踊りでマッチョたちを元気づけながら道を進んでいた。
「久しぶりに歌います、豊穣の女神の歌!」
「お、流石だなライアの嬢ちゃん!」
「いいねえ。やっぱあんたの踊りはさ、南部地方では一番だよ!」
南部地方では? と思いながら私は話を聞いてみると、どうやら北部地方ではベラドンナが一番の道化師だという評価が広がっているようだった。
……あの女、そんなに有名な奴だったのか。
そいつの動きを真似しているだけだが、今にして思うとあいつが見せつけてくれたのは幸いだったのだな。
私はそう考えたが、私にも私なりの持ち味がある。
「さあ、じゃあ次はみんなで踊りましょう!」
「おっしゃあ!」
「いええええ!」
そう、現代知識である『パラパラ』のダンスをアレンジしたダンスをみんなで踊るやり方だ。
一方的に芸を見せるだけが舞じゃない。
こうやって双方向的にみんなで楽しむ文化はまだこの時代では浸透していなかったのか、この踊りは周りを盛り上げることが出来た。
そんな感じで移動を続けて、ある日の夕方。
「あそこがネイチャランドの王都だ。……久しぶりに来た感想はどうだ?」
「ええ、懐かしいですね……」
私はアイネス王子にそうつぶやいた。
「兄上とはあまり仲が良くないが……無事でいると良いのだがな」
「ええ、そうですね……」
フォブス王子に出会ったら、どうしてやろうか。
物陰からナイフを投げて、王子を殺すか?
……だが、殺さないとこちらの命が危ないという状況でもないのに、私は本気で人にナイフを投げられるのか?
正直、人の命を奪うようなことはしたことがないし、これからしたくもない。
フォブス王子のことは正直恨んでいるが、だからと言ってためらいなく殺せるかは分からない。
(北部地方の兵士は……みんなこうやって悩んでいたのかな……)
殺人について考えるにつれて、私は北部地方に居た時に、敵兵を殺さんと息巻いていた兵士たちの顔が頭に浮かんだ。
(北部の兵士たちが、敵兵を殺すことが出来るのは……思いやりを忘れてきたからなのかな……それとも……思いやりを捨てないと心が壊れるから、あんな態度だったのかな……)
私は北部の兵のことが好きではなかったが、冷静に考えると彼らは寧ろ、この時代における被害者だ。
そう考えると、まずは個人の復讐よりも戦争自体を終わらせることが大事だ。
(うん、やっぱりフォブス王子の暗殺は後回しね……)
そう考えて私は一つの結論に達した。
……フォブス王子は殺すのではなく、戦争の責任をとって失脚してもらう。
そして戦後は、フォブス王子一人を処刑台に送ることによって、彼の首をもって戦争を終わらせる。
そんなやり方が良いかと考えた。
正直侵略者であるレイペルド公国に対して、こちらが折れるのは癪だ。
だが、この方法ならば良心も傷まないし、自分の手を汚さないで済む。そして何より戦争を終わらせることができる。
我ながらこ狡い考えでもあるとは思ったが、ポケットに忍ばせたナイフの柄を握りしめた。
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