1-8 聖女は夜道でマッチョマンにの声を聴いたようです

「さあさ皆さん、その美しい聖女様は! 大地に降り立ちわれらに救いをもたらして! 枯れた休耕地に作物を与え、水のうねりを治めます!」


ダンスは佳境に迫っており、私は周りの女の子と一緒に、楽しくダンスを踊って見せた。



……そしてしばらくの後、私はダンスを終えた。

「皆さん、ありがとうございます! この話の続きは、またいずれ……」


その声と共に、村人たちから歓声の声が上がった。


どうやら、今回の踊りは大成功のようだった。

酒を飲めないものたちも、私との踊りにすっかり酔いしれてくれたようだった。



……技術自慢の踊りよりも、周りが「当事者」になれるダンスの方が盛り上がる。

このやり方は、以前道化師ベラドンナがやっていた方法をまねたものだ。



(……しつこく私にまとわりついてきたあの女が、こんな形で役に立つとはね……)


思わずそう思い、私は心の中で苦笑した。




「お姉ちゃん、すごい面白かった!」

「また、新しい歌と踊りを見せてね? 楽しみにしてるから!」


先ほど一緒に踊った少女たちも、私の腕をつかみながら楽しそうに笑ってくれた。


「凄かったわよ、ライアさん! あなた、センスあるのね!」


さらに、先ほどであった母親も私の肩を叩いてくれた。

……正直、こんな風に周りから認められたことのなかった私は、思わず嬉しくて顔を赤らめてしまった。



それからしばらくして、村長が手を叩きながら舞台に上ってきた。


「……さてさて、皆さん。そろそろ夜も更けましたことですし、今日はこのあたりでお開きにしましょうか?」

「え? ……ああ、もう真っ暗ね……」



こんな風に周りに自分を見てもらいながら、楽しく踊るような機会は北部地方では勿論、元の世界でも出来なかった。

その為つい時間が経つのを忘れてしまっていたが、すでに日は沈み、中央の炎だけが光を放っている。



「楽しかったわ。ありがとう、ライアさん」


先ほどの母親がそう私に声をかけてくれた。

ずいぶん酒を飲んだのだろう、足元が少しふらふらしている。


「いえいえ。ところで今日はどちらにお泊りに?」

「え? ……ううん、私は家に帰るわね?」

「……は?」




私はそれを聞いて、一瞬耳を疑った。



「あの……帰るって、家にですか?」

「そりゃそうよ」

「あ、そうか! 護衛の兵士を雇うんですね?」

「いやねえ。歩いてたった30分よ? 大げさなのね、ライアさん」

「えええええええ!?」



信じられないほど蛮勇な行為だ。

……若い女性が酩酊状態で、恐るべきことに30分も夜道を、よもや一人で歩くなど考えられない。


しかもそこは、人の目が多い大通りですらない、だだっ広い街道だ。

もし彼女が刀を携えた屈強な男だとしても、私はそれを見送る気になれないほどだ。



……ひょっとして、彼女の村の周辺は『夜に女一人で近くのコンビニに買い物に行って、普通に帰ってくる』ような真似が出来るほど安全なのだろうか?



いや、まさか。

そんな自殺行為が許される国など、私が知る限り存在しない。きっと彼女は酩酊の余り、正常な判断が出来なくなっているだけだ。



そう思った私はその女の無謀な行為を是正するべく、心配そうに声をかけた。


「あ、あの……良かったら私が送りますよ?」

「あら、そう? ……じゃあうちに泊まっていくと良いわ?」


よかった、私は身体能力に自信がある。それに、この世界の人間は栄養事情が悪いこともあり、身体能力はさほど高くないことは分かっている。


……少なくとも彼女一人よりは安心だろう。


そう思いながら私は彼女について行くことにした。





(……月が見えない。本当に、気を付けないと……)


その日は新月であり、私と彼女の持つカンテラだけが灯りとして役に立っている。

……幸い周囲からは夜盗の気配は感じない。だが私は細心の注意を払いながら周囲を見回す。


そうしていると、場を持たせようとしたのか、母親は声をかけてくる。


「あなたのその曲……とても素敵だったわね?」

「フフ、そうですか?」

「ええ。それに踊りも見たことないものだけど……なんていう踊りなの?」

「あれは『パラパラ』っていう、Japa……いえ、私の母が訪ねた国で流行っていた踊りなんですよ」

「へえ……今度、ほかの村でも真似してみていい?」

「勿論ですよ。きっと喜んでくれますから……ん、何の声?」



そうこう話していると、遠くから『せい、せい、せい!』といった声が聞こえてきた。



……ああ、あいつらか。

私はその声を聴いた瞬間、先日ジョギングに一緒に言ったマッチョマンたちの姿を思い出しながら苦笑した。


遠くにいくつものカンテラが見られる。

恐らくその集団の中ほどに見えるのはアイネス王子だ。


彼らのことは決して嫌いなわけではない。

……だが、王子はまだしも、あのマッチョマンたちと私が知り合いであると、知られるのは流石に恥ずかしい。

そう思い、私は他人のふりをすることにした。



「あらあら、こんな夜に走るなんて、珍しいわね?」

「そ、そうですね……」

「それにしても、あの王子様……いつもいつも、筋肉モリモリな人たちと大声で街道を走って……何考えてるのかしらね?」


彼女は少し呆れたように尋ねてきたので、私は肩をすくめた。


「さあ……筋肉美を自慢したいって、あの連中に言われたんじゃないですかね?」

「フフフ。そうね……。あの王子、良い人なんだろうけど押しが弱そうだからね……あ、ごめんなさい」



やれやれ、やはりここでも王子は『無能王子』として笑われているのだろう、私は彼女の態度からそう感じた。



だが、私は口では悪態をつきながらも、心のどこかで安堵しているのを感じた。

彼らが近くを走っているのであれば、万一夜盗が現れても、大声をあげれば助けに来てくれるからだ。


いや、それ以前に、あのマッチョマンの変態どもの大声を聞いたら、夜盗たちは恐れをなして逃げていくだろう。



(……ん?)



だが私はそこで疑問に思った。

……そもそも彼らは『それ』が目的で今外を走っているのではないか、ということに。

そう考えると、思い当たる節があった。



今まで走ったところって……野盗や山賊が出そうな所や、犯罪が起きそうな危険な場所ばっかりだったためだ。



……まさか、それが目的?

とすれば、今日私が彼らとニアミスしたのも偶然ではないのでは……。


「どうしたの、ライアさん? ……着いたわよ? 上がっていきなさい」

「あ、はい……」


だが、そう考えていると、母親は私に声をかけてきたのでその思考はいったん中断された。



(まさかね。あのおバカなアイネス王子が、そんな深いこと考えてるわけないよね……)


私は彼女に部屋に案内され、そこで一夜を過ごした。

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