1-7 聖女は懐かしの「パラパラ」を踊るようです
そして夕方。
「あ、やば! もうこんな時間?」
私はのんびりしているうちに寝てしまったことが分かった。
既に日は完全に暮れており、街の中央では焚火がすでに始まっている。
「寝坊しちゃった! 早く行かないと!」
そう言って私は村の中心にある広場に走った。
「あら、可愛い道化師さん、こんばんは」
「こんばんは。今日は皆さんお元気で! 私も盛り上げに来ましたよ!」
私はそう精いっぱいおどけながら、周りに挨拶をした。
どうやら酔いも回っているようで、周りの人たちは楽しそうに笑っていた。
「アハハ、今日は無礼講の祭りですから、ライアさんもどうぞ!」
「あ、ありがとうございます」
そこで出されたのは、白パンだった。……この世界に転移してから初めて見る。
フランスパンのように固いが、それでも黒パンよりははるかにましだ。
これに暖かいジャムを乗せて食べるように勧められた。
「あ、美味しい……」
バターは流石に高級品なのだろう。
ジャムについても、冷蔵庫のないこの世界では、大量の砂糖をぶち込まなくては保存が効くものは作れない。
その為かなり甘ったるいものだったが、ここ最近甘いものを食べられなかった私にとっては、強烈な快感となって頭を突き抜けた。
彼らの表情を見るに、これはよほどのご馳走であることが見て取れた。
(ああ……元の世界では、ジャムパンなんて節約レシピだったのになあ……)
そう思いながら私は、転移前の世界ではどれだけ食生活において優遇されていたのかを思い知った。
私が広場に設置された簡素なステージを見ると、村人たちが作った素人楽団たちが楽しそうに歌を歌い、踊っていた。
どうやら、今年の豊穣を祈った歌なのだろう。
あまり上手ではないが、やはり娯楽の少ないこの世界では、歌と踊りは大切なものなのだろう。みんなそれを楽しそうに聞き入っていた。
「さて、道化師ライアさん! あなたも場を盛り上げてください!」
そうこうしていると、村長にそう声をかけられた。
……まずい、私はこういう場面で盛り上げるのはあまり得意ではない。
(どうしよう……新体操を踊っても……多分、前と同じよね……)
私は先日の出来事を思い出した。
……そもそも、身内以外の人間が行う歌や踊りなど、あまり興味を持つものはいないのが現実だ。
それよりは手品や大道芸のようなパフォーマンスの方がはるかに周囲には人気が出る。
極論、プロのダンサーの踊りよりも、素人に毛の生えたようなものの行う手品の方が、このような場では人気が出ると言っても過言ではない。
素人なりに手品でもやる?
……ダメだ、私はその手の知識がない。元の世界で少しでも知識を仕入れておくべきだったと後悔していると、子どもたちが声をかけてきた。
「ほら、道化師さん! 私たちも楽しみにしてるんだからさ、何かやってくれよ!」
「そうだよ、楽しい踊り、期待してるから!」
そう村人たちに言われて、私は少し考えを変えた。
私に求められているのは「ダンス」じゃない。楽しんでもらう「経験」を与えることだ。
……ならみんなで歌って踊れるような、そんな曲にしよう。
私は行きがけにアイネス王子から教えてもらった歌を思い出した。
私はそう考えて、踊りを決め、ステージに立つ。
「さあ、皆さん! 今夜歌うは『豊穣の力』を持つ聖女の物語! どうか皆さん、お耳を拝借!」
アイネス王子の教えてくれた歌は『豊穣の力』というスキルを持つ聖女の伝承だ。
本人曰く、このネイチャランドには聖女様が遠くない未来に訪れるという言い伝えがあるということだ。
この大地に現れる聖女は慈悲深く、豊穣の力を持つ。
彼女は作物に力を与え、水を鎮め、そして祝福を与えてくれる。
そんな彼女がいつか我々の元に現れる。
そんな物語だ。
……実は私が聖女なのだが、私にはそんなチートスキルはない。
あるのは、こうやって周りを盛り上げるために歌ったり踊ったりする能力だけだ。
だが、私がその歌を歌うにつれ、周囲の目が輝いていくように感じた。
「おお……! 聖女様が降臨されたら素晴らしい世界になるな……!」
「すごい、いつか私たちがいつか、白パンをいつでも食べられる時代が来るのかも……」
思った通りだ。
やはり身近な農作物や天候にかかわる話題は、農夫たちに受けがいい。
……だが、単に歌うだけは退屈だろう。実際に酒に酔っていない素面の面々はあまり楽しそうには感じなかった。
そこで私は、先ほど思いついた秘策を使うことにした。
以前カリナが私のダンスを見て、一緒に踊りたがっていたことに着想を得たやり方だ。
「さあ、皆さん! お手を拝借! 私みたいに踊ってください!」
そして周囲を巻き込むように、手拍子をしながら振付を始めた。
「えっと、こうか……?」
「そうそう、皆さんお上手です! そして足の動きはこう!」
この踊りは『パラパラ』と言われるダンスだ。
元の世界に居た頃に母が学生時代『Japan』という国に留学していた時に学んだダンスで、私も幼い時に少しだけ教えてもらって印象に残っていた。
振付が簡単で、さほど覚えるのが難しくないことが特徴だ。
その為、こういう場で、即興で教えることも出来る。幸いここの住民たちは割とダンスが好きなようだった。
「なんか、難しいけど、楽しいね!」
「そうそう、お嬢様、あなたもどうぞ壇上に!」
私はそういうと、呑み込みの早い女の子を何人か壇上に挙げ、一緒に踊るようにした。
「ねえ、こうかな、ライアさん?」
「そうそう、お上手ですよ! ほら皆さんも、この小さなダンサーに拍手を!」
「いいぞ、嬢ちゃん!」
「素敵だよ、お姉ちゃーん!」
そんな風に客席から声が聞こえてきて、その子は嬉しそうな表情を見せた。
……ああ、やっぱりこうやってみんなと踊るのは楽しいな、と私は思う。
私が道化師として皮肉を言う場面が多い。だが、このような言動は実は生まれつきのものだ。
そのせいで元の世界ではどこか浮いていた私は、いつも一人で新体操の練習をして、一人で大学生活を送っていた。
カフェで楽しくおしゃべりをしている知り合いたちを帰りがけにそっと見ながら、いつか自分も誘ってもらえないかと考えながら。
その時は『今は部活動に集中すべきだから、私には友人は必要ない』と考えていたが、それは孤独感を紛らわすための自分への言い訳だったことを改めて痛感した。
……そんな私が、今はこうやって周りのみんなを巻き込んで踊っている。
ジョギングの時や王子の釣りに付き合う時にも、みんなが私に興味を持ってくれて、そして一緒に楽しんで笑ってくれる。
(こんな日が続くなら……この世界に転移したのもよかったかな……)
私はいつの間にか、そう思うようになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます